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小笠原諸島をめぐる世界史

小笠原諸島をめぐる世界史 みんなのレビュー

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紙の本

歴史年表の書き換えが必要な史実。

2014/08/20 14:52

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る

昭和43年(1968)6月、アメリカの統治下にあった小笠原諸島は日本に返還された。これはアメリカによる二度目の返還になる。最初の返還は開国を求めて江戸にやってきたペリーからだった。ペリーは小笠原の父島在住のアメリカ人を海軍に組み込み、黒船艦隊の石炭貯蔵所の管理をさせた。小笠原諸島を最初に発見したのは日本であることを知りながら支配が及んでいない、放棄したものとしての処断だった。強硬に開国を求めたペリーだったが、まるで侵略者の行為。文明人の行いではない。
「小笠原諸島はなぜ日本の領土になりえたのか」を主題に本書は解説されている。文禄二年(一五九三)、小笠原頼貞による発見から小笠原諸島は日本の領土に組み込まれた。誰もが、そのように教えられた。しかし、真実は長崎人の嶋谷市左衛門による探検だった。それも幕府の指示によるものだった。しかし、この嶋谷の無人島記録が海外に伝わっていたことで、「漁夫の利」として日本に転がり込んできた小笠原諸島だった。
 本書では、領土問題の根本から説き始める。いったい、誰が、何をもって領土の決定を下したのか。その起源は海洋国家スペイン、ポルトガルの争いにあった。時のローマ法王に裁決を委ね、一四九三年にトリデシャス条約が締結された。日本は室町末期、戦国時代に突入して領地の奪い合いをしていた。西洋列強の事情によって、地球が二分割されたことも知らず。
 本書は、諸外国の市場獲得競争の狭間で、なぜ、小笠原が日本領に繰り入れられたかの歴史を解き明かす。この小笠原諸島は、現代日本に経済水域という資源をもたらした。この史実は、領土領海という概念を理解する上で有用である。執筆した著者は小笠原発見は嶋谷市左衛門と歴史年表に記載して欲しいだけ。その著者の執筆目的を飛び越え、近代史に問題提起をしている。
 ミズーリ号艦上での降伏文書調印式では、ペリーの星条旗が艦橋にあった。アメリカの日本侵略の完遂の印として。

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2014/08/03 13:05

投稿元:ブクログ

将来的に一度は住んでみたいと思っている小笠原諸島。それをめぐる「世界史」からの視点。
海洋国家日本が持つことのできた数少ない国境問題かもしれない。
かなりおもしろかった。

2014/10/22 12:00

投稿元:ブクログ

なぜ海上の彼方にある諸島が日本領になり、日本人が住むようになったのか、実に驚きの新発見。日本の東方に金銀島がある!と、スペイン、ポルトガルそしてオランダの船乗りたちが探し、オランダ人が1639年に発見した小笠原諸島。1670年には紀州の蜜柑船が漂着。そして最初に住んだのが何と1830年にハワイから移植した11人の英国人たち。日本の領有は幕末頃に幕府が1862年に八丈島から31名の農民を移住させたことから。日英の領土権争いがあったのだ。地名の由来は武田家(信玄)との遠戚になる小笠原貞頼が家康から証文を貰ったと1675年にその子息が名乗る人物が訴状を提出したことから始まり、この人物は本家の系譜にないとのことで、4代目の貞任は身分詐称により追放されたとのこと。それが、英国に対していつまでも無人島との地名では拙かろうということで着いた地名とは何とも皮肉。江戸時代に命の危険を冒して遠い離島に渡った先人たちの努力により、海洋国家日本が確立していったことを改めて知った。あの咸臨丸が小笠原開拓で大活躍したのだ!知る人もない。

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