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キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる(ちくま新書)

キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる みんなのレビュー

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みんなのレビュー464件

みんなの評価3.9

評価内訳

高い評価の役に立ったレビュー

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/03/09 16:34

これからの世の中で「個人」が主体的に生きるための説得力ある見取り図を提供してくれる本,

投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書は、インターネット世界がリアル世界と融合していく方向のなかで、「個人」が主体的に生きるための見取り図について納得させてくれる本である。

 「キュレーター」といえば、日本では一般に美術館や博物館の学芸員のことをさしている。専門知識のバックグラウンドもとに美術展などを企画し、作品を借りる交渉を他の美術館や個人収集家と行い、作品解説やキャプションを書き、カタログを執筆して編集し、イベントとしての美術展を成功させる専門職のことだ。その「キュレーター」がやることが「キュレーション」である。勘のいい読者なら、本書のタイトルをみて即座にそのような連想を抱くだろう。

 では、キュレーターが「つながり」や情報革命とどう関係しているのか?

 キュレーターの役割を抽象的にいえば、作品という個々のコンテンツに「場」というコンテクスト(=文脈)を与えることにある。同じ作品であっても、企画内容や展示の仕方によって、つまりその他の作品との関係において、それを見るものの印象は大きく異なってくる。新しい発見もあれば、自分のものの見方に安心感を得ることもある。
 つまりキュレーターの役割は、情報を整理して見せる、その見せ方そのものにあるといえる。いいかえれば、ある特定のものの見方(=視座)の提供である。コンテンツという一次情報は、それ自体の価値もさることながら、コンテクストとあいまってこそ、相互補完的に意味を形成するのである。キュレーターがコンテクストを設定した作品こそ、見るものにとって意味ある価値をもつ情報となっていると言っていいかもしれない。

 著者の佐々木俊尚氏は、膨大な情報が流通するインターネット世界でもまた、「情報の結節点」がほかでもない「生身の身体をもった人」であることを、「キュレーター」や「キュレーション」という概念を使って、さまざまな事例をもとに説得力ある説明を行っている。こういったキュレーターたちの存在がネット上には無数に存在していることに気がつかないと、これからの世の中を見誤ることになるだろう。なお、キュレーターというのをそのような意味で使うのは、米国のネット世界から始まったらしい。

 ある特定のカテゴリーに属する情報について、個々人がその真贋のすべてを判断することは容易なことではないが、信頼性の高いキュレーターが仕分けしてコンテクストという付加価値をつけて整理した情報は、二次情報であっても抵抗なく取ることができる。自分の専門分野や詳しい分野では自らがキュレーターとなる一方、自分がさほど詳しくない分野では自分以外のキュレーターたちの意見に耳を傾けることになる。人間はもともとそのように多面的な帰属意識をもつ存在であり、この傾向はとくにブログやツイッター、それにフェイスブックなど、双方向の情報の流れが可能なNSの急速な発達と普及によって顕在化してきた。情報の流れが根本的に変わりつつあるのだ。

 この流れのなかでは、かつてのように権威ある媒体で識者がマス(大衆)に向けて一方通行で上から目線で垂れ流す情報が意味をもたなくなってきたのは当然といえば当然なのだ。日本のマスコミの多くがこの変化に対応できないのもムリはない。
 著者は、新書本にしてはやや厚めの300ページを使っているが、これはまだ「マス幻想」をもっている人のために、かんでふくめるような説明が必要なためだ。日々、インターネット世界のなかに生きて活動していれば、著者のいうことは素直に理解できるだろう。もちろん、最初から最後まで読むと、イメージをさらにふくらませることができる。

 冒頭にも書いたように、ネット世界はますますリアル世界と融合していく方向にある。その意味では、本書はこれからの時代の個人の生き方について書いた本でもあるといってよい。ぜひ一読することを薦めたい。

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低い評価の役に立ったレビュー

15人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/05/12 21:31

佐々木君、君は間違っている!

