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hontoレビュー

現実脱出論(講談社現代新書)

現実脱出論 みんなのレビュー

新書

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みんなのレビュー31件

みんなの評価3.4

評価内訳

31 件中 1 件~ 15 件を表示

2016/05/06 18:27

投稿元:ブクログ

脱出したいと思って購入(笑)
が,この本は生に悩んでる人や躁鬱な人向けの本でありました.俺の場合金銭で解決できるからそういう点ではあまり役に立たないかな.
ただクリエイティブな面で気づかされることが多々あったので良かったです.
そしてこういう考えの人がいるってのも面白いと思ったのでした.

2015/11/05 18:50

投稿元:ブクログ

似たようなことを考えてしまう癖があって、でも他人には到底説明できないと思っていたことが、やさしく書かれていた。しかし、躁うつ病にここまでまともに向き合えるものなんだろうか…飲み込まれてしまう人との違いはどこにあるんだろう。とにかく奥さん偉いな。

2014/11/12 17:27

投稿元:ブクログ

渋谷NHK前あたりで時間を潰す必要があり、Googleマップに「近くの書店」と囁いたところ、いちばん近くにあったのが「SHIBUYA BOOKSELLERS」という書店。セレクトショップのような洒落た店構えのその店は、人文、アートなどに強く、今の僕の気分にぴったりの品揃えだった。(あまりに好みに合いすぎて、既読の本が多かったり、新しい分野との偶然の出会いが望めないほど)
気になっていた一冊を購入して近くのカフェで読む。

異才の建築家(?)坂口恭平の、エッセイとも日記ともつかない、「オレ」の生きる様を吐露したようなテキストであるが、いつものようにぐいぐいと引き込まれる。

文中にも出てくる2012年の青山ワタリウム美術館での個展で、彼を初めて見た。ぶらりとフロアに現れた彼はトークライブを始めた。(プログラムだったのかどうかは知らない)はじめは見知らぬ客にそっと話しかける、画廊での作家のように。しかし次第にその話し方は熱を帯びてきて、やがてはものすごいハイテンションで飛び跳ねるように作品と、自分の生き方を叫んでいた。

それは彼が躁鬱症であることを知る前だったのだが、おそらく「躁」の状態だったのだろう。(文中ではその時期は逆に「鬱」だったとあるが)

本書ではその「躁鬱」に、彼自身がどう向かい合っているかが大きな要素になっている。建築家とも芸術家とも作家とも言い切れない、不思議な存在の彼であるが、その目を離せない感じに、私のような凡人はつい惹かれてしまうのだろう。決して好きではないし、尊敬するわけでもないのだが、気になって仕方が無い。もしこの世の中が閉塞したものならば、突破口を開くのはこうした種類の人間なのかも知れないなぁ、という漠然とした予感がするのである。

彼が創造するものはわかりやすい「美」ではない。むしろ混沌としたカオスをごろんと投げ出して、世の中をすこし不安定にする。ノイズといってもいいかもしれない。だけれども、そこに人間の生命力とか、そういった強さを取り戻すヒントがあるような気がする。

ああ、岡本太郎がよく言っていたようなことに近いのかも知れない。原始の力。プリミティブな強さ。洗練されない、上手くないものの美しさ。そんな種類の人なんだろう、きっと。

2014/12/09 19:39

投稿元:ブクログ

あるブログで薦められていたので、手に取る。

冒頭から引き込まれ、一気に読めた。論というほとカタくなく、むしろ著者独自の体験に根差した提案であり、エッセイ集という感触だった。また、『独立国家のつくりかた』(未読)の著者とは知らなかった。
文章が美麗。修辞が豊か。単なる麗句ではなくて、その表現である必然を感じる。

