サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

平成最後の読書一生分プレゼントキャンペーン(~12/9)

修正:レビューキャンペーン(1101-30)

  1. hontoトップ
  2. 本の通販
  3. Music
  4. ロック
  5. Nothing Has Changed (3CD)(デラックスエディション)

Nothing Has Changed (3CD)(デラックスエディション)

  • 国内送料無料

CD

Nothing Has Changed (3CD)(デラックスエディション)【CD】 3枚組

David Bowie

デビュー50周年記念のオール・タイム・グレイテスト・ヒッツ!全59曲収録の3CDデラックス・エディション!1964年デビュー・シングル(ユニバーサル)から2013年『ザ・...

もっと見る

Nothing Has Changed (3CD)(デラックスエディション)【CD】 3枚組

4,212(税込)

ポイント :39pt

CDをカートに入れる

あわせて読みたい本

この商品に興味のある人は、こんな商品にも興味があります。

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

曲目

ディスク1
  1. スー(オア・イン・ア・シーズン・オブ・クライム)
  2. ホエア・アー・ウィ・ナウ?
  3. ラヴ・イズ・ロスト(ハロー・スティーヴ・ライヒ・ミックス by ジェームス・マーフィ・フォー・ザ・DFA・エディット)
  4. ザ・スターズ
  5. ニュー・キラー・スター(ラジオ・エディット)
  6. エヴリワン・セズ・ハイ(エディット)
  7. スロー・バーン(ラジオ・エディット)
  8. レット・ミー・スリープ・ビサイド・ユー
  9. ユア・ターン・トゥ・ドライヴ
  10. シャドー・マン
  11. セヴン(マリウス・デ・ヴリーズ・ミックス)
  12. サヴァイヴ(マリウス・デ・ヴリーズ・ミックス)
  13. サーズデイズ・チャイルド(ラジオ・エディット)
  14. アイム・アフレイド・オブ・アメリカンズ(クリーン・エディット)
  15. リトル・ワンダー(エディット)
  16. ハロー・スペースボーイ(ペット・ショップ・ボーイズ・リミックス)(withペット・ショップ・ボーイズ)
  17. ハーツ・フィルシー・レッスン(ラジオ・エディット)
  18. ストレンジャーズ・ホエン・ウィ・ミート(シングル・ヴァージョン)
ディスク2
  1. 郊外のブッダ
  2. ジャンプ・ゼイ・セイ(ラジオ・エディット)
  3. タイム・ウィル・クロール(MMリミックス)
  4. ビギナーズ(シングル・ヴァージョン)
  5. ダンシング・イン・ザ・ストリート(デヴィッド・ボウイ&ミック・ジャガー)
  6. ラヴィング・ジ・エイリアン(シングル・リミックス)
  7. ディス・イズ・ノット・アメリカ(withパット・メセニー・グループ)
  8. ブルー・ジーン
  9. モダン・ラヴ(シングル・バージョン)
  10. チャイナ・ガール(シングル・ヴァージョン)
  11. レッツ・ダンス(シングル・ヴァージョン)
  12. ファッション(シングル・ヴァージョン)
  13. スケアリー・モンスターズ(アンド・スーパー・クリープス)(シングル・ヴァージョン)
  14. アッシュズ・トゥ・アッシュズ(シングル・バージョン)
  15. アンダー・プレッシャー(withクイーン)
  16. ボーイズ・キープ・スウィンギング
  17. ヒーローズ(シングル・ヴァージョン)
  18. サウンド・アンド・ヴィジョン
  19. ゴールデン・イヤーズ(シングル・ヴァージョン)
  20. 野生の息吹き(2010ハリー・マスリン・ミックス)
ディスク3
  1. フェイム
  2. ヤング・アメリカン(2007トニー・ヴィスコンティ・ミックス・シングル・エディット)
  3. ダイアモンドの犬
  4. 愛しき反抗
  5. 愛の悲しみ
  6. ドライヴ・インの土曜日
  7. すべての若き野郎ども
  8. ジーン・ジニー(オリジナル・シングル・ミックス)
  9. 月世界の白昼夢
  10. ジギー・スターダスト(屈折する星くず)
  11. スターマン(オリジナル・シングル・ミックス)
  12. 火星の生活(2003ケン・スコット・ミックス)
  13. ユー・プリティ・シングス
  14. チェンジス
  15. 世界を売った男
  16. スペイス・オディティ
  17. イン・ザ・ヒート・オブ・ザ・モーニング
  18. 愚かな少年
  19. キャント・ヘルプ・シンキング・アバウト・ミー
  20. ユーヴ・ガット・ア・ハビット・オブ・リーヴィング
  21. リザ・ジェーン