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

この佐々木という人は、つくづくアホな人だと思う。50歳になろうとしているのに、いまだに本の読み方すら知らないとは!本を読むことは、買うことに始まるという箴言がある。読書家になりたかったら、まず本を買って買って買いまくることだ。もちろん「真剣に」何を買うかを考えねばならない。しかし、読書家なら経験したことがあるだろうが、「これは面白そうだ」と思って買った本も家にたどり着いた時にはすでに読む気が失せている。そういうものなのだ。しかし、しかしである。それから30年くらい経つうちに必ず「あの本を読みたい!」と思うときが来るものなのだ。そして案の定、書架に眠っているその本を発見すると一書置くあたわず一気呵成に読めてしまう。すいうバイオリズムサイクルが読書にはある。佐々木はグーグルだの、アマゾンだのの「お勧め」を真に受けて買ってみて「面白い本が無い」と喚く。バカじゃないか。そんなことやっていても面白い本などとは永遠に出会えない。面白い本と出合いたかったら、まず多くの本を読み、多くの著者の言い分を理解すること。これに尽きる。そうする中で気に入った研究者の本を集中して読み、その巻末に付されている参考文献を片端から読む。そうすることで知識の体系が頭の中で出来上がってくるものであって、それ以外に良書とめぐり合える方法なんて無い。自分のオツムの中に真贋を見極める基礎知識がないままに「信頼できるキュレーター」などに出会えるはずがない。「この人は信頼できる」と思った奴が、実にいい加減な大うそつきであることよくあるし、「みんなが良い」と言っているキュレーターが、ただの詐欺師、犯罪者だったことはよくある話だ。キュレーターを見つけるのは、あなたしか出来ない話で、実に孤独な作業なのだ。この孤独に耐えきれず、安直に真理にめぐり合おうと思っているうちは、佐々木くん、君は永遠良書にめぐり合えないだろう。もう、君には、学習することは無理かもしれない。残された人生の時間を有意義に過ごしてくれたまえ。残念ながら、私と君とは縁がなかったようだ。

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464 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

これからの世の中で「個人」が主体的に生きるための説得力ある見取り図を提供してくれる本,

2011/03/09 16:34

8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書は、インターネット世界がリアル世界と融合していく方向のなかで、「個人」が主体的に生きるための見取り図について納得させてくれる本である。

 「キュレーター」といえば、日本では一般に美術館や博物館の学芸員のことをさしている。専門知識のバックグラウンドもとに美術展などを企画し、作品を借りる交渉を他の美術館や個人収集家と行い、作品解説やキャプションを書き、カタログを執筆して編集し、イベントとしての美術展を成功させる専門職のことだ。その「キュレーター」がやることが「キュレーション」である。勘のいい読者なら、本書のタイトルをみて即座にそのような連想を抱くだろう。

 では、キュレーターが「つながり」や情報革命とどう関係しているのか?

 キュレーターの役割を抽象的にいえば、作品という個々のコンテンツに「場」というコンテクスト(=文脈)を与えることにある。同じ作品であっても、企画内容や展示の仕方によって、つまりその他の作品との関係において、それを見るものの印象は大きく異なってくる。新しい発見もあれば、自分のものの見方に安心感を得ることもある。
 つまりキュレーターの役割は、情報を整理して見せる、その見せ方そのものにあるといえる。いいかえれば、ある特定のものの見方(=視座)の提供である。コンテンツという一次情報は、それ自体の価値もさることながら、コンテクストとあいまってこそ、相互補完的に意味を形成するのである。キュレーターがコンテクストを設定した作品こそ、見るものにとって意味ある価値をもつ情報となっていると言っていいかもしれない。

 著者の佐々木俊尚氏は、膨大な情報が流通するインターネット世界でもまた、「情報の結節点」がほかでもない「生身の身体をもった人」であることを、「キュレーター」や「キュレーション」という概念を使って、さまざまな事例をもとに説得力ある説明を行っている。こういったキュレーターたちの存在がネット上には無数に存在していることに気がつかないと、これからの世の中を見誤ることになるだろう。なお、キュレーターというのをそのような意味で使うのは、米国のネット世界から始まったらしい。

