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江戸の紀行文 泰平の世の旅人たち(中公新書)

江戸の紀行文 泰平の世の旅人たち みんなのレビュー

新書

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みんなのレビュー12件

みんなの評価3.3

評価内訳

12 件中 1 件~ 12 件を表示

2011/01/30 01:28

投稿元:ブクログ

感傷や文学的価値ではない視点で(当時のお役立ち度?)江戸時代に書かれた紀行文を楽しもうという。はさみこまれたコラムがこれから江戸時代の書に触れたいという読者へのヒントになっている。

2015/06/11 17:58

投稿元:ブクログ

旅という名の読みもの(フィクション)と、実用性(ノンフィクション)を帯びた紀行文。
林羅山、古川古松軒、橘南谿、本居宣長など様々な個性を原文と訳と織り込んで、紀行文の楽しさを知ることができました。

2011/04/13 01:12

投稿元:ブクログ

読んだ勢いで、橘南谿「東西遊記」(東洋文庫)をamazonで注文してしまいました。
さて、読めるかな?

2011/04/10 10:34

投稿元:ブクログ

作者一押しの小津久足の作品に焦点を当てて、その良さをもっと紹介してほしかった。 江戸時代には、各地の人々の暮らし振りを活き活きと表した紀行は無かったのだろうか。名所旧跡の紹介などは面白くないものだ。

2013/08/31 13:49

投稿元:ブクログ

それまでとはまた変わった形を取るようになった、江戸時代の紀行文。「おくのほそ道」だけではない江戸時代の紀行文の魅力を解説した本。実際に江戸時代の紀行文を読んでみたくなる。

2011/03/22 12:19

投稿元:ブクログ

評点については自己の不明を詫びつつ。元が全然分らないから、これまた評価のしようがない。
奥の細道については紀行文の代表例でないという著者の見解は理解しつつも、あれは紀行文というジャンルではなく文芸全般の中で佇立する存在であり、紀行文という枠組みの中から眺めること自体が不自然な気がします。

2011/06/04 00:27

投稿元:ブクログ

貝原益軒と本居宣長の関係性が、おだやかに解きほぐされていて心地よいです。ただ、江戸の紀行文というジャンルに設定されると窮屈をおぼえますが…。

益軒の威力&宣長の魅力!
個人的にはこれに尽きます。。

2011/08/21 10:55

投稿元:ブクログ

 おくのほそ道は名作か。芭蕉の名作『おくのほそ道』は、紀行としては異色である。苦労の少なくなった時代にしなくてもいい苦労をする緊張感と悲壮感の漂うその旅は、中世の紀行作家たちのそれを再現するものであって、江戸時代の旅の現実を伝えるものではない。継承も追随もされなかったのはそれゆえである。芭蕉の威光の背後に埋もれた紀行に焦点を当てよう。

