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hontoレビュー

昭和陸軍全史 2 日中戦争(講談社現代新書)

昭和陸軍全史 2 日中戦争 みんなのレビュー

新書

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みんなのレビュー9件

みんなの評価4.4

評価内訳

  • 星 5 (3件)
  • 星 4 (5件)
  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)
9 件中 1 件~ 9 件を表示

2015/02/09 05:50

投稿元:ブクログ

第2巻は満州事変から日中戦争の泥沼にはまっていくまでの時期が陸軍内の権力闘争を中心に描かれる。

犬養内閣倒壊後、宇垣派が陸軍中央から排除されて永田鉄山が参謀本部情報部長に就任。しかし、小畑敏四郎と対立。一夕会はいわゆる統制派と皇道派に分裂した。1934年、永田が軍務局長に就任すると陸軍中央から皇道派は追放されるが、派閥抗争激化の中で永田が斬殺される。

1936年、皇道派につながる青年将校たちのクーデタ事件が発生し、鎮圧される。この事件をきっかけに陸軍は、皇道派を完全排除。実権は永田直系の武藤章、非皇道派系一夕会メンバーの石原莞爾らに。

そして、1937年盧溝橋事件勃発、日本と中国は全面戦争に突入していくが、その間の拡大・不拡大をめぐって武藤らと石原は激しく対立。最終的には不拡大派の石原が失脚。日中戦争も長期化、米英と対立、武藤の「大東亜生存圏」構想による新秩序樹立がやがて陸軍の政策となっていく。

陸軍内部の派閥抗争の裏には長期的なヴィジョン相互の対立がある場合もあるが、この間の抗争には長期的なそれをもつ石原とそれをもたない武藤らの対立という構造があった。必ずしも長期的なヴィジョンをもつから「正しい」というわけではないが、盧溝橋事件がその後、支那事変へと拡大していかなければ……、という思いを禁じ得ない。

2015/11/03 00:00

投稿元:ブクログ

満州事変の石原完爾は、勝てる戦しかしない。しかし、石原の部下であった武藤は、日中戦争を敢えて拡大することで石原を追い落とし、権力の中枢に立とうとした。戦火が燃え広がろうとするタイミングでは、それを消そうとする者より、煽る者に支持が集まる。ましてや近衛のようなオポチュニストの下では尚更だろう。一般に戦争への道を主導したのは陸軍であるというが、トップの責任は重い。
それにしても、常備15個師団しか持たない日本が北京や南京を占領したとて、何ができるというのか。二年後からの第二次世界大戦では、ドイツ軍は戦車と飛行機で重武装し、欧州を席巻した。歩兵てわ勝る日本軍は一つ一つ都市を占領していくが、蒋介石も一つ一つの拠点で頑強に抵抗する。

2016/02/29 23:02

投稿元:ブクログ

一冊目に引き続き、きわめてわかりやすい。
こんなにも頁を繰るペースが速くなったのは久方ぶり。

日中戦争は泥沼化せざるをえなかったけれども、
それは後世に身を置くからこそ、わかること。
しかしながら、当時においても、
反対論者がおり、
それが満州事変の首謀者、石原莞爾だったことに驚いた。

2015/02/05 16:51

投稿元:ブクログ

満州事変から始まる所謂15年戦争の過程を日本陸軍から検証するシリーズの第2弾。
川田氏の著作は何冊か読んでいるが、共通項として丁寧に組織だけでなく各個人の考え方、そこから繋がっていく決定プロセスも説明してくれるので非常にわかりやすい。
今作も永田vs小畑にはじまり、永田vs石原、石原vs武藤といった陸軍中枢部の戦略論による政策の決定過程は一読に値する。
一般的に陸軍は戦略論がなく、強硬論の行き当たりばったりという見方をされがちであるが、本書を読む限り、それぞれにそれ相応の説得力がある。結果として見込みが外れ、複雑怪奇な国際情勢に引きずられ最悪の結末を迎えることになるが、結果論から逆算した見方とは違う、決定プロセスに対する視座は大事にしたい。

2015/07/08 16:06

投稿元:ブクログ

【所在・貸出状況を見る】
http://sistlb.sist.ac.jp/mylimedio/search/search.do?target=local&mode=comp&category-book=all&category-mgz=all&materialid=11401392

2015/01/04 20:10

投稿元:ブクログ

今回は皇道派と統制派、石原莞爾と武藤章との対立が書かれていた。満州国建設後ソ連と中国の対応を巡って派閥争いが陸軍内で始まったことが描かれている。中国の資源獲得のため領地を獲得しようともくろんでいた石原は中国での抗日戦線の激化と国際情勢の変化で内蒙古の分離独立工作を断念したのに対し、永田の意思を継ぐ武藤が拒む。かつて、中央政府に反旗を翻した仲間同士が対立し、どんどんと過激な戦線拡大派が声を大きくして日本を泥沼の戦争に誘ったことが分かる一冊。

