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天国の囚人(集英社文庫)

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紙の本

19世紀ロマン派小説の筆法で描くバルセロナの闇

2014/11/13 12:10

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

1957年クリスマス。バルセロナ旧市街にある「センベーレと息子書店」を訪れた猛禽を思わせる目をした男は書棚から『モンテ・クリスト伯』を選ぶと、不自由な手でメッセージをしたためた。《死者のなかからよみがえり、未来の鍵をもつフェルミン・ロメロ・デ・トーレスへ。十三より》。店主の息子ダニエルの親友フェルミンに本を贈ったのは何者で、不吉なメッセージの意味するものとは。

フェルミン口から出たのは、内戦からフランコ独裁に至るスペインの歴史の闇の部分。権力の推移により、次々と監獄送りにされる前政府関係者。フェルミンもまたその一人であった。そこからの脱獄は『モンテ・クリスト伯』、その後の逃亡生活は『レ・ミゼラブル』と、敬愛するデュマやユゴーのパスティーシュから分かるように、前二作にあった複雑な構成は影をひそめ、血湧き肉踊る19世紀ロマン派小説の作風。主人公が少年の面影を残す純情な人物であるだけに、話を面白くするには脇を固める人物に個性的な面々が必要になる。傍役にいたるまで登場人物の容貌や性格の輪郭がはっきりしているのはそれをねらってのことだろう。饒舌で多方面に顔が利き、何でもこなすフェルミンは以前から気になる人物であったが、このトリックスター的な人物に光を当てることで、バルセロナの闇が愈々際立つ。

世界中でベストセラーとなった第一作『風の影』、第二作『天使のゲーム』につづく「忘れられた本の墓場」シリーズ四部作の第三作。四部作のグランドデザインを描く『風の影』でラフ・スケッチにとどめ置かれた部分に光を当て、細部をふくらませ、小説の厚みを増した。迷宮のようなバルセロナの街のどこかにある「忘れられた本の墓場」をめぐる幾重にも折りたたまれた入れ子状の物語のなかでは、比較的シンプルなストーリー展開。フェルミン自身の物語による回想部分を含めても、前二作のもつ複雑な構成とは一線を画す読みやすさだ。分量も半分におさえられているのは、ひたすら怒涛のように最終巻にのめりこむために一息入れる役割を果たしているのかもしれない。

バルセロナ・ゴシックとでも呼びたくなるような独特の怪奇・残酷美に溢れるサフォンの世界だが、奇を衒っている訳ではない。住民投票の結果を見ても分かるように、スペインからの独立を強く希求するカタルーニヤ。内戦の混乱、その後のフランコ独裁に締め付けられ、忍従しつつ生き延びてきたカタルーニャの人々には、曰く云い難い日々の記憶が層を成して堆積しているのだろう。それだけに、人々の生や愛に寄せる思いは強く、願いを遂げる意志には熱いものがある。宗教的立場や政治信条の差異が生死を分ける日常の中で、他人と自分の命を秤にかけるような毎日を生き抜いてきた人々の物語は時に怪しく、時に酸鼻を極めるものともなろう。

一つの小説のなかに、別の作家の手になる物語が入れ子状に仕組まれ、物語世界の動きが現実世界に影響を与え、今を生きる人物の行動が物語に反映するという、トポロジカルでメタ小説的な小説構造。どこから入っていっても最後に待つのは「忘れられた本の墓場」であり、物語はそこからいくつもの時代、数え切れない登場人物の生活へと延びている。バルセロナという都市の地下に埋もれた歴史の層を蟻の巣のように迷宮化してしまう四部作。本篇だけ読んでも充分に楽しめることはうけ合うが、おそらく、これを読めば他の二編と、刊行の待たれる最終巻も読みたくなるだろうことはまちがいない。

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