 ある特定のカテゴリーに属する情報について、個々人がその真贋のすべてを判断することは容易なことではないが、信頼性の高いキュレーターが仕分けしてコンテクストという付加価値をつけて整理した情報は、二次情報であっても抵抗なく取ることができる。自分の専門分野や詳しい分野では自らがキュレーターとなる一方、自分がさほど詳しくない分野では自分以外のキュレーターたちの意見に耳を傾けることになる。人間はもともとそのように多面的な帰属意識をもつ存在であり、この傾向はとくにブログやツイッター、それにフェイスブックなど、双方向の情報の流れが可能なNSの急速な発達と普及によって顕在化してきた。情報の流れが根本的に変わりつつあるのだ。

 この流れのなかでは、かつてのように権威ある媒体で識者がマス(大衆)に向けて一方通行で上から目線で垂れ流す情報が意味をもたなくなってきたのは当然といえば当然なのだ。日本のマスコミの多くがこの変化に対応できないのもムリはない。
 著者は、新書本にしてはやや厚めの300ページを使っているが、これはまだ「マス幻想」をもっている人のために、かんでふくめるような説明が必要なためだ。日々、インターネット世界のなかに生きて活動していれば、著者のいうことは素直に理解できるだろう。もちろん、最初から最後まで読むと、イメージをさらにふくらませることができる。

 冒頭にも書いたように、ネット世界はますますリアル世界と融合していく方向にある。その意味では、本書はこれからの時代の個人の生き方について書いた本でもあるといってよい。ぜひ一読することを薦めたい。

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紙の本

池上彰のつくり方

2011/03/30 01:52

6人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:さいとうゆう - この投稿者のレビュー一覧を見る

メディア・リテラシーを身につけるというのは「情報の目利き」になることである(日垣隆)。あふれる情報の中から有用なものだけをピックアップし、それを必要としている人に対して提示するが「目利き」の役割だ。

私たちは目利きの「目」を信用し、その人のアンテナを信頼している。

キュレーターは、博物館や美術館の学芸員であることにとどまらない。「世界中にあるさまざまな芸術作品の情報を収集し、それらを借りてくるなどして集め、それらに一貫した何らかの意味を与えて、企画展として成り立たせる仕事」をするには、「情報を司る」ことができなければならない(p210~211)。

かつては、世界中にある情報を収集するのも、それらに意味を与えるのも、マスを対象としたメディアの仕事だった。しかし、もはやそこで生み出される「企画展」に、私たちの心は躍らない。

「ある情報を求める人が、いったいどの場所に存在しているのか。
そこにどうやって情報を送り込むのか。
そして、その情報にどうやって感銘を受けてもらうのか。」(p41)

上記の問いに答えるためには、(1)情報の需要のありかを極小の単位でつきとめ、(2)ピンポイントで情報を送り込むための方法を考え、(3)情報の意味と価値を確実に伝えることのできるよう、表現に工夫をこらすことが必要だ。

「情報」は「物語」になることで人を動かす。その「物語」のリアリティは、メディアとしての目利きの誠実さと熱意に支えられている。

「社会との関係は接続と承認が中心になり、その接続・承認を補強するための手段として、いまやモノは買われている。それは、消費の向こうがわに人の存在を見るということ。他者の存在を確認するということ。」(p126)

キーワードはむしろ情報ではなく「人」である。

「事実の真贋をみきわめること」は難しいけれども、「人の信頼度をみきわめること」の方ははるかに容易である。(p207)

