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交響曲第4番『イタリア』、第5番『宗教改革』 トスカニーニ&NBC交響楽団(XRCD24)

  • 発売日:2008/07/25
  • レーベル:Global Culture Agenc
  • カタログNo.:JMM24XR07
  • 組み枚数:1枚
  • 発売国:日本
  • フォーマット:CD
  • 国内送料無料

CD

交響曲第4番『イタリア』、第5番『宗教改革』 トスカニーニ&NBC交響楽団(XRCD24)【CD】

メンデルスゾーン(1809-1847)

トスカニーニ没後50年記念リリースXRCD24 RCAトスカニーニ・オリジナル・エディション[7]メンデルスゾーン: 交響曲第4番『イタリア』、第5番『宗教改革』アルトゥ...

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交響曲第4番『イタリア』、第5番『宗教改革』 トスカニーニ&NBC交響楽団(XRCD24)【CD】

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商品説明

トスカニーニ没後50年記念リリース
XRCD24 RCAトスカニーニ・オリジナル・エディション[7]

メンデルスゾーン: 交響曲第4番『イタリア』、第5番『宗教改革』
アルトゥーロ・トスカニーニ(指揮)NBC交響楽団

オリジナル・マスター使用により、尋常ならざる臨場感と鮮明度を得てよみがえる『イタリア』『宗教改革』。これぞトスカニーニ畢生の名盤。
 当アルバムのメンデルスゾーンの交響曲2曲は、いずれも1953/1954年シーズンにトスカニーニが演奏会で取り上げた際のライヴ・レコーディング。このシーズンは、トスカニーニにとって現役最後となったシーズンであり、1954年4月4日のオール・ワーグナー・プログラムによる有名な演奏会をもって指揮活動から引退しました。このシーズンは、RCAによる純粋なレコーディング・セッションは行なわれませんでしたが、毎週ラジオで生中継されていたNBC交響楽団との演奏会は、放送用と並行してRCAのスタッフによって録音されていました。引退後、トスカニーニは息子のワルターと共に残された放送録音からレコード化できる演奏を試聴・選定する作業を行ないますが、このメンデルスゾーンの2曲もその過程で選ばれたもので、引退の翌年にLPで初めて発売されました。それ以来半世紀以上にわたってカタログからは消えることがなく、現在でもトスカニーニの代表的な名盤のひとつとして高く評価されています。
 交響曲第4番『イタリア』では、87歳という年齢を感じさせない厳格なオーケストラ・コントロールと熱いカンタービレがききもの。特に終楽章で、楽譜にはないティンパニを追加してタランテラのリズムを強調している点は、音楽の本質を表現するためには敢えて楽譜の改変も辞さないというトスカニーニのポリシーを端的に表したものといえるでしょう。トスカニーニはこの交響曲をNBC時代に4回取り上げており、その最後となったのが当盤所収の演奏。1955年の発売に際しては、トスカニーニのリクエストで、2月28日の演奏会当日のライヴ・テイクに加えて、前日と前々日のリハーサル録音からのテイクも使用されて編集されています。これは、ライヴ演奏では特にリズムの扱いに自由さを許していたが、繰り返し聴かれるレコードとしては相応しくないとトスカニーニが判断し、より厳格で折り目正しいリハーサル時の演奏に差し替えたため。当然今回のリマスタリングにあたってもそのマスターが使用されています。
 交響曲第5番『宗教改革』は、トスカニーニがNBC時代に4回取り上げた中で最後の演奏となった12月13日のライヴがそのままレコード化されました。トスカニーニによる解釈で改めて注目されるべきは、第1楽章の異例なまでの激しい高揚感と、第4楽章で採用されている通常よりもゆっくりしたテンポでしょう。それによって第4楽章コーダにおけるコラールが荘厳に再現されており、これこそまさにトスカニーニ渾身の表現といえるでしょう。なお12月13日の演奏会では、ムソルグスキー『ホヴァンシチナ』前奏曲、フランク『アイオリスの人々』、ウェーバー『舞踏への勧誘』という多彩なプログラムが組まれ、この交響曲はその最後を飾りました。
 今回の復刻に当たっては、これまでのXRCD24の原則通り、最もオリジナルなアナログ・マスターテープにさかのぼり、細心の注意を払ってマスタリングを敢行。1950年代のライヴ録音としては驚異的なクオリティで収録されたトスカニーニ=NBC交響楽団の輝かしく豊潤なサウンドが、前代未聞の明晰さと色彩感を伴って瑞々しくよみがえっています。

