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hontoレビュー

春の庭

春の庭 みんなのレビュー

151(2014上半期)芥川賞 受賞作品

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みんなのレビュー131件

みんなの評価3.2

評価内訳

131 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

現在と過去の交わり

2014/08/17 08:15

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:さもさも - この投稿者のレビュー一覧を見る

柴崎友香が『春の庭』で芥川賞を受賞した。今回はどうかなあと気になっていたので、とても嬉しかった。自分の贔屓の作家が評価されたことはもちろんだけれども、自分が好きだと思ってずっと追いかけてきた作家が晴れ舞台でテレビに映っているのを見れたのが、こんなに嬉しいとは知らなかった。

で、発売日にいそいそと本屋に行き、買ったその日に読みはじみた。柴崎作品のひとつのスタイルとして「古い写真などを通じて過去と現在が交錯する」というのがあるが、『春の庭』はそれがよりこなれてあからさまでないように描かれていたように思う。

僕も古い写真などを見るのが好きで、去年実家のリフォームのとき出てきた昔の写真には思わず興奮したものだが、それは柴崎友香の描くように、過去と現在の交わりに人生や社会や歴史の意義深さを感じるからだろうか、と思ったのだった。

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紙の本

芥川賞

2016/09/29 22:09

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者: - この投稿者のレビュー一覧を見る

最近の芥川賞受賞作品は、だいたい読んでいます。時々、どうしてこれが?というのもあります。評判はいいけど、なぜ?と首をひねるものもあります。しかし。本作は、まさに芥川賞。芥川賞受賞作品らしい作品でした。ネタバレはしません。安心してお読みください。

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紙の本

あの家どんな家?誰にもありうる好奇心

2015/09/30 13:32

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Toyo - この投稿者のレビュー一覧を見る

隣の家にいたく関心を持つ女にさそわれて、うかがううちに男もまた。実は彼女は、その家の内部を撮った写真集が元でその家に好奇心満々。二人してその家の住人に接近して、親しくなって、ついに家の中にというシチュエーション。別に犯罪的なことをするわけでもなくて、好奇心を満足させたいという単純な動機。男女の関係もそれ以上にはならないゆるい関係のまま。まあ、今風というのか。

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紙の本

思いこみと現実との狭間を揺れながら溶けてゆく。

2017/01/28 18:19

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:たけぞう - この投稿者のレビュー一覧を見る

太郎はアパートの一階に住んでいる。
もう取り壊しが決まっている。全部で八室で、四室が入居中。
ほかの部屋はもう出ていった。

L字型のでっぱった部分の部屋から外を見ていると、二階の
ベランダから女が頭を突き出しているのが目に入った。
よく見るとスケッチブックを開いている。
しきりに何かを覗いている。

太郎は、女や、ほかの住人とも顔見知りになる。
じわじわと広がっていく人間関係。
これまでも人は住んでいたはずなのに、アパートに残る人が
少なくなるのに反比例して結束のようなものが芽生えている。

消えゆく人間関係、消えゆく建物、残された現実。
その狭間に揺れながら場面が展開していく。

前半は普通に読めていたのだが、中盤から誰の言葉か考える
ようになり、終盤はセリフが完全に入り混じってしまう。
そういう演出なのである。
ついには、太郎も、女も、アパートも、女が見ていた水色の
洋館も、場面や舞台までもがモザイクに吸い込まれて溶けて
ゆくのである。

春の庭という幻想空間。

わざとそうしているのは分かったのだが、残念ながらうまく入れ
なかった。それにしても最近の芥川賞受賞作は難しいなあ。
前からかもしれないけれど。

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紙の本

難解

2015/12/12 16:19

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:テラちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

読み始めて訳が解らず、訳が解らないまま読み終わった。苦痛の一言。ストーリー性があるでもなく、心理描写に秀でているとも思えない。太郎が引っ越してきたアパートの住人達も淡々として日常性に欠ける。これが小説で、しかも芥川賞。まったく、文学はよく解らない。

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2015/01/25 20:10

投稿元:ブクログ

語っているのが「わたし」じゃなかったからか、他の柴崎さんのお話ほど入り込めなかった。
西さんの方がわかる。
西さんがお風呂場を見に行きたくて興奮してるシーン、おもしろかった。

2014/08/31 16:46

投稿元:ブクログ

+++
第151回芥川賞受賞作。
行定勲監督によって映画化された『きょうのできごと』をはじめ、なにげない日常生活の中に、同時代の気分をあざやかに切り取ってきた、実力派・柴崎友香がさらにその手法を深化させた最新作。
離婚したばかりの元美容師・太郎は、世田谷にある取り壊し寸前の古いアパートに引っ越してきた。あるとき、同じアパートに住む女が、塀を乗り越え、隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃する。注意しようと呼び止めたところ、太郎は女から意外な動機を聞かされる……
「街、路地、そして人々の暮らしが匂いをもって立体的に浮かび上がってくる」(宮本輝氏)など、選考委員の絶賛を浴びたみずみずしい感覚をお楽しみください。
+++

