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目次

未刊松平定信史料 影印 第1巻

未刊松平定信史料 影印 第1巻

  • 高澤 憲治(監修)
  • 「定信公御勤書」一(天明五年−寛政四年)
    • 天明五年十二月一日 御礼席之儀 仰
    • 天明五年十二月十五日 月次始て登 城井為御礼謁
    • 天明五年十二月十七日 紅葉山 御成大手当番ニ付為伺 御機嫌登 城
    • 天明五年十二月二十八日 月次ニ付登 城歳暮御祝儀申上候
    • 天明六年正月一日 日蝕ニ付早登 城
    • 天明六年正月二日 登 城
    • 天明六年正月三日 御謡初ニ付登 城
    • 天明六年三月一日 〈公家衆御対顔カ〉ニ付登 城
    • 天明六年三月二日 御馳走御能ニ付登 城
    • 天明六年三月三日 上巳ニ付登 城
    • 天明六年三月四日 御返答ニ付登 城
    • 天明六年六月二十二日 在所江之御暇被下置
    • 寛政二年十二月二日 琉球人登 城溜間勤方
    • 寛政四年七月十九日 若君様御七夜御祝儀溜間勤方
  • 「定信公御勤書」二(寛政七年−寛政八年)
    • 寛政七年五月十五日 参勤 御礼
    • 寛政七年六月一日 月次登 城
    • 寛政七年六月十六日 嘉祥ニ付登 城
    • 寛政七年七月一日 月次ニ付登 城
    • 寛政七年七月七日 七夕ニ付登 城
    • 寛政七年七月八日 清水中納言殿卒去御中陰中登 城御座間御目見
    • 寛政七年八月一日 八朔ニ付登 城
    • 寛政七年十月九日 玄猪ニ付登 城
    • 寛政七年十一月三日 若君様御髪置ニ付惣出仕 御目見
    • 寛政七年十一月五日 御鷹之雁拝領ニ付為御礼登 城
    • 寛政七年十一月六日 御髪置御祝儀御能ニ付登 城
    • 寛政七年十一月七日 御能拝見之為御礼登 城廻勤
    • 寛政七年十二月十五日 御台様御着帯御祝ニ付両御丸へ登 城
    • 寛政七年十二月十一日 御男子様御誕生ニ付登 城
    • 寛政八年正月一日 年頭ニ付登 城
    • 寛政八年正月二日 登 城
    • 寛政八年正月三日 御謡初ニ付登 城
    • 寛政八年正月七日 両御丸登 城
    • 寛政八年正月十一日 御具足御祝儀ニ付登 城
    • 寛政八年二月一日 登 城
    • 寛政八年三月三日 上巳ニ付登 城
    • 寛政八年三月四日 御馳走御能ニ付登 城
    • 寛政八年三月五日 御返答ニ付登 城
    • 寛政八年三月二十一日 御安産ニ付触面ニヨリ西御丸江登 城
    • 寛政八年三月二十五日 御七夜御祝儀就触面西御丸登 城
    • 寛政八年三月二十七日 敬之助殿御養子被 仰出触面にて西御丸江登 城
    • 寛政八年五月十一日 御台様之御安産御祝儀御能ニ付登 城
    • 寛政八年五月十五日 在所江之 御暇被下置
  • 「定信公御勤書」三(寛政九年−寛政十一年)
    • 寛政九年五月九日 出勤御用番江勤
    • 寛政九年五月十五日 参勤御礼不快ニ付以使者献上物済
    • 寛政九年五月二十五日 間之登 城
    • 寛政九年六月一日 月並登 城
    • 寛政九年六月九日 間之登 城
    • 寛政九年六月十六日 嘉祥ニ付登 城
    • 寛政九年六月二十五日 土用入ニ付登 城
    • 寛政九年七月一日 月次ニ付登 城
    • 寛政九年八月十五日 登 城
    • 寛政九年十二月一日 月次ニ付登 城 浜御成、奉書ニ付登 城娘婚姻済御礼申上候、