時代は、多くの、そして小さな「池上彰」を必要としている。

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紙の本

ソーシャルメディアを活用する人の価値観と行動原理

2011/04/11 08:49

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:かつき - この投稿者のレビュー一覧を見る

Web上で起きている新しい現象のルポでおなじみの著者による
マスコミの終焉とパーソナルキュレーションの時代の到来を
解説しています。

キュレーションというと、美術館の「キュレーター」の役割を
思いますが、その通りで、本書では「キュレーション」を

無数の情報の海の中から、自分の価値観や世界観に基づいて
情報を拾い上げ、そこに新たな意味を与え、そして多くの人と
共有すること。

ととらえています。

ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアは
よく「繋がり」を求めている人が集うと言われます。
その繋がり合う人々の価値観や行動原理がわかりやすい。

この頃の20代、30代の人の行動を見ていると
とても地に足のついた人が多いと思うのです。

等身大の、自分のやりたい店や事を仕事とし
プライベートも自分らしく時間を上手に使っています。

例えば、天然酵母のパン屋さんなど、
週に3日とか4日しか開けずに
売上高よりも自分のやりたいことで
自分が食べていければいいというスタイル。

上昇志向がない分、小さくまとまるばかりと
批判する人もいますが
私はとても堅実な気がします。
等身大の生き方をしているな、と思っていました。
でも、やっぱり旧世代は不可解なこともあります。

そんな彼らが求めているのは、自分と価値観を共有する
お客様との出会いや繋がりなのだと
ようやく理解することができました。

私も同じパンを買うのなら、天然酵母で丁寧に、
そして安全で、おいしいパンを買いたい。
お店の人がいい人であれば通います。
そして、お店やその主人との繋がりを求めてもいます。
自分のことを「顧客」として認識してほしい。

そんな繋がりが新しいソーシャルメディアを通して
さまざまな現象を引き起こしていることを解説しています。

本書ではさまざまな例が出ているのですが
個人として、ソーシャルメディアを使いながら
どうやって他者と繋がっていくのか。

そして企業としてソーシャルメディアを使う際に
今までの価値観――大衆全部を取り込む――という手法は
通用しなくなっているということを前提に
使いこなさなければならない、という警告です。

著者の佐々木さんと私は、消費をする際の価値観が似ている――
誰かが持っているから自分も持つ、
今流行っているから自分も参加する、という行動は
決して取らないタイプだと思うので
そういう点ではとても共感できるのですが
世の中はまだ「記号消費」「みんなが持っているから」という
消費欲のほうが大きい。

しかし、そうではない価値観を共有する人と結びつくのが
とても困難だった、Webのない時代ではなく
時間や空間を飛び越えて繋がれる時代に
この価値観の共有は大きいと思いました。

価値観マイノリティ(笑)には勇気の出る本です。

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紙の本

「つながり」の前にやるべきことがありそうな……

2011/09/29 00:00

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:消印所沢 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「メディアにしろ市場にしろ,巨大マーケティングの時代は終わりだ」と,高らかに宣言しているのが本書.
「これからは無数の視座の時代だ.
 良質のそれを提供する『キュレーター』に,人々の注目は集まる」
と予測.

 狩猟者的な消費者探し(p.55)
「大きなビジネスは,もう存在しない」(p.57-58)
 マスの幻想(p.79)
 衰退したのは,楽曲とリスナーとを結ぶ回路であり,音楽そのものの衰退ではない(p.82)
 アンビエント化(p.84)
 自身の広告宣伝戦略の不在を棚に上げ,ネットに責任を押し付けるコンテンツ業界(p.87-90)
「結局は人なんだよ」(p.89-90)
 これまでの消費は,「消費の情報をマスメディアで入手し,具象的な表層性によって自分をパッケージングし,そのパッケージの基盤を,マスメディアによって国民の多くが共有していた時代(p.112-113)
 応援消費(p.125-126)
「購買,所有,消費,廃棄のサイクルにとらわれている限り,内面的な充実は得られない事に,気づきだしている」説(p.131-133)
 商品の消費から,「行為」や「場」の消費へのシフト(p.133)
 一座建立(p.158-160)
 エンゲージメントの場を作れ(p.165)
 セマンティック・ボーダーとは?(p.246)
 セマンティック・ボーダーが正常に働くための要件:「絶えざる組換え」「内側の論理ではなく外部の論理で」(p.248-250)
 人間関係の多層化(p.255-256)
 オープン翻訳プロジェクト(p.268)
 プラットフォーム(p.304-308)

