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目次

  • 1 未亡人
  • a 長野県関連資料
    • Ⅱ−1−a1 長野県告示第156号 長野県家庭養護婦派遣事業補助要綱(昭和31(1956)年4月9日・長野県知事 林虎雄・長野県報)
    • Ⅱ−1−a2 長野県告示第701号 長野県家庭養護婦派遣事業補助要綱の一部を次のように改正する。(昭和31(1956)年12月6日・長野県知事 林虎雄・長野県報)
    • Ⅱ−1−a3 本県社会福祉事業の現況 なくしたい生活苦(昭和31(1956)年3月1日・長野県広報:1面)
    • Ⅱ−1−a4 生活改良普及員、新たに「転宅資金」を設ける(昭和38(1963)年5月15日・長野県広報:3面)
  • b 地元新聞が報じた生活状態
    • Ⅱ−1−b1 郡部に専任給食婦を(昭和29(1954)年7月9日・信濃毎日新聞:3面)
    • Ⅱ−1−b2 母子家庭にもっと援助を(昭和31(1956)年2月6日・信濃毎日新聞:3面)
    • Ⅱ−1−b3 “父のない子”身元を保証(昭和31(1956)年2月10日・信濃毎日新聞:3面)
    • Ⅱ−1−b4 働く婦人の心がまえ(昭和31(1956)年2月11日・信濃毎日新聞〈北信版〉:2面)
    • Ⅱ−1−b5 給食婦には未亡人を(昭和31(1956)年3月5日・信濃毎日新聞〈北信版〉:4面)
    • Ⅱ−1−b6 長野と上田で婦人の座談会 家庭内の娯楽を望む(昭和31(1956)年4月13日・信濃毎日新聞〈北信版〉:4面)
    • Ⅱ−1−b7 女工さん700名が失業(昭和31(1956)年4月22日・信濃毎日新聞〈北信版〉:4面)
    • Ⅱ−1−b8 母子家庭生徒の就職進める(昭和31(1956)年10月17日・信濃毎日新聞〈北信版〉:8面)
    • Ⅱ−1−b9 婦人会員の奉仕風景(昭和31(1956)年10月18日・信濃毎日新聞〈北信版〉:4面)
    • Ⅱ−1−b10 学校給食婦に未亡人を採用(昭和31(1956)年3月6日・北信毎日新聞:3面)
    • Ⅱ−1−b11 戦争未亡人を表彰 女手一つで更生し(昭和31(1956)年3月24日・北信毎日新聞:3面)
    • Ⅱ−1−b12 未亡人 幸福は“吾子”との生活(昭和27(1952)年2月7日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−1−b13 “赤線基地をなくせ”に結集(昭和27(1952)年2月26日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b14 福祉社会建設へ市民運動(昭和30(1955)年7月28日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b15 互助会基金の増額 上田市未亡人会(昭和30(1955)年10月22日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b16 低家賃の母子住宅を 上田市未亡人会(昭和31(1956)年3月1日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b17 真剣な生活向上の訴え 立派な子供に 母子福祉研究集会盛会(昭和31(1956)年3月6日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b18 戦争未亡人の記録(昭和31(1956)年3月31日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−1−b19 蚊とハエのいない生活へ 衛生自治会など生る(昭和31(1956)年6月16日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−1−b20 会名「さつき会」と改称(昭和31(1956)年6月23日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b21 