鮮やかな音質で甦ったトスカニーニの名演盤
『今回、XRCD24の画期的なリマスタリング・テクニックによって甦った当盤所収の演奏を耳にして、第1に感じたのは、既出の通常盤よりも、各楽器の表情がさらに潤い豊かになった点である。それは、《イタリア》第1楽章の381小節(トラック1:5分05秒~)からのように、フルート、クラリネット、ヴィオラ、チェロが、互いに生き生きと絡み合いながら、手応えに富んだアンサンブルを紡いでいく箇所をはじめ、オーケストラの強奏時にも及んでいる。したがって、鮮烈なエネルギー感を保ちながらも、通常盤に比べて余裕のある響きが確保されており、トスカニーニは強圧的で硬直気味だ、という誤ったイメージを払拭するにたるサウンドが確保されているのである。』―満津岡信育(ライナーノーツより)

『1992年に『大全集』の一環としてリマスタリングされたときは、その時点までのLPや1984年の初CD化(日本のみで発売)で使用されていたRCA保管のマスターテープではなく、ニューヨーク公立図書館のロジャース・アンド・ハマースタイン・アーカイヴに収められている『トスカニーニ・レガシー』コレクション保管の音源がマスターとして使用されました。これはトスカニーニ家が所有していた膨大な録音資産に含まれていたNBC放送の録音テープのことです。今回のXRCD24化にあたってはRCA保管のオリジナル・モノラル・マスターを使用しています。『レガシー』音源と比べて、どちらがよりオリジナルに近いかという判断は難しいですが、音自体の密度の濃さ、鮮明さ、そして力強さの点で、やはりRCAマスターの方に分があると感じました。RCAマスターでは、『イタリア』の第4楽章の最後の和音が、おそらくその後に続く拍手をカットするための残響処理のせいでしょうか、わずかに音質が異なるのですが、今回はオリジナルのままとしあえて音質調整は施しておりません。RCAによるセッション録音と比べると、聴衆のいる演奏会での録音ということで、響きがややドライになってはいますが、それでも1950年代のライヴとしては驚異的なクオリティで収録され、それが鮮度を保ったまま保存されています。トスカニーニとNBC交響楽団の熱のこもった、輝かしく豊潤なサウンドが生々しく刻み込まれたこの2曲は、まさにXRCD24すべき音源であると感じ、あえて今回のラインナップに加えた次第です。これまでのCDでは決して聴くことのできなかった明晰さと色彩感とが瑞々しくよみがえり、この2曲の名演の永久保存にふさわしいリマスタリングが出来たと自負しています。』―杉本一家(XRCD24プロデューサー、マスタリング・エンジニア ライナーノーツより)

メンデルスゾーン:
・交響曲第4番イ長調op.90『イタリア』
・交響曲第5番ニ短調op.107『宗教改革』
 NBC交響楽団
 アルトゥーロ・トスカニーニ(指揮)

 録音時期:1954年2月28日のライヴおよび同年2月26,27日のリハーサル(第4番)、1953年12月13日のライヴ(第5番)
 録音場所:ニューヨーク、カーネギー・ホール(モノラル)
 リマスタリング・エンジニア:杉本一家(JVCマスタリング・センター)
 マスターテープ・トランスファー:アンドレアス・マイヤー(ニューヨーク・ソニー・スタジオ)
 JVC K2 24 BIT REMSTERING/MONO
 LP初出:LM-1851(February 1955)、国内LP初出:LS-2035(September 1956)
 解説: 満津岡信育、岡本稔ほか

アーティスト紹介

メンデルスゾーン(1809-1847)