読者がいつの間にか物語の世界に入り込んで、登場人物のひとりとして物語の中で生きているような心地になるいつもの柴崎作品とはいささか趣が違う。日常を描いている点は同じだが、その日常は誰にも覚えのあるものというわけではなく、ちょっと不思議な夢をみているような日常なのである。日々の暮らしのわずかな隙間から夢の中をちらりとのぞきこんでいるような、現実離れした感覚もある。同じ場所に立って、その場の歴史が躰をすり抜けていくのを目を閉じてやり過ごすような、タイムトラベルのような感覚もある。それでいて、そのほかはいたって現実的なのも対照的で面白い。ラストで時間も人間関係もぽんと別次元に飛んで行くようなのも不思議である。なぜかどきどきしてしまう一冊である。

2014/09/07 16:51

投稿元:ブクログ

写真集・春の庭の中の情景は、何か懐かしさや、人が暮らす温もり、そして何故かちょっとの切なさが感じられるノスタルジックなものである。
西が春の庭の中の牛島タローと馬村かいこの暮らしを見ながら、いつか好きな人と暮らすこともいいななんて思っていたのに、ふたりは写真集を出した2年後に離婚していた。
時間が流れ、状況も変わっていくことにふと寂しさを感じた。

2014/11/10 00:59

投稿元:ブクログ

淡々とした日常。描写は美しいけど、特に好きではなく。
最後だけ唐突に姉になるのは何故だろう。
水色の家を見てみたいとは思う。
かなりあっという間に読破。

2014/10/04 11:09

投稿元:ブクログ

再開発の波に洗われていそうな都内の住宅街、契約が切れたら立ち退きという古いアパートと近隣の個性的な一軒家。高度成長の頃の画一的な団地での集積的な暮らしの思い出と大人になっての気ままだけど一人ひとりの日常。隣り合わせにある雲の上のような非日常。
何となく感じるものはあるが、結局作者が何を伝えたかったのか、自分が何を受け取ったのかは、はっきりしない。
庭の木々、特に海棠が印象に残った。
14-151

2014/10/19 21:06

投稿元:ブクログ

芥川賞おめでとうございます!
以前に何かよんだ時、なんだかだなぁとおもったけれどこれは不思議と文句も言わずグイグイ。前半途中のあの“「”のところも後半の“わたし”の?の部分もさほど違和感なしに読み進め裸れました。
作家さんの上手さなんだと思います。ノミネート四度目、長かったでしょうね。
これからは普通に読みたい作家さんになったと思います。
芥川賞も悪くないな、上から目線ゴメンナサイ。

2014/08/07 23:26

投稿元:ブクログ

家という居住空間。
人が住むことによって、その「箱」がまとう空気感を空き家と空き家になって行く家、空き家から空き家でなくなる家の姿をとおして描く。

家という生活空間から漂ってくる生活臭に対する嗅覚が面白い。
狭い住宅地でひしめき合って住んでいる人間同士の、よそよそしさを残す絶妙な都会の距離感も面白い。
他人の変な趣味に異様さを感じつつ、その違和感を隠し見て見ぬふりをしながら、自分も首を突っ込んでしまうみたいな距離感。

ただ、作品自体にあまり特異な感じもしない。
柴崎さんらしい、軽妙な会話もあまりなく、インパクトをそれほど感じない。
これなら、「その街の今は」の方がよかったのではないかとも感じてしまう。

あっちは、新潮で、こっちは文芸春秋だから…などといらんことを考えてしまう。


家で、突然大怪我してしまうところとか、部屋がソファであふれてしまうところとか、なんか長嶋有さん的な面白さが感じられた。

2014/10/05 18:49

投稿元:ブクログ

さらさらと読めてしまうのは柴崎さんが確かな筆力を持っているからだろうけど、海棠の花を知らなければ、この匂いたつような春の庭を楽しむことはできないのだろう。登場人物に大きな動きはない。あるとしたら、西さんが流血しながら風呂場にたどり着くシーンくらいか。ここがクライマックスでも良かった。慣れない土地で暮らす若い母親の寂しさや悲しみ描き出しながら、春の庭をその背景に置くこともできたはずだ。
しかし、そんな陳腐なストーリーにしなくても、筆者は、この庭とアパートを行き来する人々を時空を超えて描き出すことができる。その意図は全ての芥川賞の選者にも必ずしも理解された訳ではないが、それもやはり、さらさらと読んでしまえば何も残らないかもしれない、と思った。