広義の創造行為が鍵かな、と。

2014/10/05 00:41

投稿元:ブクログ

東京0円ハウス、独立国家のつくり方など、一見して何もない空間から、別の新しい空間を生み出し、その視点から新しい社会を築こうという作者の最新作である。

今作では、目に見える現実のみが唯一の世界なのか。その常識を疑う。


ぬいぐるみ王国のトヨちゃんの話を読みながら、忘れていた記憶がよみがえってきた。

中学生の頃まで、俺もトヨちゃんと同じくぬいぐるみと話すことができていたことを。

小学生の頃、札幌への家族旅行で何故かどうしても買ってほしいと駄々をこねた。

雪印パーラーのお土産の棚に並んでいた、フクロウのぬいぐるみ。ホースケと名付けた。俺のハンドルネームの由来だ。

そのうちフクロウのぬいぐるみは増え続け、大小50匹はいたと思う。

最初のホースケはホースケ村を開拓し、ホースケは友人や家族を呼び村にはフクロウが増えていった。

そんなホースケ村に時々招かれて俺はぬいぐるみを詰め込んだ押入れの中、無限に広がるホースケ村という空想の中で遊んでいた。


いつからだろう。現実しか見えなくなってきたのは。

世界には目に見える現実しかない。思考、空想を現実が抑え込む。


今日は休日、のんびりと小金井の江戸東京たてもの園を散歩してきた。

明治の建築物から昭和中期にかけての一軒家の中まで覗いてきた。

昔の家には無の空間を無限に広げる工夫がある。

ふすま、障子を開ければ、閉じられていた空間は必要なだけ広がる。

かつての江戸は火事ばかり。箪笥一つ担いで逃げ出したという。

無機質なコンクリートで囲われた空間、物で溢れかえる部屋。

合理性を追求した現代建築は人、物とともに思考を抑え込んできたように思う。


現実がある。しかし、現実しかないのだろうか。

子供の頃の空想は、全てが嘘幻だったのだろうか。

2014/11/12 22:45

投稿元:ブクログ

現実逃避の話かな、と思って手にとってみる。「現実逃避は現実という地平の上で逃げまわる行為にすぎない」といった文章があってなるほどと思い、では現実という地平を離れて逃げまわるには?と楽しみに読むがどうもそういう話ではないらしい。ではどういう話なのかというといまいちよくわからない。秘密基地の話とか、世界の形はそれを見る人間によって決まる、とか、個別のエピソードや主張はそれなりに共感できるのだけれど、行こうとしている先がよくわからないので、個々のエピソードの印象が残るに留まった。何度か読むと印象が変わるのだろうか。

2014/10/11 04:46

投稿元:ブクログ

著者・坂口恭平さんの体験をもとに、「現実」と「思考」について考える本。難解な部分も、読みやすくて楽しめる部分もあるけど、色々なことを考えさせられた。「現実は一つ、思考は無限」と考えると面白いかもしれない。

2016/12/01 00:56

投稿元:ブクログ

「現実を見ろ」「現実は甘くない」といったような説教でよく使われる「現実」を脱臼させ、がんじがらめになってしまった私たちの生き方に自由の息吹を吹き込もうとする試みです。

現象学や哲学的人間学に通じていれば、もう少し厳密な仕方で同じような発想を扱うことも可能なのかもしれませんが、本書では哲学的な概念に頼ることなく、著者自身の体験に基づいて、言わば素手で議論を切り開いていこうとしています。著者の知性の膂力を感じさせる本だと思います。

ただ、社会のレヴェルの問題を個人のマインドセットの問題に還元してしまうことに伴う危険性にも、目配りしなければならないように思います。何も松本哉を見習ってイデオロギー的な立場を鮮明にするべきだと言うつもりはありませんが、個々人が感じている生きづらさは、同時に政治的な問題でもあるという視点は、必要ではないかと考えます。

2014/12/06 12:55

投稿元:ブクログ

本の装丁と内容のデザインで装飾している全く中身のない無味無臭の疑似哲学書に感じた。着想が異端のように見せて平凡である。とても残念に感じた。

2014/09/25 15:33

投稿元:ブクログ

これはやばい!めちゃくちゃよかった!
正直、読み途中はそんなに良いとは思わなくて、ブクログでもそこまで評価を高くしたいとは思わなかった。

個人の思考と集団の意識のこととかは誰もが思っていながら言葉にできなかったことだし、それを独自の言葉と組み立て方で整理して表現したことは確かに本書の重要な成果だと思う。
だけど、行間から強烈な承認欲求が染みだしまくってて、どうしても白けてしまう!苦手だ!

……と、まあそんなことを書こうと思ってた。
なんだけど、終盤に向かうにつれて、そんな承認欲求のようなものはとても些末なことに思えてきた。
それは著者自身にすごい熱意と行動力があるからなんだよね。
新政府いのちの電話として自身の携帯電話の番号を公開し、「希死念慮に苦しむ人」と対話した、というのは本当に驚いた。誰かがツイートしてたけど、この著者は本気で世の中を変えようとしてる。そしてそのことは、本書に書かれていることに強い説得力を持たせてる。

それがとても良くて、白けは一気に尊敬にかわってしまった…すげえ傲慢だが……すいません……。
僕はこういう人になりたいなあ。

おすすめです!

