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目次

  • 第1章 惟準の生誕と幼少期
  • 第2章 加賀大聖寺および越前大野での修業
    • (1)大野藩の洋学教育
    • (2)西洋操練の学習
  • 第3章 第一次長崎遊学時代と父洪庵の死
    • (1)長崎の医学伝習所(のち養生所、ついで精得館と改称)における伝習
    • (2)ポンペの講義
    • (3)長崎養生所の開設
    • (4)ポンペの後任ボードインの来任
    • (5)父洪庵の急死
    • (6)松本良順の動向
    • (7)洪哉(惟準)の長崎から江戸への帰還
  • 第4章 洪哉(惟準)の長崎への再遊
    • (1)ハラタマの着任
    • (2)マンスフェルトの着任
    • (3)緒方洪哉の弁訳したマンスフェルトの講義録『内科察病三法』
    • (4)聴診器の輸入
  • 第5章 惟準のオランダ留学
  • 第6章 幕府崩壊による惟準の帰国
  • 第7章 朝廷への出仕、典薬寮医師に任命
    • (1)西洋医学所の状況と松本良順の動向
    • (2)天皇の脈(天脈)を診る
    • (3)明治天皇の東京への行幸
  • 第8章 浪華(大坂)仮病院の設立とボードイン
    • (1)ボードインと惟準の診療と講義
    • (2)病院での治療
    • (3)芳村杏斎筆録の「抱氏外来患者配剤記」「抱氏方剤書」および「抱氏入院患者方剤録」
    • (4)ボードインの講義
  • 第9章 大村益次郎の遭難とボードイン・惟準らの治療
    • (1)事件の経過
    • (2)初期の治療
    • (3)緒方惟準の後年の述懐
    • (4)大阪への移送、右大腿切断、その後の経過
    • (5)後日譚
  • 第10章 大阪軍事病院の創設と大阪府医学校病院のその後
    • (1)大阪府医学校病院のその後の推移と人事
    • (2)軍事病院へのブッケマの着任
    • (3)『撰兵論』の内容
  • 第11章 東京在勤時代
    • (1)明治天皇拝診
    • (2)軍医寮創設のころ
    • (3)台湾の役
    • (4)東京医学会社の設立
    • (5)緒方洪庵先生祭祀と招宴
    • (6)検閲使随行
    • (7)第二回適塾同窓会の開催
  • 第12章 惟準の西南戦争従軍
    • (1)軍団病院での活動と戦況の推移
    • (2)佐野常民と博愛社(のちの日本赤十字社)の設立
    • (3)緒方惟準と石坂惟寛との出会い
  • 第13章 再び東京勤務(陸軍本病院・文部省御用掛兼勤)
  • 第14章 大阪鎮台病院長時代
    • (1)医事会同社の設立と『刀圭雑誌』の刊行
    • (2)金沢医学所長田中信吾の惟準訪問
  • 第15章 医事会同社の設立と『刀圭雑誌』の発刊
    • (1)『刀圭雑誌』第壱号
    • (2)医事会同社における惟準の活動
    • (3)脚気患者療養所選定と軍医長会議
  • 第16章 東京適塾における門弟育成
    • (1)東京適塾門人録
    • (2)新出の東京・大阪の適塾「生徒姓名簿」
    • (3)講義録『眼科闡微』
    • (4)東京適塾門人の略歴および追憶談
    • (5)大阪適塾の門人
    • (6)「緒方義塾」の規律と塾律について
  • 第17章 陸軍軍医監兼薬剤監に昇任
    • (1)陸軍軍医監昇任と上京
    • (2)金沢病院大聖寺分病院開院式に出席
    • (3)陸軍軍医本部主催の親睦会
    • (4)朝鮮の壬午の変(壬午軍乱)と日本公使館焼き打ち事件
    • (5)会旧社と偕行社
    • (6)陸軍軍医本部長林紀の死去と松本順の陸軍軍医本部長再任
    • (7)医事会同社の盛衰
    • (8)東京陸軍病院長を兼任
  • 第18章 『日本薬局方』編纂事業と母八重の死
    • (1)医務局の創設と『日本薬局方』の制定
    • (2)『日本薬局方』編纂委員の任命
    • (3)惟準の母八重(洪庵夫人)の死去
    • (4)各地で医会設立の動き
  • 第19章 陸軍軍医学舎長兼近衛軍医長に就任
    • (1)陸軍軍医学舎について
    • (2)教官の略歴と講義録
    • (3)軍医学舎長緒方惟準の『陸軍医務沿革史』の講義
  • 第20章 近衛歩兵隊への麦飯給与と脚気予防
  • 第21章 海水浴奨励と大磯海水浴場賞讃
    • (1)大磯海水浴場の開設と松本順
    • (2)松本順口述「海水浴法概説」(一八八六年/国立国会図書館蔵)
  • 第22章 日本赤十字社および東京慈恵医院の運営に参与
  • 第23章 惟準の陸軍退官とその真相
  • 第24章 陸軍内部の脚気問題と惟準
    • (1)惟準の脚気予防報告
    • (2)大阪鎮台での麦飯給与
    • (3)石黒忠悳の脚気病因説
    • (4)海軍の脚気対策と高木兼寛
  • 第25章 私立緒方病院の創設
    • (1)洪庵翻訳の『医戒』上梓
    • (2)緒方病院の発足
    • (3)大阪医会の設立
  • 第26章 緒方病院医事研究会の発足と会誌の発刊