活発な上田婦人(昭和31(1956)年6月26日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−1−b22 学校給食婦補助(昭和31(1956)年6月27日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b23 さつき会も対策(昭和31(1956)年7月5日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−1−b24 さつき会もタッチ 家庭養護婦事業運営に(昭和31(1956)年8月21日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−1−b25 婦人相談員配置(昭和31(1956)年9月27日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−1−b26 婦人会のあり方討議(昭和39(1964)年10月23日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−1−b27 未亡人から喜びの手紙(昭和40(1965)年7月25日・信州民報:2面)
  • c 上田女性史など
    • Ⅱ−1−c1 26年 戦争未亡人が学校給食婦へ(昭和48(1973)年・小崎軍司『戦後の上田女性史』より)
    • Ⅱ−1−c2 第五 未亡人について(昭和27(1952)年・厚生省・全国社会福祉協議会連合会『社会福祉行政資料』より)
    • Ⅱ−1−c3 看護婦(一般)、衛生保健婦、助産婦(昭和31(1956)年・労働省婦人少年局『未亡人等の職業シリーズ 第3輯』より)
  • 2 家庭養護婦(初期10人ほか)
  • a 『厚生年報』に報じられた家庭養護婦
    • Ⅱ−2−a1 家庭養護婦派遣事業の状況(昭和38(1963)年・長野県厚生課『厚生年報 昭和37年度』より)
    • Ⅱ−2−a2 老人世帯家庭奉仕員費清算状況(昭和39(1964)年・長野県厚生課『厚生年報 昭和38年度』より)
    • Ⅱ−2−a3 長野県社会福祉関係組織図、老人世帯家庭奉仕員の状況(昭和40(1965)年・長野県厚生課『厚生年報 昭和39年度』より)
  • b 『うえだ社協ニュース』にとりあげられた家庭養護婦
    • Ⅱ−2−b1 三.家庭養護婦派遣事業(昭和37(1962)年2月25日・『社協ニュース』第16号)
    • Ⅱ−2−b2 家庭養護婦の立場 山本なつい(昭和38(1963)年2月10日・『社協ニュース』第21号)
    • Ⅱ−2−b3 家庭養護婦派遣(昭和38(1963)年2月10日・『社協ニュース』第21号)
    • Ⅱ−2−b4 家庭養護婦派遣(昭和39(1964)年2月27日・『社協ニュース』第25号)
    • Ⅱ−2−b5 老人家庭奉仕員派遣(無料)(昭和39(1963)年4月3日・『社協ニュース』第26号)
    • Ⅱ−2−b6 家庭養護婦、老人家庭奉仕員派遣(昭和40(1965)年2月18日・『社協ニュース』第30号)
    • Ⅱ−2−b7 家庭養護婦派遣(昭和40(1965)年7月15日・『社協ニュース』第32号)
    • Ⅱ−2−b8 老人家庭奉仕員とは(昭和40(1965)年7月15日・『社協ニュース』第32号)
    • Ⅱ−2−b9 老人家庭への奉仕活動 この制度と実績(昭和41(1966)年4月5日・『社協ニュース』第35号)
    • Ⅱ−2−b10 家事のお手伝に 家庭養護婦の派遣事業(昭和42(1967)年8月25日・『社協ニュース』第39号)
    • Ⅱ−2−b11 家庭養護婦派遣事業を再開したい(昭和42(1967)年8月25日・『社協ニュース』第39号)
    • Ⅱ−2−b12 奉仕員から(昭和44(1969)年8月22日・『社協ニュース』第44号)
    • Ⅱ−2−b13 家庭奉仕員(昭和44(1969)年10月15日・『社協ニュース』第45号)
    • Ⅱ−2−b14 ねたきり老人の身体をさすってやる老人家庭奉仕員(写真)(昭和46(1971)年10月11日・『社協ニュース』第50号)