 ただ問題は,それぞれの論を構成する論拠が,長文の割には,1~2例の例示のみと,論証としては非常に不充分であること.
 もしかしたらそれらは「稀な例」なのかもしれず,最低でもそれぞれ数例は欲しいところ.
 加えて,必ずしも論旨に沿った例示かどうかも,疑問に感じる箇所もあり.

 もう一つ,本書の主旨からは枝葉の部分だが,気になる点が一点.
 「情報の真贋を見極めるのは不可能」(p.204-206)と述べられているが,真贋そのものは不可能としても,それに近いところまで見極めをつけることは不可能にあらず.
 要はある任意の情報について可能な限り,(根拠のあるものに限って)肯定的見解と否定的見解とを集め,それらを相互に対照させる作業を行えばよい.
 その過程で互いの立場の情報が,反する側のガセ情報を潰し合い――個人的にはこれを「対消滅(ついしょうめつ)」と呼んでいる――,残ったものが真実性の高い情報となる.
 そもそも,マスメディアの正確率を「99%ぐらいの世界」(p.205)としている点からして,すでに違和感あり.
 任意の分野の専門性が高ければ高くなるほど,マスメディアの正確性は反比例して低くなり,例えば科学情報では惨憺たる有り様だと指摘されてきたのは,ネット普及の遥か以前からの話であるはず.
 上記の2点,および著者が元記者である点から合わせて考えるに,新聞などでは情報の「対消滅(ついしょうめつ)」作業が行われたことなど殆どないのではないか?と,その信頼性がますます疑わしくなる.
(それとも,そんな作業をしていたら,新聞の紙面を埋める時間が足りないとか?
 だとしたら,情報伝達ツールとしては本末転倒だが)
 キュレーターにしても,「人の信頼性」(p.207-210)だとは言うが,上述のような情報の信頼性チェックなくして,そのような信頼性を保持することなどできないのではないか?

 そんなわけで,著書の論旨とは別に,キュレーションの肝心な要素の一つであるはずの情報に対する,認識の甘さが露呈しており,
「戦前から日本人は諜報能力が弱く,それがひいては太平洋戦争ボロ負けの背景にもなっているわけだが,戦後も何も進歩がない……」
と,個人的には暗澹たる気分にならざるを得ず.
 そのような当方個人の拘りのせいもあるだろうが,辛うじて「読めば?」レベル.
【関心率10.51%:全ページ中,手元に残したいページがどれだけあるかの割合.当方の価値観基準】

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紙の本

音楽,アウトサイダー・アートなどの,さまざまなキュレーターをとりあげている

2011/11/23 20:35

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Kana - この投稿者のレビュー一覧を見る

マスコミに支配されていた時代はおわって,著者がビオトープとよぶ,多数のちいさな情報圏がうまれている. ひとびとはそこにチェックインし,キュレーターという,〈視座〉 を提供するひとをたよりに世界をみる. そこまでは,キュレーターというようなことばはべつとして,インターネットをつかってくらしているひとなら,みな感じているところだろう. この本ではあつかわれていないが,このような議論がでてくるまえから,インスタント・メッセージング (IM) というシステムがあり,そこにログインするとみんなにそれがつたわる (チェックインする) ようになっていた.

しかし,この本はそういう抽象的な話にとどまらず,どういうビオトープがあってどういうキュレーターがいるかを具体例でしめしている. 音楽の世界,ソーシャル・メディアとくにフォースクエア,アウトサイダー・アートなど,さまざまな例をとりあげながら,どういうキュレーターがなにをしてきたかをのべている. あまりまとまりのよい議論ではないが,1990 年代ごろからゆっくりとすすみつつある変化をとらえているといえるだろう.

