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みんなのレビュー45件

みんなの評価4.2

評価内訳

45 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

冬が来る前に

2011/11/11 08:35

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 3月11日の東日本大震災から、春、夏、秋と過ぎ、また冬が来ようとしています。
 あの日、春にはまだ少し早すぎる東北の地を襲った地震と大津波はたくさんの犠牲者とその悲しみにくれる人たちをうみました。春には訪れるはずであった楽しい日々も一瞬に消え去りました。その悲しみ、悔しさを一人の中 学生が卒業式の答辞に託した話は、ニュースにもなって知っている人も多いはずです。
 「天を恨まず」。気仙沼の階上中学の卒業式で檀上にあがったK君の言葉です。
 K君は大震災の被災を「自然の猛威の前には、人間の力はあまりに無力で、私たちから大切なものを、容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには、むごすぎるものでした」と慟哭します。それでもK君はこう続けました。「しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です」と。

 作家池澤夏樹の、「震災をめぐって考えたこと」と副題のついた記録文学である本書の書名『春を恨んだりしない』を目にして、K君の「天を恨まず」を思い出しました。
 あれほどに大きな災害でしたから、誰もが嘆きのもっていき場所をさがそうとしたはずです。それが神であれ、天であれ、この国土であれ、あの時の時間であれ、責めたいという思いはあります。
 池澤はこう書いています。「春を恨んでもいいのだろう。自然を人間の方に力いっぱい引き寄せて、自然の中に人格か神格を認めて、話し掛けることができる相手として遇する」。そして、それが人間の悲しみと向き合う方法であり、そのことで無情な自然と対峙できるのだと。
 それでも、来年の春にはもう春は恨まないはずだと、池澤は続けました。忘れるということではない。人は行きつ戻りつゆっくりと喪失を受け入れるものだから。生きていくということは、喪失さえも受け入れることだから、と。
 本書に収められた震災をめぐる池澤の文章はとても良質なものです。「天を恨まず」「春を恨んだりしない」姿勢は、そういう良質なものから生まれてくるような気がしてなりません。

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紙の本

いつか、原発が昔話になるといい。

2012/01/27 21:35

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:アヴォカド - この投稿者のレビュー一覧を見る

「昔、原発というものがあった」と言えるようになりたい。本当に。
いつかなれるんだろうか?ならなければいけないんじゃなかろうか?
この文章を読んでいると、そうそう荒唐無稽とは思えないのだけれど。

「自然にはいかなる意思もない」、自然は意図して人間に天災を与えているわけではない。しかし人間は逃れることが出来ない。

東日本の大震災のあと、多くの作家はたぶん、言葉がなんの役に立つのか、作家に何が出来るのか、と自問自答したことだろう。無力だと思ったことだろう。
誰にとっても、自分の無力さが身にしみた。

そして、徐々に作家は言葉を持って立ち向かう。言葉に出来ないような悲惨を悔恨を、それでも言葉にして、忘れないように自身の心と人の心に刻む。
前を向く。
「なんで俺がこんな目にと愚痴を言わない気仙沼人」のような「強靭な心」で。

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紙の本

震災で考えた控えめな文明論

2012/04/03 13:08

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:pappy - この投稿者のレビュー一覧を見る

筆者が震災で見聞きして考えたことを綴ったエッセイである。
未曾有の災害の中で感じたことが素直に記されているが、表題を含め多数の文学的引用が散りばめられており、謙虚な文明論に昇華されている。
その中で、自然にはいかなる意思もない、支援とは手を添えること、などあらためて気づかされるフレーズに感心する。災害が多い国土で培われた無常観は戦争に明け暮れる国のものとは本質的に異なるとするのも新しい発見である。
原発についての記述も簡明で受け入れ易い。原発の根源的な問題が材料工学にあるとするのはよく理解できる。文明とは集中であるとしているが、火薬の七桁も高いエネルギーを持つ原子力は集中の極みであり、人はそれを御し得なかったのだ。それ故に人類が分散型の文明の構築を考える必要を訴えかけているのは当然と思える。

私も自分は何をすべきかを今さらながら祈ってみたくなった。

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2011/10/29 21:09

投稿元:ブクログ

 出版元から、ご恵贈頂いていた。
 今さらながら読んだが。

 前半(~「6 避難所の前で」)、震災直後から「新聞読み」して、実際に現地に赴いたものとしては「はぁ?」。
 何か、物語を作りたいのですか?
 原爆で被爆した方々を引き合いに出して、同じ資格を得た、とか。何をかいわんや。