    • Ⅱ−2−b15 家庭奉仕員派遣(昭和47(1972)年3月10日・『社協ニュース』第52号)
    • Ⅱ−2−b16 奉仕員から(昭和47(1972)年7月20日・『社協ニュース』第53号)
    • Ⅱ−2−b17 期待される奉仕員活動(昭和48(1973)年3月16日・『社協ニュース』第55号)
    • Ⅱ−2−b18 本年度表彰に輝く方々(昭和48(1973)年12月10日・『社協ニュース』策57号)
  • c 地元新聞に報じられた家庭養護婦
    • Ⅱ−2−c1 お先真暗の養護婦派遣(昭和31(1956)年7月6日・信濃毎日新聞〈北信版〉:4面)
    • Ⅱ−2−c2 “見舞金”を出す(昭和31(1956)年8月12日・信濃毎日新聞〈北信版〉:4面)
    • Ⅱ−2−c3 解決した養護婦災害補償(昭和31(1956)年10月2日・信濃毎日新聞〈北信版〉:8面)
    • Ⅱ−2−c4 家庭への派遣始まる 第一号の斎藤さん語る(昭和31(1956)年10月5日・信濃毎日新聞〈北信版〉:8面)
    • Ⅱ−2−c5 家庭養護婦派遣事業に暗影(昭和31(1956)年11月26日・信濃毎日新聞〈北信版〉:8面)
    • Ⅱ−2−c6 みんな養護婦さんのおかげ(昭和33(1959)年4月29日・信濃毎日新聞〈東北信版〉:12面)
    • Ⅱ−2−c7 家政婦派出看護婦やーい(昭和31(1956)年4月12日・信州民報:2面)
    • Ⅱ−2−c8 家庭養護婦の制度(昭和38(1963)年10月1日・信州民報:1面)
  • 3 原崎秀司
  • a 原崎秀司の略歴
    • Ⅱ−3−a1 茨城県職員録(昭和17(1942)年12月1日現在・茨城県知事官房人事課)
    • Ⅱ−3−a2 茨城県職員録(昭和17(1942)年12月1日現在・茨城県知事官房人事課)
    • Ⅱ−3−a3 昭和26年12月調 全国福祉事務所一覧(昭和26(1951)年・厚生省社会局庶務課)
    • Ⅱ−3−a4 長野県職員録(昭和29(1954)年10月1日現在)
    • Ⅱ−3−a5 長野県職員録(昭和30(1955)年11月1日現在)
    • Ⅱ−3−a6 日本の社会福祉事業を推進するこの百人(昭和40(1965)年11月1日・福祉新聞:4面)
    • Ⅱ−3−a7 歴代事務局長名簿(平成3(1991)年・日本赤十字社長野県支部『百年を迎えて:日本赤十字社長野県支部創立100周年記念誌』より)
  • b 原崎秀司の日記
    • Ⅱ−3−b1 『遠保栄我記(新生堂版)』(昭和13(1938)年11月〜昭和24(1949)年10月28日)
    • Ⅱ−3−b2 『日記』(昭和15(1940)年1月1日〜7月27日)
    • Ⅱ−3−b3 『欧米社会福祉視察研修日誌Daiary(歌稿 第一輯)』(昭和28(1953)年9月19日〜昭和29(1954)年5月1日)
    • Ⅱ−3−b4 『自由日記 横書』(昭和35(1960)年7月20日〜昭和41(1966)年6月13日)
  • c 原崎秀司の短歌
    • Ⅱ−3−c1 『歌集 土くれ 第一輯』より(昭和4(1929)年1月25日・山崎等編輯)
    • Ⅱ−3−c2 『長野県歌人集』より(昭和41(1966年)年10月25日・長野県歌人集刊行会編著)
    • Ⅱ−3−c3 『歌稿(No.1)外国旅行』(昭和29(1954)年)
  • d 長野県社会部関連資料
    • Ⅱ−3−d1 本県人口問題の概況と厚生事業の方向(一)(昭和18(1943)年10月15日・『長野県厚生時報』九月号)
    • Ⅱ−3−d2 『生活相談員取扱事例集(秘)』より(昭和27(1952)年8月・長野県厚生課)
    • Ⅱ−3−d3 『現任訓練資料 第一輯 ケース研究 事務研究』より(昭和28(1953)年3月23日・長野県社会部厚生課)
  • e 原崎秀司の論稿
    • Ⅱ−3−e1 新しい生活保護法(昭和25(1950)年・『信州自治』第3巻第6号)
    • Ⅱ−3−e2 福祉事務所の発足(昭和26(1951)年・『信州自治』第4巻第11号)