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紙の本

佐々木君、君は間違っている!

2011/05/12 21:31

15人中、12人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

この佐々木という人は、つくづくアホな人だと思う。50歳になろうとしているのに、いまだに本の読み方すら知らないとは!本を読むことは、買うことに始まるという箴言がある。読書家になりたかったら、まず本を買って買って買いまくることだ。もちろん「真剣に」何を買うかを考えねばならない。しかし、読書家なら経験したことがあるだろうが、「これは面白そうだ」と思って買った本も家にたどり着いた時にはすでに読む気が失せている。そういうものなのだ。しかし、しかしである。それから30年くらい経つうちに必ず「あの本を読みたい!」と思うときが来るものなのだ。そして案の定、書架に眠っているその本を発見すると一書置くあたわず一気呵成に読めてしまう。すいうバイオリズムサイクルが読書にはある。佐々木はグーグルだの、アマゾンだのの「お勧め」を真に受けて買ってみて「面白い本が無い」と喚く。バカじゃないか。そんなことやっていても面白い本などとは永遠に出会えない。面白い本と出合いたかったら、まず多くの本を読み、多くの著者の言い分を理解すること。これに尽きる。そうする中で気に入った研究者の本を集中して読み、その巻末に付されている参考文献を片端から読む。そうすることで知識の体系が頭の中で出来上がってくるものであって、それ以外に良書とめぐり合える方法なんて無い。自分のオツムの中に真贋を見極める基礎知識がないままに「信頼できるキュレーター」などに出会えるはずがない。「この人は信頼できる」と思った奴が、実にいい加減な大うそつきであることよくあるし、「みんなが良い」と言っているキュレーターが、ただの詐欺師、犯罪者だったことはよくある話だ。キュレーターを見つけるのは、あなたしか出来ない話で、実に孤独な作業なのだ。この孤独に耐えきれず、安直に真理にめぐり合おうと思っているうちは、佐々木くん、君は永遠良書にめぐり合えないだろう。もう、君には、学習することは無理かもしれない。残された人生の時間を有意義に過ごしてくれたまえ。残念ながら、私と君とは縁がなかったようだ。

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2012/01/26 12:52

投稿元:ブクログ

僕が若い頃アメリカかぶれだったのは、実はマスコミのせいだった。ということを改めて感じさせられた。
テレビばかり見てるとバカになると言われている意味がわかる。ちょっと読みづらい文脈だが、扱っている内容はとても興味深いし、ためになった。


2012.1.12-19
図書館

2011/08/22 23:56

投稿元:ブクログ

視座にチェックインする。いまの時代に必要とされているのはコンテンツに新たな解釈を与えるキュレーターである。

2011/08/15 11:00

投稿元:ブクログ

キュレーションは、ポスト検索至上主義として注目された概念です。
佐々木氏は、キュレーションを紹介するにあたって、情報生態系における位置づけを提案していいます。

以下が、佐々木の提案する生態系です。

将来の生態系
 ・世界の情報を流通させる巨大なソーシャルメディアプラットフォーム
 ・その上に形成される無数のビオトープ
 ・それらのビオトープに接続し、視座を提供する無数のキュレーターたち
 ・それらキュレーターにチェックインし、情報を受け取るフォロワーたち
 
 グローバルなプラットフォーム上で、コンテンツやキュレーター、それに影響を受けるフォロワーなどが無数の小規模モジュールとなって存在する。その関係は常に組み替えられ、新鮮な情報が外部からもたらされていく。

ブロガーは、キュレーターではなく情報発信者ですが、キュレーターと同じ立ち位置にいたように記憶しています。この時は情報発信者としての記者、メディアへの依存、信頼が低下するという予測でした。事実、ネット上の生息者(ビオトープ?)はマスコミ報道を盲信する人は少なくなりました。
つまり、未来の生態系に関して言えば、当時議論されたWeb上のネットワーク構造を新たな言葉(キュレーター、ビオトープ)で言い直しているに過ぎないような気がします。ビオトープは、関心空間といってもいいかもしれません。

