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2014/05/16 10:24

投稿元:ブクログ

義之さんはその父に英郎、その祖父に日本医学史で知られる冨士川游をもつ、学者一家である。ぼくは英郎さんのことはなんとなくしか知らなかったが、游さんの名前は知っていた。それだけのことなのに、本書を読む気になったのは毎日新聞の書評を読んだからである。それでも、たまたま出かけた大阪の紀伊國屋書店で本書をさがしてもらったときは、すぐに買う決断がつきかねた。ぼくにこの本を読了できるだろうか。それは本書が400頁を越える重い本だったこともあるし、のっけからリルケというドイツの詩人の名前が頻出していたからである。それで別の用件を片付け、再度手にとってようやく買う決意をした。本書を読もうと思ったのは、游のこともあるが、英郎が東大の島田謹二のあと比較文学比較文化の主任教授になったことを知ったからであるし、今では得がたくなった文人学者という表現にひかれたためである。ぼくはこの比較文学比較文化の講座の人たちには多少興味があって、島田の『ロシアにおける広瀬武夫』も読んでいた。島田に限らないが、竹山道雄といい、平川祐弘といい、みんな西洋文学、西洋文化に造詣があるだけでなく、日本文学日本文化に対しても一家言をもった人たちである。英郎も最初リルケの研究者として出発するが、のちに江戸の詩人たちの研究で知られるようになる。東大でも東西双方の文化に通じなければ学生もついてこなかっただろう。英郎はむしろ東大を60で退官したあとの30年の時間の方が、ゆったりと自分の興味の赴くままに自分らしい仕事をしているように思う。英郎が後半生江戸詩人へと傾倒していくのは、英郎が少年時代を含め詩的な人間として成長していくこととつながっている。英郎は小さいときから萩原朔太郎の詩を愛し、朔太郎の詩論に対しその感想を手紙に書いて送ったりもしているのである。それを思うとぼくは、理詰めの本ばかり読んできて、詩的なものとか幻想の世界に遊ぶことをしなかったとなあと思う。今でも読むものの中心はノンフィクションで小説ではない。それはともかく、本書は英文学者である義之さんが、自分にとって煙たい存在であった父を再認識していく過程をつづったものである。義之さんが大学の教員になったあと、いつも自分が寝ようとすると英郎の部屋に電気が灯っていたという。こんなふうに偉大な父をもつと息子はつねに父と自分を比べてしまう。父の翻訳に対する評価はときに厳しいが、また尊崇の念をもつというように比較的冷静である。義之さんはすでに70も半ば。この年にして、自分の父そして祖父とじっくり対話することができたということはなんと幸せなことだろうか。

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