 後半(「7 昔、原発というものがあった」)は、「へっ?」
 大学で、物理を学ばれたとのことですが、それが、本作に反映されているのか。
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて、後半途中で、放擲しました。
 
 この作品読んでいて、その前に読んだ畑村氏の著作の方が「七桁の差」ぐらい感銘を受けました。
 
 

2011/11/13 22:08

投稿元:ブクログ

今のタイミングで読んで良かったと思う。
自分の中で、自分でも認識しているほど、明らかに震災のことが風化していっている今だからこそ、読むべき本だった。
書いてあった。
「あの時に感じたことが本物である。風化した後の今の印象でものを考えてはならない」

私の父は原子力関係の仕事をしている。
今も仕事は続けているが、一応今年の3月で退職ということになった。
詳しく仕事の内容は聞いたことはないが、安全管理関係の仕事だったと思う。
福島原発とは直接関係しないが、それでも父にはものすごい衝撃があったのだろうなと思う。
私は父の人柄を知っている。
原子力を決定的に悪だと考えたことはなかっただろう。
彼がまだ青年だった時代、物理学を専攻していた若者にとっては原子力は世界を明るくする可能性に満ちたものに見えたのではないだろうか。
そして私は、父が懸命に前に進んできたおかげで何の苦労もなく、成長できた。
時々思う。
私の幸福は、今放射能汚染に苦しむ人の上に成り立っているのだろうか。
同時に、父が働いてきた年月は何だったのだろうと思う。
奇しくも、父の退職する直前に原子力発電は根っこから存在を揺さぶられることになった。
自分に置き換えると、父は虚しさを感じたりしないだろうかと少し切なくなる。
私は父に感謝こそすれ、父のしてきた仕事を否定することなどできない。
私はいまだに、原子力発電に対して「NO」とも「YES」とも大声で言うことができないでいる。

2011/12/02 15:39

投稿元:ブクログ

日に日に忘れて行く、薄くなって行く震災の気配が怖くなった頃に手に取った本。
写真は多くない。
被災地の情報を期待する人には不向きだが、池澤氏もまた右往左往し、暗中模索状態でいたことを知り、遠い東京で日々後ろめたい気持ちでいた自分にはこれを読む事でどこか安心もできた。混乱した思考を整理するのには役立ったし、この先も何度か読み直すことになると思う。

2011/11/14 19:03

投稿元:ブクログ

何箇所も涙をこらえた。丁寧に言葉を選んで書かれています。そして力強いです。読んで下さいとしか言いようがない。

2011/11/27 17:27

投稿元:ブクログ

数万人が亡くなったという数字ではなく、一人ひとりの死を想像しなくちゃいけないってことを思い出させてもらった。
自分が経験した祖母や祖父の死が何万も…愚直に足し算で考え想像しなくてはいけない。
ここに掲載された写真をことあるごとに眺めながら思いを馳せたいと思う。

震災の復興にしても原発の問題にしても、池澤夏樹さんは希望を抱いておられる。
「陽光と風の恵みの範囲で暮らして、しかし何かを我慢しているわけではない。高層マンションではなく屋根にソーラー・パネルを載せた家。そんなに遠くない職場とすぐ近くの畑の野菜。背景に見えている風車。アレグロではなくモデラート・カンタービレの日々。
それはさほど遠いところにはないはずだと、ここ何十年か日本の社会の変化を見てきたぼくは思う(p.97)」
本当にそうかしらと思う一方で、そうか、絶望ばかりしていてはいけないな、とも思う。

2013/04/21 11:13

投稿元:ブクログ

武田鉄也さんのラジオで紹介されていて興味を持ち読んでみました。
大船渡の医師が患者から「どうして俺だけこんな目に遭わなければならないのか」という恨み言をついに聞くことはなかったという。同じ日本人でとても誇らしく感じた。東北の人の強さに関心した。
大学で物理を学んだ池澤さんの原発の話は、感情的でなく説得力があった。原子力は人間の手に負えないモノ。
電力の偏りをなくすスマートグリッドに未来を感じた。余剰のあるエネルギーを不足する所に送電できる仕組みがあればいいだけなの・・・。西日本に住む私は東日本の電力不足を歯がゆく思った。西日本で節電しても意味がない仕組みを恨んだものだ。それが解消できる方法があるのに。
未来のあるエネルギー利用の話が現実になって欲しい。