その他のバージョン

CD Nothing Has Changed(2CD) EUR輸入盤 発売日 : 2014/11/18 購入できません
CD Nothing Has Changed(2CD) US輸入盤 発売日 : 2014/11/17 購入できません
CD Nothing Has Changed (3CD)(DeluxeEdition) US輸入盤 発売日 : 2014/11/17 購入できません
CD Nothing Has Changed(2CD)(スタンダードエディション) 国内盤 発売日 : 2014/11/19 購入できません
CD Nothing Has Changed(3CD)(Deluxe Edition) EUR輸入盤 発売日 : 2014/11/18 1~3日

商品説明

デビュー50周年記念のオール・タイム・グレイテスト・ヒッツ!全59曲収録の3CDデラックス・エディション!
1964年デビュー・シングル(ユニバーサル)から2013年『ザ・ネクスト・デイ』(ソニー)まで、レーベルの枠を超えてその全キャリアを網羅!しかも最新リマスター盤!

待望の新曲「スー(オア・イン・ア・シーズン・オブ・クライム)」収録決定!
本ベストのためだけに特別にレコーディングされた、2014年新曲。デビュー当時からの盟友、トニー・ヴィスコンティのプロデュース!

ロック・ヒストリーを代表する真のスーパー・スターにして、日本人との縁も深い日本贔屓のアーティスト。
1970年代のデヴィッド・ボウイのワールド・ツアーで山本寛斎氏が衣装を担当、1983年には映画『戦場のメリークリスマス』で北野武氏、坂本龍一氏との共演が話題に。また日本人カメラマン鋤田正義氏が1977年アルバム『英雄夢語り』(HEROES)のジャケット写真を手掛けた、などなど、日本人との深い関わりも多数。来日公演は通算7回(1973~2004年)。

デラックスエディション盤/デビュー50周年記念/解説歌詞対訳付/リマスタリング

(メーカー・インフォメーションより)

アーティスト紹介

David Bowie

もともと音楽スタイルを巧く横断していくような身軽な賢さや絶妙なバランス感覚を売りにしていた彼は、ある種のアメリカン・ロックやソウルのアーティストが追及していくような音楽表現の深さみたいな、ある種の逃げと成熟が許されない立場に立たされたということも言えるかもしれない。

69年の再デビューから間もなくのこと、70年代初頭のシーンでグラム・ロックの代表的アーティストとして活躍し、80年代最初期、あるいはもっと寛容な見方をすればアルバム、 レッツ・ダンス(Let's Dance)や映画、戦場のメリー・クリスマスへの出演辺りまで独自のカリスマ性を放っていたデヴィッド・ボウイ。60年代のアンディ・ウォーホール、80年代のプリンス、90年代のベックらに匹敵する、もしくはそれ以上の輝き方をしていた70年代のボウイは、その時期があまりに濃密に光輝いていたために、それ以降彼自身のテーマが本人の意思とは関係なくロック・スターにとっての“老い”の問題やロック・アーティストの思春期的表現の困難さに直結してしまったことは否めないだろう。もともと音楽スタイルを巧く横断していくような身軽な賢さや絶妙なバランス感覚を売りにしていた彼は、ある種のアメリカン・ロックやソウルのアーティストが追及していくような音楽表現の深さみたいな、ある種の逃げと成熟が許されない立場に立たされたということも言えるかもしれない。

近作アースリング(Earthling)やアワーズ(Hours)では無理のない若返りともいえる自然体の境地を手に入れた(特に後者で)ボウイは、少し前にあった世間的なものとのズレ(失礼!)を解消したかに見え、これからある種の達観を伴いながら比較的ジタバタしない充実した活動を展開していってくれるだろうと予感させる。先頃、インターネットによる情報の拡大やポスト活字文化的な部分が一般に親しみ易くなることに関して彼がかなり肯定的な発言をしていたのは印象的だった。そのときに、やはり根っからのポップ・アート好きで「メディアの人」なんだなぁと思えたとき、これからのボウイは少し前よりも呼吸し易い状況にいるんだな、という気がした。