2011/06/14 17:58

投稿元:ブクログ

著者板坂耀子は’46年生れ、昨年3月、福岡教育大教授を定年退官した、と。
曰く、芭蕉の「おくのほそ道」は名作だが、江戸時代の紀行としては異色の作であり、作為に満ちて無理をしている不自然な作である。この異色の名作「おくのほそ道」でもって、江戸期に花開いた二千五百二余る数多の紀行が、正当な評価も得ることなく、文学史から顧みられることなく終始してきたことに対し、まず一石を投じ、俳諧の世界ではともかく、紀行作家たちの中では、芭蕉の影響は皆無に近く、彼やその作品と関係ない場所で、近世紀行を生み育てる営みは行われていた、と。
その背景には、「参勤交代というシステムが、各大名を軸として中央の文化と地方の文化を上手に混ぜ合わせ-略-、各藩毎の地方文化を、少なくともその上澄みの部分に於いては極めてハイ・レベルで均質なものとする事に成功した。」という中野三敏-西国大名の文事-の説を引き、旅が娯楽化し、都から鄙へという図式が崩れていったことがある、と。
芭蕉より少し時代を下った江戸中期の上田秋成が、紀行「去年の枝折-コゾノシヲリ-」の中で、旅先で会った僧の意見として、芭蕉に対し悪態をついているとして引用している。
「実や、かの翁といふ者、湖上の茅檐、深川の蕉窓、所さだめず住みなして、西行宗祇の昔をとなへ、檜の木笠竹の杖に世をうかれあるきし人也とや、いともこゝろ得ね。-略- 八洲の外行浪も風吹きたゝず、四つの民草おのれおのれが業をおさめて、何くか定めて住みつくべきを、僧俗いづれともなき人の、かく事触れて狂ひあるくなん、誠に尭年鼓腹のあまりといへ共、ゆめゆめ学ぶまじき人の有様也とぞおもふ。」
以下、二章から十章までほぼ時代を追って、異色の芭蕉ならず、主流となった江戸紀行の作者たちを紹介していく。
名所記としての、林羅山「丙辰紀行」-1616頃-
寺社縁起としての、石出吉深「所歴日記」-1664頃-
実用性と正確さに徹した、博物学者貝原益軒の紀行「木曽路紀」-1685-「南遊紀事」-1689-
益軒の曰く、「詩のをしへは温厚和平にして、心を内にふくみてあらはさず。是、風雅の道、詩の本意なるべし。-略-ことばたくみにしかざり、ことやうなる文句をつくりて、人にほめられんとするは、詩の本意にあらず。故に詩を作る人、学のひまをつひやし、心をくるしむるは、物をもてあそんで、志をうしなふ也。かくの如くにして詩を作るは、益なく害ありて無用のいたづら也。風雅の道をうしなへり。歌を作るも又同じ。」-文訓-
古学者本居宣長の「菅笠日記」-1795-
宣長は、見るもの聞くもののみならず、自らの心の内にわきおこる、さまざまな相反する感情まで何一つ切り捨てず、最大限にとりいれてこの紀行を書こうとした。彼の文体は、明晰で平明で、かつ雅文の格調や品位を失うことがない。益軒が生み出した力強さや多彩さをとりいれつつ、ひとりの個人の内面を描く古来からの日記文学とも合体し、新しい時代の紀行文学として成立させている、と。
奇談集としての、橘南谿「東西遊記」-1795頃-
古川古松軒の蝦夷紀行「東遊雑記」-1788頃-
女流紀行としての、土屋斐子「和泉日記」-1809頃-
江戸紀行の集約点としての、小津久足「青葉日記」

2014/01/21 02:15

投稿元:ブクログ

一見すると歴史的に見たとき、文学の中でも価値を見出し難い「紀行文」。
しかし、この本を読むと一概に「紀行文」とされるものの多様性、そこに表れる作者たちのそれぞれ多様な表現が読み取れる。旅を記すことの意味とは。

2012/01/12 14:34

投稿元:ブクログ

第1週 1/11(水)~1/18(火)
テーマ「日本・日本人・日本語」

↓貸出状況確認はこちら↓
http://yamato.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/ctlsrh.do?bibid=BB00171928&maxcnt=1000&listcnt=50

2016/05/05 13:42

投稿元:ブクログ

新書でアタリ率が低い。
妙に学術性にこだわり、楽しまそうという発想があまりない著者が多い気がする。
これもその一つ。
もちろん、このフィールドに詳しい人ならば楽しめるのだろうが。

素人たる自分が期待していたのは江戸の紀行文のいいとこ取り。例えば江戸時代の雰囲気が活写されているシーンや、そこから紐解ける当時の旅事情や生活、学術的といってもせいぜい同じ場所でも時代や人によりこんなに違いがあるとかの視点があればよい。

だが、ここでは江戸の紀行文という全体を概念化し、その発展を俯瞰するという、論文さながらの内容。
もちろん、各作品から引用はされ、節々には面白いものも多いのだが、あくまで主は江戸時代の紀行文のありよう分析だから、鼻白む。
唯一、概念的に面白かったのは、旅の捉え方の変化。
江戸以前が「恐ろしく、非日常で、わびしいもの」
江戸以降が「楽しく、面白く、役に立つもの」
日常の地続きとして、やがて自分も行く可能性のあるものとして変化していったということ。
だから歌に仮託することもなくなり、散文の時代になったのだろう。
また、はかなさなり無常観といった仏教的価値観も、近世になると軽減していったのだろうな。
いずれにせよ、当時を上手に想い出すには、原文にあたったほうがよっぽど良さそうだ。

それと、この作者、悪い人ではないのだが、面白くなさそう。随所に入れられるエピソードが、寒く、時代遅れな感性をかもしている。

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