サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

送料無料 日付更新(2017年7月)

1,000円以上の注文で3%OFFクーポン(0922-28)

目次

  • 序章 「王賜」銘鉄剣の時代=五世紀はいかなる時代か
    • はじめに
    • 第一節 五世紀の画期は允恭天皇朝
    • 第二節 五世紀は山野河海の中小豪族が台頭・活躍
    • 第三節 五世紀の基本政策は高句麗遠征
    • 第四節 緊張の五世紀から緊張緩和の六世紀前半へ
  • 第Ⅰ部 「王賜」銘鉄剣
  • 第一章 稲荷台一号墳と「王賜」銘鉄剣
    • 第一節 中小の古墳から日本最古の銘文出土
    • 第二節 稲荷台一号墳の位置と歴史的環境
    • 第三節 稲荷台一号墳の規模と副葬品
    • 第四節 稲荷台一号墳の築造年代
    • 第五節 「王賜」銘鉄剣の下賜年代
    • 第六節 「王賜」銘鉄剣の銘文
  • 第二章 「王」とは誰か
    • 第一節 「王」に関する諸説
    • 第二節 「王」は倭の五王の誰か
    • 第三節 「王」は倭王済=允恭天皇か
  • 補論 「王賜」銘鉄剣下賜の理由と意味
    • 第一節 刑部として奉仕
    • 第二節 忍坂の武器庫に奉仕
    • 第三節 高句麗遠征に参加
  • 第三章 「王賜」銘鉄剣と上総の海部郷・海上潟
    • 第一節 駿河以東で唯一の海部郷
    • 第二節 伊勢・東海地方とのつながり
    • 第三節 海上潟とのつながり
  • 第四章 稲荷台一号墳の被葬者はいかなる豪族か
    • 第一節 山田・谷津田・畠・焼畑の経営と狩猟
    • 第二節 猪膏の貢上と狩猟
    • 第三節 習俗としての入墨
    • 第四節 勇猛・裕福な首長
  • 第Ⅱ部 山野河川の中小豪族の台頭と王族同士の殺戮
  • 第一章 山野河川の中小豪族の台頭
    • 第一節 山野河川の中小豪族
    • 第二節 山野河川の中小豪族と武器庫・高句麗遠征
  • 第二章 刑部と宍人部・猪使部
    • 第一節 刑部の職掌と猪膏
    • 第二節 刑部と忍坂の武器庫と「王賜」銘鉄剣
    • 第三節 刑部と宍人部・大倭国造の共通性
    • 第四節 刑部と猪使部の共通性
    • 第五節 刑部の「刑」字は入墨の意味
    • 第六節 刑部郷の分布と川部
  • 第三章 川部
    • 第一節 川部の設定記事
    • 第二節 田井中比売と大和川
    • 第三節 川部と宍人部・刑部の共通性
    • 第四節 川部の分布
    • 第五節 川部の職掌(1)
    • 第六節 川部の職掌(2)
    • 第七節 山野河川の民・浮遊の民の掌握と定住
  • 第四章 多治比部
    • 第一節 多治比部の発祥地・本拠地
    • 第二節 多治比部の起源・元本になった黒山郷の山人
    • 第三節 多治比部の分布
    • 第四節 多治比部と高句麗遠征
  • 第五章 石上神宮と中国王朝の武器庫の武器の数量
    • 第一節 石上神宮所蔵の厖大な武器
    • 第二節 二〇〇万人の武器
    • 第三節 一〇万人の仗
    • 第四節 兵器四七万
    • 第五節 十箇品部と忍坂の武器庫
  • 第六章 宋書南縦書・名代・猪膏からみた氏姓成立と盟神探湯
    • 第一節 盟神探湯伝承
    • 第二節 『宋書』『南斉書』かちみたウヂの名の成立
    • 第三節 名代からみたカバネ造と氏姓の成立
    • 第四節 猪膏からみた盟神探湯
  • 第七章 倭国・劉宋における王族同士・皇族同士の殺戮
    • 第一節 倭国と劉宋にみられる類似的な現象
    • 第二節 劉宋における皇族同士の殺戮と寒門・寒人の動向
    • 第三節 倭王家の王族相剋と中小豪族の動向
    • 第四節 大王の権勢強化と中小豪族
  • 第Ⅲ部 倭王の高句麗遠征と通宋
  • 第一章 倭の五王の通宋の開始と終焉
    • 第一節 倭の五王の通宋
    • 第二節 四一三年の東晋への遣使
    • 第三節 四二一年の宋への遣使と辛酉革命説
    • 第四節 四七八年の宋への遣使と戊午革運説
    • 第五節 遣使終焉の理由
  • 第二章 允恭天皇の高句麗遠征と茅淳行幸伝承
    • 第一節 倭王済の高句麗遠征
    • 第二節 允恭天皇朝と新羅
    • 第三節 允恭天皇の茅淳行幸伝承
  • 第三章 倭王済の通宋・高句麗遠征と文帝の北伐
    • 第一節 四一三年の遣使と劉裕の北伐
    • 第二節 劉宋文帝の二度の北伐
    • 第三節 四二五年の遣使と文帝の帝権強化策
    • 第四節 文帝の第一次北伐
    • 第五節 四三〇年の遣使と文帝の第一次北伐
    • 第六節 文帝の第二次北伐(前半)
    • 第七節 文帝の第二次北伐(後半)と朝貢路の途絶
    • 第八節 四五〇年の百済王の遣使と第二次北伐
    • 第九節 四五一年の倭王済の遣使と第二次北伐
    • 第一〇節 倭王済の遣使が百済王より遅れた理由
    • 第一一節 倭国から宋都までの朝貢路
    • 第一二節 倭王済が四五一年に遣使した理由と成果
  • 第四章 倭王済の配下が除授された軍郡
    • 第一節 軍郡の実例
    • 第二節 済の配下が除授された将軍号と郡太守号
    • 第三節 東晋末・宋における将軍号・郡太守号兼帯の実例
    • 第四節 東晋末・宋における将軍の軍事的活動の実例
    • 第五節 東晋末・宋における郡太守の軍事的活動の実例
    • 第六節 倭王済が配下に将軍号・郡太守号を授与した意味
  • 第五章 倭の五王・司馬曹達・府官の単名
    • 第一節 倭・百済・高句麗の府官の単名と中国使節の複名
    • 第二節 中国における単名の流行から複名の流行へ
    • 第三節 中国の単名・複名との比較
    • 第四節 倭の五王の単名と中国の単名・複名
  • 終章 允恭天皇朝の画期性と高句麗遠征
    • 第一節 間違った允恭天皇像を伝える「記紀」
    • 第二節 允恭天皇とその時代に注目した諸説
    • 第三節 允恭天皇の高句麗遠征(1)
    • 第四節 允恭天皇の高句麗遠征(2)
    • 第五節 高句麗遠征の終焉
    • 第六節 允恭天皇は最初の大王・天王
    • 第七節 「記紀」に允恭天皇の評価が低い理由