    • (1)『緒方病院医事研究会申報』第壱号について
    • (2)『緒方病院医事研究会申報』第一号(実質的には第二号にあたる)について
    • (3)『緒方病院医事研究会申報』を『医事会報』と改称
  • 第27章 貧民病院設立の企図と挫折
    • (1)貧民病院設立の企図と挫折
    • (2)惟準の長男整之助の死去
    • (3)惟準が大阪医会会長を辞任
    • (4)洪庵夫人八重の墓碑建立
  • 第28章 大阪慈恵病院の創設
    • (1)大阪慈恵病院医学校の開校式
    • (2)附属医学校の運営
    • (3)大阪慈恵病院および附属医学校の後日談
    • (4)私立関西医学院の開設
  • 第29章 『一夕話』終了
    • (1)緒方一族子弟のドイツ留学と大日本私立衛生会総会および日本医学会の開催
    • (2)流行性感冒の流行
    • (3)ドイツのコッホ博士発明のツベルクリンの反響
    • (4)惟準の叙勲
    • (5)収二郎・正清の帰朝と産婆教育所の開設
    • (6)惟準の門弟教育・自著の総括
  • 第30章 緒方一族および緒方病院の動向
  • 第31章 緒方洪庵の贈位奉告祭と祝賀会
  • 第32章 惟準のキリスト教入信と臨終
  • 第33章 惟準の剖検および葬儀
  • 第34章 惟準ならびに緒方一族の墓碑
  • 第35章 惟準死後の緒方病院と緒方家一族
  • 第36章 惟準の家族と緒方一族
    • (1)惟準の家族構成
    • (2)惟準の妻吉重
    • (3)緒方惟孝
    • (4)緒方惟直
    • (5)緒方収二郎
    • (6)緒方重三郎
    • (7)緒方拙斎
    • (8)緒方正清
    • (9)緒方祐将
    • (10)堀内利国
    • (11)堀内謙吉
    • (12)緒方整之助
    • (13)緒方銈次郎
    • (14)緒方準一
    • (15)緒方安雄
    • (16)緒方富雄
    • (17)緒方知三郎
    • (18)緒方章
    • (19)深瀬仲麿
    • (20)緒方鷺雄
    • (21)緒方郁蔵
    • (22)緒方郁蔵の妻と子供
    • (23)緒方太郎
    • (24)億川(岸本)一郎
  • 第37章 緒方惟準の周辺の人々
    • 一 長崎遊学・オランダ留学時代
    • (1)松本順
    • (2)松本銈太郎
    • (3)長与専斎
    • (4)池田謙斎
    • (5)長崎遊学時代の緒方惟孝(城次郎・四郎)の後見人太田精一
    • 二 朝廷出仕・第一次東京在勤時代
    • (1)高階経徳
    • (2)前田信輔
    • 三 大阪府医学校病院時代
    • (1)三崎嘯輔
    • (2)三瀬周三
    • (3)長瀬時衡
    • 四 惟準の離任後の大阪府医学校病院の人々(医師・職員たち)
    • (1)大阪府医学校病院の大学への移管
    • (2)大阪府医学校病院奉職の地元の医員
    • 五 西南戦争、陸軍軍医本部勤務時代
    • (1)林紀
    • (2)石黒忠悳
    • (3)橋本綱常
    • (4)小池正直
    • (5)足立寛
    • (6)佐藤進
    • (7)桑田衡平
    • (8)土岐頼徳
    • (9)高木兼寛
    • 六 緒方病院設立以後の交遊人物
    • (1)高橋正純
    • (2)高橋正直
    • (3)高安道純
    • (4)山田俊卿
    • (5)吉田顕三
    • (6)吉益東洞
    • (7)清野勇
    • 七 緒方洪庵の墓碑銘の撰者
    • (1)古賀謹一郎
    • (2)草場珮川
  • 第38章 著書・翻訳書・講義録写本・校閲本・論文・墓碑銘など
  • 資料編
    • (1)「緒方惟準先生一夕話」の編者幹澄の緒言
    • (2)大阪医学館規則
    • (3)『大阪府布令集』より抄出の医事関係の布令
    • (4)東京医学会社発刊の『医学雑誌』
    • (5)海水浴の説(医事会同社の第七会における緒方惟準の演説の抄録)
    • (6)本邦ニ一定ノ局方ナキハ医道ノ欠典タル説
    • (7)大阪興医学社附属教場規則
    • (8)陸軍医務沿革史
    • (9)近衛歩兵隊麦飯給与試験成績第一回報告
    • (10)脚気病予防ノ実験
    • (11)大日本私立衛生会第七総会における緒方惟準の祝辞
    • (12)緒方病院医事研究会規則(明治二十五年七月改正)
    • (13)死直前の福沢諭吉の緒方洪庵先生に関する談話
    • (14)洪庵文庫設立の経緯
    • (15)大村益次郎殉難報国之碑の竣工式と碑文
    • (16)緒方惟準の長男整之介および弟収二郎(在ドイツ)宛書簡
    • (17)緒方惟孝の収二郎(在ドイツ)宛書簡五通
    • (18)緒方八千代(拙斎夫人)より収二郎宛書簡一〇通
    • (19)緒方惟準の佐藤進宛書簡一通
    • (20)緒方収二郎(在ベルリン)から森林太郎(鷗外)宛書簡 明治二十二年七月七日付