2011/10/29 23:01

投稿元:ブクログ

前半、被災地の現実に不覚にも涙してしまったのは事実だが、しかし後半、思想的な話に及ぶにつれ、ちょっと焦点がぼやけてしまったように感じるのは私だけだろうか。

著者がじかに目にした震災の現実から飛び出して、宗教観や政治の話まで、サブタイトル通りまさしく「震災をめぐって考えたこと」がつらつらと思いつくままただ書き連ねてあるだけのようで、なんだかもったいない。
著者はこの本で一体、何を一番描きたかったのか。

私たちが、他人事としてではなく自分たちの問題として、向き合って考えていかなければならない問題が山積しているんだというのはよくわかる。でも私としては、今回のこの震災をテーマにしている以上、もっと突っ込んだひと押しを期待していたので、ちょっと独りよがりっぽくて残念だったかな。

追記。
この本を読むまで、著者が福永武彦の息子だったとは知らなかった!とてもびっくり!

2012/03/10 13:24

投稿元:ブクログ

引用したい箇所が多すぎて引用しきれない。これはもう、購入して線を引きまくるしかない。物理学を修めた著者が言うのだ。「原子力は人の手に負えない」と。「昔、原発というものがあってね」と話せる未来へ進みたい。

2012/04/04 14:55

投稿元:ブクログ

(2012.02.21読了)(拝借)
【東日本大震災関連・その58】
うちのかみさんは、池澤夏樹の大ファンです。この本は、かみさんの本棚から拝借しました。「この本のなかにはここ5カ月の間に新聞や雑誌に送ったエッセーやコラムの内容が再編集された形で入っている。」(121頁)ということです。
著者によれば、この本で扱ったテーマは、発表済みの作品で既に記しているということです。さてさて、池澤夏樹にはまるべきかどうか、思案中。
「振り返れば、原発の危険については18年前の「楽しい終末」という本に書いていた。自然と人間の関係については「母なる自然のおっぱい」に詳しい。ボランティアについては「タマリンドの木」、天災に関しては「真夏のプリニウス」という小説があり、風力発電のことならば「すばらしい新世界」ならびにその続篇の「光の指で触れよ」がある。」(122頁)

本の題名がなんとも素敵だ、と思ったのですが、ノーベル文学賞を受賞した詩人シンボルスカさんの詩の一節でした。
●眺めとの別れ
またやって来たからといって
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといって
春を責めたりはしない

わかっている わたしがいくら悲しくても
そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと
草の茎が揺れるとしても
それは風に吹かれてのこと
(後略)

先日、新聞に訃報が掲載されていました。2012年2月1日に肺がんのため亡くなられたそうです。享年88歳。

この本の目次は以下の通りです。
1.まえがき、あるいは死者たち
2.春を恨んだりはしない
3.あの日、あの後の日々
4.被災地の静寂
5.国土としての日本列島
6.避難所の前で
7.昔、原発というものがあった
8.政治に何ができるのか
9.ヴォルテールの困惑
書き終えて