    • Ⅱ−3−e3 社会福祉事業はどう推進されているか(昭和28(1953)年・『信州自治』第6巻第9号)
    • Ⅱ−3−e4 社会福祉を語る(昭和28(1953)年・『信州自治』第6巻第9号)
    • Ⅱ−3−e5 欧米ところどころ(1)スイス(昭和30(1955)年・『信州自治』第8巻第2号)
    • Ⅱ−3−e6 欧米ところどころ(2)イギリス点描(昭和30(1955)年・『信州自治』第8巻第4号)
    • Ⅱ−3−e7 交通秩序所見(昭和31(1956)年・『旭の友』第10巻第6号)
    • Ⅱ−3−e8 ホーム・ヘルプ制が実施されたら(昭和31(1956)年3月28目・信濃毎日新聞〈北信版〉:2面)
    • Ⅱ−3−e9 きょうは国連の日(昭和32(1957)年10月25日・信陽新聞:4面)
    • Ⅱ−3−e10 随筆 農村保健
    • Ⅱ−3−e11 人口問題断想(昭和30(1955)年)
    • Ⅱ−3−e12 社会型の断想(昭和36(1961)年)
    • Ⅱ−3−e13 蘇峡 雑記(昭和2(1927)年・『木曽』)
  • f 自由大学、海外関連資料
    • Ⅱ−3−f1 三木清「経済学の哲学的基礎」(昭和48(1973)年・『自由大学運動資料 伊那自由大学関係書簡(横田家所蔵)』)
    • Ⅱ−3−f2 Ⅲ.HOME−HELP SERVICE(昭和31(1956)年6月・International Social Service Review No.1,Unaited Nations)
    • Ⅱ−3−f3 県を東洋のスイスに(昭和31(1956)年12月1日・長野県広報:3面)
    • Ⅱ−3−f4 東洋のスイスへ(昭和39(1964)年1月15日・長野県広報:2面)
  • 4 関澤欣三
  • a 関澤欣三による市議会発言
    • Ⅱ−4−a1 『全員協議会』より(昭和26(1951)年6月19日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a2 『市議会協議会会議録』より(昭和26(1951)年6月19日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a3 『定例市議会会議録』より(昭和26(1951)年12月20日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a4 『市議会会議録』より(昭和27(1952)年3月22日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a5 『市議会会議録』より(昭和27(1952)年3月29日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a6 『定例市議会会議録』より(昭和28(1953)年3月20日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a7 『急施臨時市議会会議録』より(昭和29(1954)年3月5日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a8 『急施臨時市議会会議録』より(昭和29(1954)年3月10日・上田市市議会)
    • Ⅱ−4−a9 『定例市議会会議録(最終日)』より(昭和30(1954)年3月28日・上田市市議会)
  • b 『うえだ社協ニュース』などにとりあげられた関澤欣三
    • Ⅱ−4−b1 発刊のことば(昭和32(1957)年11月10日・『社協ニュース』第1号)
    • Ⅱ−4−b2 会長関沢欣三氏再選さる(昭和33(1958)年7月5日・『社協ニュース』第6号)
    • Ⅱ−4−b3 広告 関沢欣三(昭和38(1963)年7月30日・『社協ニュース』第22号)
    • Ⅱ−4−b4 広告 関沢欣三(昭和38(1963)年10月22日・『社協ニュース』第23号)
    • Ⅱ−4−b5 四十年度社会福祉協議会理事氏名(昭和40(1965)年7月15日・『社協ニュース』第32号)