デヴィッド・ボウイ(本名:デヴィッド・ロバート・ジョーンズ)は1947年1月8日にロンドンのブリクストン地区で生まれた。デビッドの父親ヘイウッド・ステントン・ジョーンズと前妻との間には離婚問題があり、デヴィッドが生まれたときには、父ヘイウッドと母マーガレットはまだ同棲している状態だった。そうしたあまり幸福とはいえない家庭環境に育ったデヴィッドは、いつも両親と喧嘩ばかりしていたという。また10歳のときに彼はガールフレンドのことで友人に殴られ、左眼の視力をほぼ完全に失っている。更にデヴィッドのトラウマが形成されるのに決定だった事柄は、母親が連れてきた前夫との子供、7歳年上の兄テリーが精神病院にはいったことだった。その後アーティストになったデヴィッド・ボウイはこの兄に起こった出来事に対してひどく怖がる発言をしている。

ハイスクールに通うデヴィッドは英語以外の科目は全て落とす問題児だったが、父親の影響でチャールス・ミンガスジョン・コルトレーンなどのジャズに興味を持ち、サックスを演奏したり歌を歌ったりといったことをクラスの仲間に披露するようになった。15歳になると自身を音楽で表現したいと思うようになり、初めてのバンドを結成。同時にビート文学の代表的作品、ジャック・ケルアックの「路上」やファーリンゲッティの作品を読みふけるようになったデヴィッドは、自分の通う、良家の子弟が通う格式ばったハイ・スクールに見切りをつけ、ドロップ・アウト。広告関係の仕事に就くが、これには魅力がないと気付いたデヴィッドは半年であっさりとこの会社も退職してしまった。その後1963年にデヴィッドはあるミュージシャン達4人と偶然知り合いになる。彼らはすぐに意気投合し、バンドを結成。デイヴィー・ジョーンズ・ウィズ・ザ・キング・ビーズという名前だった。あるエージェント・マネージャーとコネクションを持った彼らは、1964年6月、デッカのボカリオン・ポップ・レーベルからシングル“ライザ・ジェーン”を発表。プロ・デビューを果たしたが、このシングルがまったく売れず、終いにはTV出演のため髪を切らされそうになるなどゴタゴタが続き、結局9ヶ月後にバンドは解散。デヴィッドは新たにザ・マニッシュ・ボーイズというバンドを結成、パーロフォンから1965年3月にシングル“アイ・ピティ・フール”をリリース。しかしこれも大して話題となることはなく、またもバンドは解散。この後もデイヴィー・ジョーンズ&ザ・ローアー・サードでシングルをリリースするも同様の結果となり解散、そして次に結成したデヴィッド・ジョーンズ&ザ・バズ時代に、デヴィッドはソロ活動をしていくことを決意する。きっかけはロイヤル・アルバート・ホールで観たボブ・ディランのライヴ。これに触発されたデヴィッドは、ソロ活動に際してまず名前を心機一転改めた。当時人気絶頂だったザ・モンキーズのデイヴィー・ジョーンズと同姓同名であったため、アーティスト名をデヴィッド・ボウイと改名。1966年4月、ソロ・アーティスト、ボウイとしての初シングル“ドゥ・エニシング・ユー・セイ”を、8月に続くシングル“アイ・ディグ・エヴリシング”をパイ・レーベルからリリース。これは以前に比べれば関係者の評判も上々だったが、やはりセールスがついてこない。パイとの契約も一年で切れ、デラム・レコードへ移籍。3枚のシングルと初アルバム、デヴィッド・ボウイ・デビュー・アルバム(Love You Till Tuesday)を発表するが、ほとんどプロモーションの行われなかったこの作品群も大きな評価を集めることはなかった。

1964年のレコード・デビューから3年間もの間、あの手この手で音楽業界での評価をモノにしようと思っていたボウイは、ここで大きな転機を迎える。世界屈指の舞踏家でリンゼイ・ケンプ・マイム・カンパニーを主宰し独自の演劇活動を行っていたリンゼイ・ケンプとの出会いだ。彼と出会い、演劇に対する情熱をかきたてられたボウイは、以前よりも強く仏教やメディテーションといったものに惹かれていったボウイは、キャリアを進めていくにはまだ準備不足との判断を下し、音楽業界からしばらく引退してしまうのだった。ケンプのもとでレッスンを受けたボウイは数々のマイムの舞台に出演。しばらくしてボウイは仲間2人と演劇集団フェザーズを立ち上げた。なおこのフェザーズでのマイム公演のツアー中、彼らはティラノザウルス・レックスのサポートを務めている。後にボウイが、唯一のライバルだったと振り返ることになるマーク・ボランとは、ここで初めて遭遇している。フェザーズが活動した一年間の中で最も大きな成果があがったのはテレビ・スペシャル用の実験映画だった。このフィルム用にボウイはスタンリー・キューブリックの映画、2001年宇宙の旅にインスパイアされた楽曲“スペース・オディッティ”を書いた。このフィルム用のヴァージョンは1969年3月に録音されている。この曲がきっかけでボウイは音楽界への復帰を決心し、まもなくマーキュリーとソロ契約を果たした。1969年6月に名プロデューサー、ガス・ダッジョンの指揮のもと再レコーディングされた“スペース・オディッティ”は7月にシングルとして発表された。これはアメリカではヒットしなかったものの、イギリスではかなりのヒットを記録。続いてボウイはトニー・ヴィスコンティと共にアルバム、デヴィッド・ボウイ(アメリカでは<マン・オブ・ワーズ、マン・オブ・ミュージック>の名でリリース。後にスペース・オディッティと改題されRCAから72年に再発されている)』を制作。これが11月に発表されるとデヴィッド・ボウイは一躍注目を集めるようになったのだった。