ドイツ・ロマン派の大作曲家、メンデルスゾーンの生涯は38年という短いものでした。現在のイメージでは、メンデルスゾーンは作曲家ですが、当時は指揮者・ピアニスト・オルガニストとしても非常に多忙だったようで、これに自ら設立した音楽院の運営や、同時代作品や過去作品の紹介といった数多くの仕事が加わり、さらには 2009年に生誕200年を迎えたドイツ・ロマン派の大作曲家、メンデルスゾーンの生涯は38年という短いものでした。現在のイメージでは、メンデルスゾーンは作曲家ですが、当時は指揮者・ピアニスト・オルガニストとしても非常に多忙だったようで、これに自ら設立した音楽院の運営や、同時代作品や過去作品の紹介といった数多くの仕事が加わり、さらには各国への頻繁な旅行といった激務、姉ファニーの突然の死といった精神的打撃もあって、健康が極度に蝕まれ、寿命が短くなってしまったものと思われます。
 しかし、幼少期から楽才を発揮した天才だったこともあって、残された作品はかなりの数にのぼり、交響曲や協奏曲、ピアノ曲、室内楽、声楽など、現在も聴かれる人気曲が数多く存在します。
 メンデルスゾーンは、父の方針もあって、音楽だけに特化することのない幅広い教育を受けた教養豊かな人物としても知られており、絵画や文学への才能に加え、ギリシャ語やラテン語、イタリア語、フランス語、英語などの多言語や、古くはルネッサンス時代の音楽・美術にも精通した該博な知識、そして驚異的と称えられた記憶力が、自身の創作に役立っていたことは確かなようです。
 指揮者としても、メンデルスゾーンは優秀な存在だったようです。合理的なアクションで楽員を的確に統率したメンデルスゾーンの演奏会は水準が高く、同時代の作曲家たちは、メンデルスゾーンに自作を演奏してもらうことを切望していました。また、メンデルスゾーンは、当時あまりとりあげられなかった過去の作品の紹介にも熱心で、バッハの『マタイ受難曲』の歴史的な蘇演や、シューベルト『グレート』の初演のほか、ベートーヴェンの第九をきちんと演奏して成功に導いたり、ヘンデルの作品を積極的に紹介するなど、歴史的傑作が正しく再評価されるように奔走していました。
 そんなメンデルスゾーンの最近の人気作といえば、やはり姉ファニーへのレクイエムの意味合いで書かれ、その内面的な深さと情熱的な表現が聴き手の心を打たずにはおかない弦楽四重奏曲第6番でしょうか。対照的な若書き作品、弦楽のための交響曲の数々も、切れ味の良いピリオド・アプローチの出現によって、人気上昇中です。
 もちろん、定番の『イタリア交響曲』や『スコットランド交響曲』、ヴァイオリン協奏曲、無言歌の人気も上々ですが、最近は、『メサイア』『天地創造』と並び、3大オラトリオとも呼ばれる傑作『エリヤ』を聴かれる方も増えてきているようです。