    • Ⅱ−4−b6 広告 関沢医院(昭和40(1965)年10月20日・『社協ニュース』第33号)
    • Ⅱ−4−b7 公告(昭和43(1968)年8月5日・『社協ニュース』第41号)
    • Ⅱ−4−b8 社会福祉法人 上田市社会福祉協議会(昭和43(1968)年10月15日・『社協ニュース』第42号)
    • Ⅱ−4−b9 市社会福祉大会における関沢大会長あいさつ(昭和44(1969)年10月15日・『社協ニュース』第45号)
    • Ⅱ−4−b10 公告(昭和45(1970)年1月30日・『社協ニュース』第46号)
    • Ⅱ−4−b11 関沢会長表彰さる(昭和45(1970)年11月1日・『社協ニュース』第47号)
    • Ⅱ−4−b12 本年度表彰に輝く方々(昭和46(1971)年10月11日・『社協ニュース』第50号)
    • Ⅱ−4−b13 公告(昭和47(1972)年3月10日・『社協ニュース』第52号)
    • Ⅱ−4−b14 社会福祉増進へ(昭和28(1953)年5月17日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−4−b15 今日結成大会挙行(昭和28(1953)年9月18日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−4−b16 初の理事会開く(昭和28(1953)年11月21日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−4−b17 新年雑感(昭和30(1955)年1月1日・信州民報:7面)
    • Ⅱ−4−b18 生活に直結した活動に(昭和31(1956)年1月11日・信州民報:1面)
    • Ⅱ−4−b19 童謡 “岩魚はどこに”(昭和29(1954)年・『医文芸』第1巻第4号)
    • Ⅱ−4−b20 上田市社協の児童相談室(昭和33(1958)年・『厚生』第13巻第5号)
    • Ⅱ−4−b21 茶の間 公民館職員の条件(昭和35(1960)年・『月刊公民館』第37号)
    • Ⅱ−4−b22 山茶花(昭和36(1961)年・『教育音楽』第16巻第2号)
  • c 関澤欣三への追悼言
    • Ⅱ−4−c1 関澤欣三先生追悼集(Ⅰ)(昭和55(1980)年・『上田市医師会報』Vol.10,No.12)
    • Ⅱ−4−c2 森健二先生を憶う(昭和49(1974)年・『上田市医師会報』Vol.4,No.2)
  • d 童謡人生
    • Ⅱ−4−d1 『童謡人生−関澤欣三遺稿童謡詩集−』(昭和62(1987)年・関澤欣三)
  • 5 横内浄音
  • 横内浄音に関する雑記
    • Ⅱ−5−1 上田明照会、宝池山九品院呈蓮寺(昭和15(1940)年・『上田市史 下』長野県上田市編)
    • Ⅱ−5−2 横内浄音(昭和34(1959)年・『栄誉に輝く人々』全国社会福祉協議会編)
    • Ⅱ−5−3 広告 明照会(昭和41(1966)年1月20日・『社協ニュース』第34号)
    • Ⅱ−5−4 『創立五十年史』より(昭和41(1966)年6月5日・社会福祉法人 上田明照会)
    • Ⅱ−5−5 広告 明照会(昭和44(1966)年2月5日・『社協ニュース』第43号)
    • Ⅱ−5−6 【カン】男先生のお徳を偲びて(昭和48(1973)年・『上田市医師会報』Vol.3,No.7)
    • Ⅱ−5−7 至心不断(昭和50(1975)年・『浄土』第41巻第4号)
  • 6 金子呑風
  • a 金子呑風の略歴
    • Ⅱ−6−a1 金子呑風(昭和49(1974)年・『長野県人名鑑』信濃毎日新聞社開発局出版部編)
    • Ⅱ−6−a2 呑風(昭和59(1984)年・『川柳総合事典』尾藤三柳編)
    • Ⅱ−6−a3 『上田市住宅地図 昭和37年度』(昭和37(1962)年)
    • Ⅱ−6−a4 金子呑風(平成15(2003)年・『上田市誌人物編 明日をひらいた上田の人々』上田市誌編さん委員会編)
  • b 金子呑風の論稿