2017/04/11 16:50

投稿元:ブクログ

私が読んだいくつかの柴崎友香作品は何気ない日常を描いたものばかり。
今回読んだ第151回芥川賞受賞作『春の庭』もそう、特にハラハラやドキドキはないし、涙がぼろぼろこぼれることもない。
でも、何だか心の懐かしい部分や柔らかい部分を刺激するかのような作風で私は好きなのだ。
主人公・太郎がいつの間にやら残った住人の女性たちとちょこっと交流をするようになって、そのちょこっとのことたちが何だかいい。
アパート暮らしが楽しそう。
取り壊しが決まった残り僅かな期間だからこその良さでもあるのかな。
あらすじやここがいいんだよ、とおすすめするのはなかなか難しいのだけれど。
ただ、お話のラスト間際でまさかのびっくりな出来事が!?と身構えてしまっただけに呆気に取られてお話を締めくくられてしまった感は否めない…なんだ~!となった。

2014/07/30 19:26

投稿元:ブクログ

『死んだら寒くないよと太郎は言いかけたが、その時唐突に、沼津が自分に向かって話しているのではないのがわかった。心に浮かんだことを口に出しているだけで、回答を求めてはいないと』

柴崎友香は新刊が出るのを待つ作家の一人。 「きょうのできごと」から読み繋いで十四年。 その頃から何も起こらない小説と批評されることが多いけれど、自分にとって柴崎友香は普通の日常の中に詰まっている小さなできごとを拾って見せることができる作家で、何も起こらないことが、むしろ刺激的だとさえ思う。あるいは、ありふれた言い回しだけれど、柴崎友香は等身大の人物の描写に長けた作家であると思う。恐らく作家自身の年齢に近い登場人物を描く限りにおいては、と言い添えた方がよいとは思うけれど。

若い男女が登場すると必ず恋愛沙汰に話を展開させる小説家もいるし、それに比べれば、柴崎友香の小説では確かに陳腐で大袈裟なことは起こらない。しかし、登場人物の心の内は風景の描写に大概は色濃く反映していて、それが瞬時に変わってゆく様が描かれている。そこを読み取ると、皆が小説の中だったらこんなことが起こるのになと想像するようなことを主人公も感じていることも解る。しかし、日常茶飯事にそんなことは起こらないよなと主人公が理解していることも同時に伝わる。そんな構図があるのが柴崎友香の小説だと思う。それは多分僕らの日常の中でも起きていることで、だから優れて日常のできごとを写し取る力が作家に備わっていることの証しでもあって、何も起こらない日常の話が逆説的に自分の人生を肯定してくれる感じにも繋がり、そこはかとなく気分がよい。柴崎友香の作品の中では何も起こらないと自分は感じない。もちろん小説の中でくらい夢をみたいという気持ちの読者の居ることも解るけれども。

その基本的な態度は変わらないと思うけれど、最近の作品は主人公の心情がどんどん淡白になってきているようにも思える。風景の描写に託すような書き方が減っている。何をどう感じるかについて保留する様が描かれることが多い。それが作家の年齢に起因するものだと言ってしまうのも単純過ぎるだろうか。

人生の選択は常に自分自身の意思で選び取ることができると考える人もいる。自分の好みは自分で判っている、と。しかし重大な選択もそうでない選択も、数を重ねてみて思うのは、それが如何に偶然に左右され易いかということ。もちろん基本的な志向は誰にでもあるので、同じような選択を迫られた場合、大体は同じ結果になる。しかしこれは確率の問題だとも言える。確率的には低くても同じ選択を重ねていくと何回かに一度は別の結果になる。あれ、何故自分はこちらを選んだのかなと自身を訝しく思いつつ。そういうケースが年齢を重ねると嫌でも溜まってくる。柴崎友香の描く主人公の心情が見えにくくなっているのは、そういうことがもたらす効果なのかなと思う。柴崎友香の中でそんな微妙な変化が起きているように思う。

よう知らんけど、と言いながら若者は自分の直観を大事にして物事を判断する。年寄りは、色々と経験豊富な筈なのに判断しない。人生が五十年しかなったら惑うことなく決断もできただろうけれど、今の世の中、自分���決めたことが回り回って自身に降りかかって来る程に人生は長い。短絡的に結論を出さずいることは苦しい。ややもすれば物事を単純化して断定したくなる。その方が爽快でもある。しかしそこを我慢する。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」。そこを我慢すると見えてくる筈と信じたい。そんな道の半ばに差し掛かってきたのかと想像する柴崎友香の作品が、面白い。

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