●遺体はあった(6頁)
日本のメディアは遺体=死体を映さなかった。週刊誌のグラビアでほんの一部が映っているのがあったくらい。また、津波が市街地に押し寄せる場面は多く見たけれども、本当に人が死んでゆく場面は巧みに外されていた。カメラはさりげなく目を背けた。
しかし、遺体はそこにあったのだ。
●山浦玄嗣さん(12頁)
自分が住む気仙地方で日常使われる言葉を文法と語彙の両方から整備し論理化して大部な「ケセン語大辞典」を作り、それを土台に四つの福音書をケセン語に訳した。これほどイエスの言葉が心に響く聖書はかつてなかった。
山浦さんの話では、この医院(山浦医院)も床上まで水が来たのだそうだ。近所では目の前で流される人に手を差し伸べて、救えた人もおり救えなかった人もいたという。
●自然に意思はない(16頁)
自然にいかなる意思もない。自然が今日は雪を降らそうと思うから雪になるわけではない。大気に関わるいくつもの条件が重なった時に、雲の中で雪が生まれて地表に達する。
●仙台市若林区荒浜(48頁)
海岸に出てみた。防風林の松の大半は折れているが、踏みとどまって立っているのもまばらにある。砂浜は静かで、海面は水平線ま���平坦だった。しかしこの浜にはあの日、二百人以上の遺体が打ち上げられていた。そう考えると、今もそれが見えるような気がして、立っているのが苦しくなった。
●奥松島(50頁)
宮戸島の方へ少し下り、被災地の中を行く。どこでも最初の作業は道路の瓦礫を片付けて車が通れるスペースを確保することだったろう。それから遺体の創作と広い範囲の瓦礫の整理が始まる。そういう手順が分かってきた。
●日本列島の位置(55頁)
大陸との関係において日本列島は絶妙な位置にある。
朝鮮半島との間の対馬海峡は対馬を間に挟んで約二百キロ。古代の操船技術で渡れない距離でないが、しかし大規模な軍勢を渡すのは容易ではない。だから古来この島々に大陸から文物や人は多く渡来したけれども征服を目的とした大軍は遂に来なかった。元の二度の試みはどちらも失敗に終わった。
●鎌倉で8メートル(72頁)
遠い昔、大晦日に鎌倉材木座海岸の光明寺で除夜の鐘を撞くのが自分の習慣だったことを思い出した。そして、光明寺あたりは関東大震災の時に標高八メートルのところまで津波が浸水したことも。
●イスラエルの検問所(77頁)
パレスティナの作家ムーリッド・バルグーティによれば、過去五年と限っても69人のパレスティナの女性がイスラエルの検問所で子を産んだと報告していた。出産を間近にした妊婦を乗せて病院に向かう車を、イスラエルの兵士はそれと承知で通さない。劣悪な衛生環境の中で母は子を産む。出産という人間にとって最も基本の営みまで妨害する。
●第五福竜丸(80頁)
ぼく(池澤さん)が八歳の時、アメリカがビキニ環礁で行った水爆の実験で日本の漁船第五福竜丸が被爆し、久保山愛吉さんが亡くなった。
●原発は安全(83頁)
原発について、危険であるという学者・研究者が当初からいたのだ。その主張には根拠があったから、だから推進派は必死になって安全をPRした。その一方で異論を唱える人々を現場から放逐した。
安全を結果ではなく前提としてしまうとシステムは硬直する。勝利を結果ではなく前提とした大日本帝国が滅びたのと同じ過程を福島第一原子力発電所は辿った。「原発の安全」は「必勝の信念」や「八紘一宇」と同じ空疎なスローガンだった。

☆池澤夏樹の本(既読)
「タマリンドの木」池澤夏樹著、文芸春秋、1991.09.25
「メランコリア」池澤夏樹著・阿部真理子絵、光琳社出版、1998.12.10
「イラクの小さな橋を渡って」池澤夏樹著・本橋成一写真、光文社、2003.01.25
(2012年4月4日・記)

2013/05/03 00:12

投稿元:ブクログ

帯表
あの日の衝撃を記憶に刻み
震災の現実と日本のこれから
生き残った者の責務を考える

被災地の肉声・災害と国民性・ボランティアの基本原理・原発からの脱却とエネルギーの未来図

帯裏
ぼくは震災の全体像を描きたかった。
自然の脅威、社会の非力、一人一人の
被災者の悲嘆、支援に奔走する人たちの
努力などの全部を書きたかった。
(本分より)

2012/03/24 23:52

投稿元:ブクログ

「震災の全体像を描きたかった」と言う著書が、さまざまな観点から震災を思い、訪ね、聴き、語る。こうした本は非常に個人的なものであるから、評価として星をいくつ、とつけるのにはためらいがあった。
しかし、静かにつづられ、深い思いを読む者の心にまっすぐ届けるその語り口は非常に魅力的で、ここに星をつけて「評価」したいと思う。
「それならば、進方向を変えた方がいい。『昔、原発というものがあった』と笑って言える時代の方へ舵を向ける。(…)アレグロでなくモデラート・カンタービレの日々。」
それはさほど遠くないはずだ、と著者は言う。

2016/07/06 22:28

投稿元:ブクログ

◯あの時、日本人は戦争の災禍を一種の天災と受け止めたのではないか。(61p)

★災害の多い日本の風土が、日本人の気質を育てた。

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