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簡易年表

【1809】
2月3日、銀行家アブラハム・メンデルスゾーンとレア・ザロモンの子としてハンブルクで誕生。祖父モーゼス・メンデルスゾーンは、カントにも影響を与えた有名な哲学者。
【1811】
2歳。ハンブルクへのフランス軍進駐に伴い、メンデルスゾーン家はベルリンに転居。
【1814】
5歳。母の教えでピアノ学習を開始。
【1817】
8歳。パリで合唱団指揮者マリー・ビゴーのレッスン。ベルリンでカール・フリードリヒ・ツェルターに作曲を師事。
【1820】
11歳。ベルリン・ジングアカデミーに入会。ヴァイオリン・ソナタ、ピアノ・ソナタ3曲、宗教曲、オペラ『兵士の恋』などを作曲。
【1821】
12歳。ツェルターの紹介でヴァイマールにゲーテを訪問、大いに気に入られ約2週間滞在。弦楽のための交響曲第1~6番作曲。
【1822】
13歳。詩人ハインリヒ・ハイネ、メンデルスゾーンを「音楽上の奇蹟」と称賛。父アブラハム、メンデルスゾーン家のサロンでおこなわれる「日曜コンサート」のために宮廷楽団メンバーと契約。以後、定期的にコンサートがおこなわれるようになり、メンデルスゾーンはそのためにさまざまな作品を作曲。弦楽のための交響曲第7~8番作曲。
【1823】
14歳。弦楽のための交響曲第9~13番作曲。
【1824】
15歳。クリスマスに母方祖母が『マタイ受難曲』の写筆譜をプレゼント。交響曲第1番作曲。オペラ『ボストンから来た叔父』上演。
【1825】
16歳。父と共にパリに行き、パリ音楽院院長のケルビーニ、フンメル、モシェレス、ロッシーニ、マイアベーアらの知遇を得ます。弦楽八重奏曲作曲。ほかに、セルバンテスの『ドン・キホーテ』を原作とするオペラ『カマチョの結婚』作曲。
【1826】
17歳。『夏の夜の夢』序曲作曲。
【1827】
18歳。弦楽四重奏曲第2番、ピアノ・ソナタ第3番作曲。
【1828】
19歳。ベルリン大学に入学。アルブレヒト・デューラー没後三百年祭のための大作カンタータを作曲。序曲『静かな海と楽しい航海』作曲。
【1829】
20歳。英国旅行。『マタイ受難曲』蘇演大成功。会場には、国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世や哲学者ヘーゲル、思想家フリードリヒ・シュライアーマッハー、詩人ハイネらの姿も。水害のための慈善演奏会を主催し『夏の夜の夢』序曲を演奏。オペラ『異国からの帰郷』、弦楽四重奏曲第1番、協奏的変奏曲作曲。
【1830】
21歳。この頃から激しい頭痛発作に悩まされるようになりますが、以後2年間に渡ってヨーロッパ各地を旅行して滞在。序曲『フィンガルの洞窟』作曲。交響曲第5番『宗教改革』、ピアノ協奏曲第1番作曲着手。
【1831】
22歳。ピアノ協奏曲第1番作曲。
【1832】
23歳。交響曲第5番『宗教改革』完成。カンタータ『最初のワルプルギスの夜』作曲。
【1833】
24歳。デュッセルドルフ市音楽監督就任。交響曲第4番『イタリア』、劇音楽『頑固な王子』作曲。
【1835】
26歳。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任。楽員の労働環境改善などに尽力し、演奏水準の向上に貢献。父アブラハム死去。序曲『美しいメルジーネの物語』作曲。
【1836】
27歳。ライプツィヒでベートーヴェンの第九を指揮して大成功。フランクフルトでバッハを演奏。ニーダーライン音楽祭に出演。オラトリオ『聖パウロ』完成。
【1837】
28歳。セシル・ジャンルノーと結婚。弦楽四重奏曲第4番、ピアノ協奏曲第2番作曲。
【1838】
29歳。ニーダーライン音楽祭、ケルン音楽祭に出演。弦楽四重奏曲第3,5番、チェロ・ソナタ第1番作曲。
【1839】
30歳。ライプツィヒでシューベルト『グレート』初演。ピアノ三重奏曲第1番、序曲『ルイ・ブラス』作曲。
【1840】
31歳。交響曲第2番『讃歌』作曲。
【1841】
32歳。プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世に依頼され、ベルリンの宮廷礼拝堂楽長に就任。『厳格な変奏曲』、劇音楽『アンティゴネ』作曲。
【1842】
33歳。劇音楽『夏の夜の夢』、交響曲第3番『スコットランド』作曲。
【1843】
34歳。自ら資金を集め、ライプツィヒ音楽院を設立し院長に就任。作曲とピアノの教授はロベルト・シューマン。チェロ・ソナタ第2番作曲。
【1844】
35歳。ヴァイオリン協奏曲ホ短調、オルガン・ソナタ第1~3,5番作曲。
【1845】
36歳。オラトリオ『エリヤ』、劇音楽『アタリー』、劇音楽『コロノスのエディプス』、弦楽五重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲第2番、オルガン・ソナタ第4,6番作曲。
【1846】
37歳。カンタータ『シオンよ、主をほめたたえよ』、『ドイツ・ミサ』作曲。
【1847】
38歳。5月、姉ファニーの突然の訃報に接し、神経障害に。一時回復するものの11月3日には意識を失い翌日死去。弦楽四重奏曲第6番、オペラ『ローレライ(未完)』、オラトリオ『キリスト(未完)』作曲。

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