2014/10/19 13:47

投稿元:ブクログ

http://staygold1979.blog.fc2.com/blog-entry-660.html

2014/11/22 14:12

投稿元:ブクログ

異端の建築家・坂口恭平の「現実脱出論」は、徹底して「感覚」に疑問符を投げかけ続けている一冊だと思います。

時間によって変化していく空間、匂いとともに蘇る記憶、見える「色」の違い、現実の社会という共同体の中で画一化され非連続に区切られたカテゴリーを疑う著者の言葉は、脳科学の本を読んでいるかのような発見があります。

「真実」とか「事実」とはなんなのか?この本を読んだ後は、ゆっくり歩いて周りを普段より注意深く見るようになると思います。

2014/10/08 16:17

投稿元:ブクログ

現実逃避ではなく現実脱出について考察した作品。
ここで表現される現実とは、社会とか一般常識とかに置き換えるとわかりやすい。

ツイッター上などでも告白しているが坂口氏自身は重い躁鬱病を患っており、日々苦しい闘病生活の中でこのような考え方が確立されたのだと思う。

ただ、現実の空間を管理する多くの人々がいることで、この世の中が成立していることも忘れてはいけないのだ。でもたまには、時間や空間など現実の壁を忘れて、自分の営巣本能に従い籠ってみるのも面白いのかもしれない。

2015/02/14 13:26

投稿元:ブクログ

・狭い居酒屋だったのが、満席になるとより狭く感じるかとおもいきや、大空間に感じる。
といった空間が膨張したり、停滞したりする瞬間のほうが、正確に測った堆積や均等に流れているはずの時間よりも真実味を感じてしまう。

・4歳から98歳までの自分の98個の鍵盤のようにズラリと横一列に並べて歩いている。
55歳の自分が何をしているのかを想像することと、10歳の時の記憶は音色こそ違えど同じ色。
・人間を機会として捉えることは「人間的」には見えないかもしれない。しかし木の枝に擬態するナナフシを思えば、人間が機会に擬態することも「生物的」な行動であることがわかる。(鬱は脳の誤作動、と捉えること)

・ルドルフ・シュタイナー:蜜蜂が飛び回る姿を「思考が飛んでいる」
今までつながるはずのなかった者同士が、蜜蜂によって交配されていく。蜜蜂にはつなげている、という意識が全く無いように、思考も自由に言葉やイメージを組み合わせ、勝手に新しい世界と戯れ始める。

・ぼくにとって「ものがたり」とは、あらすじを持った作り話ではなく、感覚器官という扉の向にしっかりと存在している空間を、現実のもとにおびき寄せる行為のことを指している。

◎現実が集団にとって飲み実態のある空間であると、気づくことだ。個人にとっては仮想空間なのである。今僕達は、この現実を個人にとっても実態のある世界だと思い込んでいる。そして、思いつきや直感といった言葉で表現されるような事柄に関しては、勘違いや妄想といって排除してしまっている。

個人にとっては、自分自身の体の中に形成された自家製の「思考という巣」こそが実態のある空間であり、現実という空間は個人にとって「錯覚」にすぎない。

2016/09/19 23:22

投稿元:ブクログ

目による「創造」
別に現実のような風景を見させてくれるわけではない。ただ、目の動きによって、僕はふと立ち止まり、「見るとは何か」「色とは何か」を考えはじめるきっかけを得たのである。不動なものと思っている色が、実は常に変化しつづける川の水のように流れている。それは幼いころにやっていた、現実の中にもう一つ別の新しい空間を見つけ出す遊びと似ていた。(p.42)

レストランでふと耳に入る音楽
 一度その曲の全貌を知ってしまうと、もう二度と初めてばったりと出会ったときの耳にはなれない。僕はあの耳に戻りたいといつも思う。
 確かに曲自体は何も変わっていない。しかし、明らかに別の曲になっている。これはどういうことなのだろう。(pp.53-54)

 人間の視界や、空間を把握する方法は、多様な空間把握の中の一つにすぎないのである。僕は現実とうまく付き合えずに困っている時、虫には世界がどのように見えているのだろうと考える癖があるのだが、それは逃避ではなく、「空間とは何かをもっと考えてみたらどうだ」とくすぐってくる信号なのだと思っている。
 同じ空間であっても、僕が近くしているものと、コウモリが受信しているものは全く違うだろう。コウモリが音だけで感じ取っている空間は、人間にとっては一見、錯覚した世界に思える。しかしそう思うのは、無意識のうちに人間の目に見えている空間こそが、現実という「正常な世界」だと判断しているからだ。(p.82)

 そもそも、作り話つまり物語は、ただの「虚構」であると認識していいものなのか。
 僕にとって創作物とは、目の前に広がっている世界だけが事実であると断定しないようにするための羅針盤である。それは、現実ではくっきり分断している事実と作り話の境界線を緩やかにするための装置なのだ。(p.131)

 僕たちがすでに故人となった人間の書物を読んで感銘を受けるのは、昔に戻りたいという欲望からではなく、昔も今も変わらない、つまり時間などない空間が存在することを知覚できるからである。それは一方的ではなく、過去と現在の双方向から手を伸ばすように行われる伝達だ。(p.177)

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