その後70年代にジギー・スターダスト(Ziggy Stardust)など好作品をいくつも発表していったデヴィッド・ボウイは独特なスタンスで音楽スタイルを鮮やかに横断する神秘的なアーティスト、ロック・アイコンとして認知されていく。しかし80年代に入るとナイル・ロジャースによるディスコ・サウンドが話題となり大ヒットを記録したレッツ・ダンス(Let's Dance)辺りを境に当初のオーラを放っていた活動の勢いはなくなっていった。その後ティン・マシーンというバンドを組んだり、過去の名曲ばかりを歌うツアーを敢行するなど、迷走を続けたボウイは近年、アースリング(Earthling)やアワーズ(Hours)でかつての輝きを再び感じさせてくれるようになった。またマリリン・マンソンなどアメリカの新世代ゴシック系アーティストの台頭や、グラム・ロックの狂騒を描いたヴェルヴェット・ゴールドマインの公開などもあり、90年代後半に入ってからのボウイは何かと人々の話題にのぼることになった。2000年に入ってからのボウイは以前にも増して精力的な活動を続ける。2002年には力作ヒーザン(Heathen)をリリース。また同年、世界各国で収録曲が異なるベスト・アルバムベスト・オブ・ボウイ(Best Of Bowie)もリリース。コレクターは各国盤収集にむせび泣いた…。2003年は過去作の再発などが相次いだが、Heathenから2年とあけずにアルバムリアリティー(Reality)をリリース。こちらも往年のファンを唸らす力作で評判が高い様子。2004年3月には、実に8年ぶりとなる来日公演を日本武道館ほかにて行う。

デヴィッド・ボウイが好きだったということを70年代後期~80年代初期のパンク以降の連中がくちぐちに語ったように、ポスト・パンク~ニュー・ウェイヴ期のアーティストにボウイは大きな影響を与えた。主にイギリスのミュージシャンだが、彼らが音楽を聴き始めた頃に「まともだ」と思えたのはデヴィッド・ボウイくらいのものだったというような話はよく聴かれた。彼らにとってはプログレも70年代アメリカン・ロックも、単に純音楽主義的なヒッピーの末裔に見えたのだろう(いい悪いの話ではなくて)。具体的にヴォーカルのどこそこがコピーされているということは意外に指摘しずらいところもあるし曖昧な言い方にもなるのだが、何となくボウイが醸し出していたイギリス的な抒情や深い陰影に富む質感みたいなものを、その時期のミュージシャン達は受け継いでいたように思う。代表的なところではエコー&ザ・バニーメンの若きイアン・マカロックボウイの大ファンだったし、前身バンドのワルシャワの名が示すようにジョイ・ディヴィジョンの連中もボウイの影響を受けている。90年代ではやはりマリリン・マンソンプラシーボのブライアン・モロコが両右翼か。

デヴィッド・ボウイはもちろん主に存在自体で表現するアーティストであることに変わりはないが、少しひいた視点で彼の活動を見てみれば、固定した音楽スタイルを持たない割に独自の歌い回しの文体がある、という点において優れた歌手であると言える。

 

2016年1月10日、癌のため死去。享年69歳。

キャリア

特典・視聴・HMVユーザーレビュー

特典・視聴・HMVユーザーレビューを見る

  • リンク先はHMVのサイトとなります。

ポピュラーロック ランキング

ポピュラーロックのランキングをご紹介します一覧を見る

前へ戻る

次に進む

※ 一部の商品はHMVより販売業務の委託を受けています。