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歴史的変化から理解する現代日本語文法

歴史的変化から理解する現代日本語文法 みんなのレビュー

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2015/11/02 21:27

投稿元:ブクログ

・浅川哲也・竹部歩美「歴史的変化から理解する現代日本語文法」(おうふう)は 大学のテキストであるらしい。索引等を含めて500頁弱である。目次を見ると、いかにもこの書名にふさはしさうな構成である。日本語の時代区分に始まり、 学校文法関連を経て各品詞の問題を論じていく。こんな内容ではこの頁数でも足りないのではと思つたりもする、そんな大部のテキストである。
・最初のあたりは要するに日本語史の問題である。その中の話し言葉と書き言葉の問題に関してこんな一文がある。「概ね『源氏物語』までは言文一致であったといわれている云々」(14頁)。これはどこかで聞いたことがあるやうな気がするといふ程度の知識しかないので、ある意味では驚きである。源氏の文章がほ とんどそのまま話されてゐた……あの文章がと思ふ。所謂自立語、付属語すべてがあのやうに話されてゐたといふのである。今更考へるまでもなく、源氏と私達の話す言葉との差は大きすぎる。まるで外国語と言つてもよい。高校で古文の授業を受けた程度では分からないことがいくらでもある。先の引用に続くのは次の 一文である。「平安時代中期以降になると音声言語である話しことばの変化が激しくなり、伝統的・保守的に文体が維持される文字言語としての書きことばと話 しことばとが乖離していくようになる。」(同前)この乖離の千年後の姿が私達の使ふ日本語なのである。日本語の時代区分の二分法(3頁)を見ると、古代語が室町まで、江戸以降は近代語となる。この分け方は書き言葉だけで感覚的に分かる。近世以降、擬古文を除けば、書き言葉も劇的に分かり易くなつてくる。ここは良しとしても、先の平安から鎌倉、室町、つまり中古から中世にかけての変化は同じ区分内に収まる程度であつたといふことか。話し言葉と書き言葉の乖離 が始まつても、中世から近世への変化、断絶ほど大きくなかつたといふことであらう。いづれにせよその昔は普通に言文一致であつたのが、いつかそれが別にな つて明治に入る。すると、ここでまた言文一致を指向する動きが出てくる。明治20年、二葉亭四迷「浮雲」で言文一致体は一応の完成を見る。その後、大正 10年、11年に中央紙が社説に口語体を採用、ここで言文一致体完成である。900年かけて旧に復した。改めて書き言葉が話し言葉に追いついた瞬間であつた。そこで、気になるので所謂ら抜き言葉についてどう書いてあるかを見ると、きちんとかう書いてあつた。ら抜き言葉は「明らかな誤用表現である。」 (113頁)この最後に規範的な言ひ方と誤用のら抜きを例示してある。やはり文法書だからなと思ふ。ただしかうもある。「共通語は、教育を受けた人が使用 する東京語を基盤として成立しており」(同前)、それゆゑにら抜きは誤用だ。つまり東京語が基本、これ以外は認めてもらへない。まちがひはまちがひ、である。方言で常用されてゐてもそれが東京語になければ誤用なのである。書き言葉が話し言葉に追いついても、かういふのはやはり認められない。従つて、ら抜き 言葉を文章中で使はうものなら、たちまちまちがひと指摘されることになる。いつの時代も誤用は誤用、まちがひなのである。最初のあたりを読みながらこんなことを考���てしまつた。本書は文法書である。現代語における様々な現象を文法的に説明してくれる。ただし規範、基本は曲げない。どの文法書もさうである。 例へばら抜きに対する評価はああだ、かうだと言はないのは、ある意味つまらない。しかし文法書とは、そしてテキストとはさういふものなのであらう。歴史的変化を中心とする現代語文法書、私はこれを辞書のやうに使はうかと思ふ。

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