紙の本
叙述トリック
2020/05/04 16:42
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投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る
伝記作家として有名なトロワイヤが、このような題材で軽妙に小説を書いたのが痛快。良い意味で裏切られる。そして私があちこちで読んできた小笠原豊樹が、実は一人の人物だったことを知ったのもかなり最近。ほぼ最後の仕事になったのがトロワイヤの翻訳だったのだ。
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アンリ・トロワイヤというと、つい澁澤龍彦訳の『ふらんす怪談』と言いたくなってしまうが、こちらは『怪談』ではなく、評伝と並ぶ言わば『表』のトロワイヤ。
但し、凝った構成や登場人物のふとした行動など、『ふらんす怪談』収録作に見られる切れ味の鋭さ、人間観察眼の正確さに通じるところが随所に見られる。また、読者は知っている第一部の情報が、第二、第三部で歪められて行く様子は怪談ちっくでもある。『一番怖いのは人間』式の怪談。
さらっと文庫で出たが、もっと話題になってもいいような気がする1冊。
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フランス屈指のベストセラー作家、アンリ・トロワイヤが1993年に発表した『仮面の商人』。第一部の舞台は1930年前後のパリ、主人公は新人作家のヴァランタン。県庁に勤めながら、仕事中も上司の目を盗んで原稿を書いている。上司のフィルティエ女史は、彼になかばあきれつつも、宿題をしない息子をしかる母親のように接している。2,3日に一度はペリュランという学生時代の友人と食事をする。美食と昇進にしか関心がない俗物だが、ヴァランタンには、友人と言える人物がほかにいない。兄・ジョルジュはうぬぼれが強く、弟の気の弱さや純潔を嘲笑っている。作家としての第一作は、売れるどころか、文学界の話題にすらならない。
そんな鳴かず飛ばず、四面楚歌のヴァランタンの前に、ミューズが現れる。とあるパーティで知り合った裕福な年増の女性・エミリエンヌは、彼の理解者となり、文学上のアドバイスを与え、さらには年齢差を越えて男女の関係を結ぶ。ところが幸せは長く続かなかった。子を身ごもったエミリエンヌは彼との関係を清算し、別の男と結婚するというのだ。ヴァランタンは、かわりに頭がからっぽのお針子・コリンヌとつき合うが、心は満たされない。失意のヴァランタン……第一部は彼の死をもって閉じられる。
1992年へと時代を移した第二部、語り手はヴァランタンの甥であるアドリアン。ヴァランタンは〈生前は夢にも思わなかった名声を、死後に博し〉ている。アドリアンは叔父の伝記を書こうと、すでに高齢者となっている関係者にインタビューを重ねる。ここで語られる証言に、読者は驚かずには居られない。さらに、アドリアンは第三部で決定的な決断を迫られることになるのだが……。
記憶は自分の都合のいいようにねつ造される。50年以上も前のことを思い出して証言する老人たちは、どこまで真実を語れるだろうか。資料を集め、記録をもとに、客観的な記述を心がけたと伝記作家は言う。しかし、物語として都合の悪い事実が見つかった場合、彼はどうするだろうか。そもそも文学的な評価とは何に基づいているのだろうか。私たち読者が「真実」と思い込んでいるものの正体はなんだろうか。トロワイヤは、この作品の発表当時、80歳を越えて老境にある。そして小説家としてだけではなく、『女帝エカテリーナ』『バルザック伝』などの評伝などでも知られている人物だからこそ、この物語が書けたとも言える。いくつもの問いを軽やかに皮肉で包んだ、上質な機知に富む作品である。
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トロワイヤ、てっきり伝記作家と思ってた。
小説は皮肉で面白い。ロシア系フランス人作家
高齢でも見劣りしない作品を続々と発表してたなんて…お見逸れしました。訳者の小笠原豊樹さんの解説も面白いし、小説家でもあったなんてビックリした
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近藤健児氏がラジオで紹介していた絶版文庫。薄い本ながら3部構成、1部は正直わたし好みではなかったものの、2部に入ると止まらない。あとは最後まで一気読み。ほかでは味わったことのない後味。