    • 寛政十年正月三日 御謡初ニ付登 城
    • 寛政十年三月五日 御対顔
    • 寛政十年四月一日 月次ニ付登 城ニ付 御風気ニ付出御無之
    • 寛政十年五月十五日 在所江之御暇被下置
    • 寛政十一年四月二十八日 参勤之御礼ニ付登 城
    • 寛政十一年六月四日 間之登 城御黒書院御修復中雁間ニて謁
    • 寛政十一年七月二十七日 御黒書院御修復ニて御座間 御礼
    • 寛政十一年八月十五日 月次御白書院御修復ニ付同所御礼御黒書院ニ被成
  • 「定信公御勤書」四(享和二年−文化元年)
    • 享和二年三月四日 御返答ニ付登 城
    • 享和二年三月十五日 娘婚姻之御礼ニ付登 城
    • 享和二年五月十七日 紅葉山惣御霊屋江御参詣ニ付御先立
    • 文化元年五月一日 在所江之御暇被下置
  • 「定信公御勤書」五(文化二年−文化四年)
    • 文化二年七月一日 太郎丸初而御目見ニ付召連登 城
    • 文化二年七月二十八日 月次ニ付登 城
    • 文化二年八月一日 八朔ニ付登 城
    • 文化二年九月十五日 時之助殿逝去依触面登 城
    • 文化三年二月二十八日 公家衆御対顔ニ付登 城
    • 文化三年四月十七日 紅葉山 御参詣ニ付予参
    • 文化三年五月一日 在所江之 御暇被下置
    • 文化四年六月十六日 嘉祥ニ付登 城土用入ニ付居残謁老中
    • 文化四年六月二十日 御当日様御霊前御参詣ニ付御先立被 仰付
    • 文化四年九月十五日 月次ニ付登 城
    • 文化四年十月九日 常憲院様百回御忌被物着座被 仰付
    • 文化四年十月十一日 御法事済触面ニ付登 城
    • 文化四年十月十四日 御当日様御霊屋江御参詣ニ付御先立被 仰付
    • 文化四年十月二十五日 常憲院様百回御忌御法事済ニ付御能登 城
    • 文化四年十一月十五日 御鷹之雁拝領ニ付両御丸登 城
    • 文化四年十二月九日 寒入ニ付登 城御目見被 仰付御直言上ニ付謁無之
  • 「定信公御勤書」六(文化五年−文化七年)
    • 文化五年正月一日 年頭ニ付登 城
    • 文化五年正月二日 登 城
    • 文化五年正月三日 御謡初ニ付登 城
    • 文化五年正月二十四日 芝 御参詣ニ付御先立被 仰付
    • 文化五年五月六日 大納言様御前髪被為執候ニ付惣出仕登 城西丸登 城
    • 文化五年五月十三日 大納言様御前髪被為執候後御祝儀御能ニ付登 城
    • 文化五年五月十五日 在所江之御暇被下置
    • 文化六年十一月二十八日 登 城病後之御礼申上ル
    • 文化六年十二月五日 御婚礼済御能ニ付登 城
    • 文化七年正月一日 不参
    • 文化七年正月二日 年頭ニ付登 城御座間 御目見
    • 文化七年二月二十六日 海防御用ニ付登 城西丸江も登 城
    • 文化七年五月二十日 香琳院殿逝去ニ付西丸へ惣出仕登 城 御本丸登 城
    • 文化七年六月十二日 惇信院様五十回御忌 御参詣ニ付着座被 仰付
    • 文化七年九月八日 浚明院様廿五回御忌御法事御参詣着座被 仰付
  • 「古格勤例」
    • (古昔 殿中勤向等之格別)
    • (兎之御吸物御嘉例之事)
    • (御謡初の事)
    • (参勤交代之事)
    • (嘉祥之事)
    • (八朔之事)
    • (着服等の古格聞書)
    • (席之心得及ひ古格)
    • (凡ソ御普代大名の心得)
    • (享保六年九月被為召御普代大名 御直ニ 上意之趣)
    • (享保年中老中衆被申合御書付扣)