さらに、佐々木氏は、この生態系をコントロールする方法として、
・マスメディアを経由して情報をコントロールする旧来の「広告」は死滅する
ことを主張し、新たな方法を提案しています。

 - どのようにして的確なビオトープに情報を投げ込むのか
 - どのようにして情報を発信するのか

なんとなく、情報消費者であるフォロワーの観点より、情報提供者の観点から記述しているような気がします。これは、佐々木氏自身が情報提供者(フリーランスの記者)であることが起因しているのかもしれません。

未来の情報ビジョンを否定するものでありませんが、ちょっと、仮説の証明に使う例としては少し極端なのではないかという印象がありました。
後書きを、「はじめに」に書いていた方がわかりやすかったかもしれません。

プラットフォームの定義、モンゴル帝国を引き合いに出したのは、ちょっと強引だったのではないでしょうか?
-------------------------------
キュレーションの時代

以下、本書のメモ

これからの時代は、「作る人」「見出す人」がお互いに認め合いながら、一つの場を作るように共同作業する。
この関係によって社会が変わる。
プロじゃない人が作り手になる時代になっている。

「ヨアキム」の例
 70歳から絵画を始めた。
 ジョン・ポップグッド

ジスモンチ
 クラシックギター

ビオトープ

オープンとクローズが両立する新たな情報ワールド
 音楽が国ごと人種ごとに消費される時代が終わっている。

情報の流れの究��課題
・ある情報を求めている人がどこにいるのか? ビオトープ「生息空間」
・そこにどうやって情報を放り込むのか?
・そして、その情報にどうやって感銘を受けてもらうのか?

人を視座とした情報の流れ
情報の信頼性
「キュレーション」
 視座を提供する人
 本来の意味は「学芸員」

セマンティックボーダー
 「生命をとらえ直す 生きている状態とは何か」清水博
情報のフィルタリングシステム

セマンティックボーダーが正常に動作する要件
・セマンティックボーダーは常に組み替えられること。硬直しないこと。
・セマンティックボーダーは内側の誰かによってるくられるのではなく、外部の誰かによって作られるべきだということ。

プラットフォームの定義
 ・圧倒的な市場支配力を持っていること
 ・非常に使いやすいインタフェースを持っていること
 ・プラットフォーム上でプレーヤーたちを自由に活動させる許容力があること

モンゴル帝国がプラットフォームである理由
 ・圧倒的な軍事力でユーラシア大陸のほとんどを支配した
 ・大型間接税と代替え通貨による利便性の高い通商システムを作った
 ・文化や宗教、言語への不干渉主義を貫き、各民族が独自の文化を発展させることを認めた

オルトク
 商業
  イスラム商人
  ウイグル商人
 経理
  漢民族
アレキサンダー大王はギリシャ文化を広めた
ローマ帝国はローマ文化(ローマの神殿や劇場、ワインを飲む文化)を広めようとした
西ヨーロッパ(大航海時代)はキリスト教を押しつけた

将来の生態系
 世界の情報を流通させる巨大なソーシャルメディアプラットフォーム
 その上に形成される無数のビオトープ
 それらのビオトープに接続し、視座を提供する無数のキュレーターたち
 それらキュレーターにチェックインし、情報を受け取るフォロワーたち
 
 グローバルなプラットフォーム上で、コンテンツやキュレーター、それに影響を受けるフォロワーなどが無数の小規模モジュールとなって存在する。その関係は常に組み替えられ、新鮮な情報が外部からもたらされていく。

・マスメディアを経由して情報をコントロールする旧来の「広告」は死滅する
・マスメディアの記者に情報を提供する「広報」も、ビオトープが無数に立ち上がってくる中で意味をなさなくなってくる。
・広告も広報も販売促進もやがて一体化する
 的確にコンサルティングできる広告企業のみが生き残る
 - どのようにして的確なビオトープに情報を投げ込むのか
 - どのようにして情報を発信するのか