    • Ⅱ−6−b1 警察官と川柳(昭和28(1953)年・『旭の友』第7巻第6号)
    • Ⅱ−6−b2 近頃諷刺よもやま話(昭和30(1955)年・『信州自治』第8巻第8号)
  • c 川柳六文銭上田吟社
    • Ⅱ−6−c1 川柳作品(昭和23(1948)年・『六文銭』第186号)
    • Ⅱ−6−c2 川柳作品(昭和36(1961)年・『川柳六文銭』第1巻第1号)
    • Ⅱ−6−c3 金子呑風先生句碑建立特集号(昭和39(1964)年3月8日・『川柳 六文銭』第4巻第3号)
    • Ⅱ−6−c4 金子呑風遺稿 川柳句集『籠妻居』より(昭和56(1981)年12月25日・金子呑風句集発行委員会)
    • Ⅱ−6−c5 自筆川柳
  • d 金子呑風の川柳
    • Ⅱ−6−d1 諸家近詠(昭和37(1962)年・『川柳やまびこ』第9巻第87号)
    • Ⅱ−6−d2 十月のメモから(昭和23(1948)年・『川柳しなの』第69号)
    • Ⅱ−6−d3 「しなの」句会に出席して(昭和22(1947)年・『川柳しなの』第65号)
    • Ⅱ−6−d4 籠妻居より(昭和21(1946)年・『川柳しなの』第54号)
    • Ⅱ−6−d5 祝“奈加川”(昭和41(1966)年5月・『句集 奈加川』)
  • e 『うえだ社協ニュース』にとりあげられた金子呑風
    • Ⅱ−6−e1 みなさんの相談相手 民生、児童委員が改選されました(昭和38(1963)年2月10日・『社協ニュース』第21号)
    • Ⅱ−6−e2 みなさんの相談相手 民生・児童委員が改選されました(昭和41(1966)年1月20日・『社協ニュース』第34号)
    • Ⅱ−6−e3 賛助会員、広告 むさしの本店(昭和43(1968)年8月5日・『社協ニュース』第41号)
    • Ⅱ−6−e4 表彰に輝く方々(昭和44(1969)年10月15日・『社協ニュース』第45号)
    • Ⅱ−6−e5 金婚も夢でなかった今日の幸(昭和46(1971)年7月10日・『社協ニュース』第49号)
    • Ⅱ−6−e6 表彰に輝く方々(昭和47(1972)年7月20日・『社協ニュース』第53号)
    • Ⅱ−6−e7 本年度表彰に輝く方々(昭和49(1974)年11月16日・『社協ニュース』第60号)
  • 7 竹内吉正
  • 竹内吉正の論稿
    • Ⅱ−7−1 老人のための地域福祉活動 上田市社協の経験(昭和35(1960)年・『社会事業』第43巻第9号)
    • Ⅱ−7−2 積極性プラス科学的合理性−わが市の社協活動に想う(昭和35(1960)年・『月刊福祉』第43巻第11号)
    • Ⅱ−7−3 地域と老人福祉活動さまざま(昭和36(1961)年・『月刊福祉』第44巻第9号)
    • Ⅱ−7−4 住民の主体性を求めて−部落めぐりのなかから(昭和42(1967)年・『月刊福祉』第50巻第3号)
    • Ⅱ−7−5 モニター活動の展開(昭和46(1971)年・『月刊福祉』第54巻第10号)
    • Ⅱ−7−6 老人を追う レポートを読んで(座談会)(昭和48(1973)年・『生活と福祉』)
    • Ⅱ−7−7 ホームヘルプ制度の沿革・現状とその展望(昭和49(1974)年・『老人福祉』第46号)
    • Ⅱ−7−8 ずいそう 「社協マン」のたわごと(昭和57(1982)年・『月刊福祉』第65号)
    • Ⅱ−7−9 模索と葛藤の中での“いぶき”(昭和58(1983)年・『月刊福祉』第66巻第1号)
    • Ⅱ−7−10 老人をめぐる地域活動
    • Ⅱ−7−11 『以和為貴−花里家の記録−』より(平成5(1993)年8月・花里吉見)
  • 8 Kさん(クリスチャン未亡人)
  • Kさんの手記
    • Ⅱ−8−1 『(活動記録)上田市の保健福祉活動』より(昭和34(1959)年ごろ・保健福祉地区組織育成中央協議会)
    • Ⅱ−8−2 何が大切(昭和60(1985)年・高齢者学園卒業文集より)
    • Ⅱ−8−3 私の人生(昭和61(1986)年・高齢者学園卒業文集より)
    • Ⅱ−8−4 最上のわざ
    • Ⅱ−8−5 最上のわざ