2016/10/29 11:46

投稿元:ブクログ

第3-5章だけで十分だと思った

フォースクエアの特徴
1.巨大プラットフォームに準拠 2.場所と情報の交差点をうまく設計3.チェックインの概念を持ち込んだこと
ツイッター、SNS:多対多、リアルタイム
欧米はホストとゲストの関係は固定であるが、日本は対等な関係となっている
インターネットの世界では価値観や興味を共有している人達の間で互いが共鳴によって繋がりエンゲージメントが生み出される
ツイッターは自分の言葉で語っているかが大事
チェックインの一般化:場所、番組、料理、ブログのエントリー、記事など情報を集めるためのブイを情報の海に浮かべるようなもの
杭に人が介在することで世界観や価値観が加わり視座に進化する
人の信頼度を測るには過去にその人が書いてきた記事を読んで判断すれば良い
自分のボーダーを絶えず不確定化して自己の内部に不完結な状態を生成し続けることが必要
ソーシャルメディアが普及し無数のキュレーターが視座を無限に拡張するとボーダーが不安定化しセレンディピティが生まれる
ゆらぎこそ社会を健全に発展させていくための原動力。ゆらぎを常に生み出すダイナミックな多心円的なオープンな社会へ踏み込みつつある

2014/11/14 00:11

投稿元:ブクログ

機能消費から記号消費、そしていまは共感、共鳴の応援消費の時代へ。

これからおそらく、キュレーター的な仕事を多くしていくと思い読んでみたけれど、とても面白かった。情報で溢れかえるこの社会は、しばしば揶揄されるけれど、そのなかから取捨択一してゆく行為は、なかなか面白そうだ。キュレーションの力が、その人のセンスとか、インテリジェンスとか、信頼性に繋がってゆくのだから。

途方もない行為ではあるけれど、意志をもって、これからもキュレーションをしてゆこうじゃないか。

2011/02/15 10:41

投稿元:ブクログ

「キュレーション」というよりは最近のソーシャル化・ローカル化されていく世界についてIT以外の事例も含めて紹介している感じ。世の中の流れをざっくりと把握するのに大変役立ちました。

2011/04/17 17:34

投稿元:ブクログ

最近のインターネットやソーシャルコミュニケーションについて詳しく書かれています。
すごいなと思ったのは、圧倒的な量の事例(しかも読んでいて面白い)と、流れるような文章の美しさ。

しかし、普段使わないような専門用語というか佐々木用語ががやたらと多いので、まるで受験の現代文の試験問題を解いているような錯覚を覚えてしまいます。あと、意外と単純なことをすごく丁寧に膨らませて説明しているので、ちょっとページ数が多いかなぁ。

2011/03/09 00:06

投稿元:ブクログ

コンテンツの時代は終わって、これからはキュレーション(色々集めるみたいな)の時代になるよってな話。
正しい情報の取捨選択は難しい。でも、それに比べれば信用できる人を見極めるのは簡単だよね、みたいな。
色んな例が書かれていて確かに。と。
まぁマスメディアはダメよって話っぽいけど、まだ生きてるのは注意せなあかんですね。あとは、本とwebの情報だけで1冊の本を書けるもんだなーと。多分誰かに取材する、とかしてないから。

2011/04/13 18:35

投稿元:ブクログ

インターネットが本格的な普及期に入り、情報の流通と人々の繋がりがどう変わっているかを、分かりやすい具体例とユニークな表現で説明してくれている。
どれも自分や周囲の人々の変化に照らし合わせると腑に落ちるところが多く、今どういった現状にあるのか、理解が進んだ。
また、情報過多の時代に、これから情報の海を上手く泳ぐにはどうすればよいか、その基本が書かれていたように思う。

自分のように、ここ数年で情報とそれを取り巻く状況がすごく変わっているが、いまいち整理できていなくて、今後に不安を感じているような人にはおすすめの一冊かもしれない。

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