2015/01/22 02:22

投稿元:ブクログ

日本はなぜ、あのような無謀な戦争に突入していったのか?
日本を破滅へと引きずり込んでいった「昭和陸軍」を主導した人物たちにスポットを当て、破滅への道を辿る・・・
全3巻の第2巻、日中戦争・・・
満州事変から泥沼の日中全面戦争へ・・・

「日中戦争は、その発端においては、陸軍内の政策対立に起因するもので、武藤らが、石原の政策的指導権を破砕しようとしたことが重要な動因になっていた。
武藤ら拡大派も、事件当初は、中国の植民地化や領土分割を企図したというより、華北分離(華北の勢力圏化)を実現し、それを国民政府に、認めさせようとするものだった。
だが、中国側抵抗力への過小評価と、石原に対抗しその対中政策を打破しようとしたことが、当初の華北分離の意図を超えて事態を拡大させ、戦争目的を広げていったといえる。」

第2巻はこの泥沼に嵌って行く経緯を辿る・・・

次期世界大戦は不可避であり、総力戦体制を整えるため、大陸の軍需資源を確保するべく満州事変を起こし、満州国建国を一気に推し進めた陸軍の中堅幕僚グループ、一夕会の面々・・・
満州事変が一応の終息迎えた塘沽停戦協定後、その一夕会が分裂、皇道派と統制派に分かれ対立が生じる・・・
天皇親政を志向し、とりあえず対ソ防衛が第一(短期戦)、中国とは提携、欧米列強とも協調という荒木貞夫、真崎甚三郎、小畑敏四郎がリードする皇道派・・・
対ソ戦は国運を賭けての長期の総力戦になるとの認識であり、総力戦に備えるため、資源を確保するべく中国、そして欧米にも強気のスタンスで臨む永田鉄山がリードする統制派・・・
政策の違いや陸軍の主導権争いが相まって皇道派と統制派の対立が激化していく・・・
その対立の最中、皇道派を追い詰めていった永田が皇道派の相沢三郎に斬殺されちゃう・・・
永田斬殺の翌年、隊付青年将校国家改造グループの一部がクーデターによる国家改造を企図し、武装蜂起するも失敗(2・26事件)・・・
事件後、彼らと繋がりのあった皇道派と、それと抱き合わせる形で宇垣派の主要な人物が陸軍から追放される・・・
皇道派と宇垣派の一掃を推し進めたのは永田直系で永田から強い影響を受けた統制派中核人物の武藤章・・・
以後陸軍省では武藤章が、参謀本部では満州事変の首謀者の石原莞爾が、強い影響力を持つことになる・・・
そして、その2人を中心とする陸軍の圧力によって、広田弘毅内閣下で軍部大臣現役武官制が復活し、陸軍の政治的発言力が急速に増大していく・・・

さて、陸軍中央を主導していく石原の構想は・・・
ソ連の極東軍に対して、日本軍の戦力が大幅に劣後しているので、まずは対ソ戦備の充実こそが急務・・・
対ソ戦力の充実をもってソ連の極東攻勢を断念させ、背後の安全を固め・・・
その後に、イギリスの東亜(東アジア、東南アジア)における根拠地(中国、マレーシア、シンガポール)を奪取し、その勢力を駆逐・・・
東亜を、イギリスだけではなく、フランスやオランダなどの植民地状態から独立させ・・・
東亜への白人の圧迫を排除し、東亜の���護指導者たる地位を確立し、東亜諸国を指導し、持論であるアメリカとの大決勝戦(日米世界最終戦争)に備える、というものであった・・・
で、急務である対ソ戦備の充実のため、五ヵ年計画を策定し、実行へ移していく・・・
工業生産力拡充のため、5年間は不戦方針、絶対平和維持の方針を打ち出す・・・
このために、そして後に東亜の保護指導者たるの地位を確立するために日中親善が不可欠であるとし、対立関係を調整するとして、従来の華北分離政策を中止する方針を打ち出す・・・
しかし・・・
その華北分離政策は・・・
斬殺された永田の遺志であり、その遺志を継いだ武藤が起案したものだった・・・
なもんで、武藤は上司である石原の方針に反発し、対立していくことになる・・・
また、石原はいずれ勃発するであろう欧州の大戦には日本は不介入、とのスタンスだったが・・・
一方で、永田はかつて日本は次期大戦に不可避で巻き込まれていくと予測し、そのために国家総動員体制を築くべく諸々手を打ってきたのであり、石原と永田のスタンスの相違が、永田の跡を継ぐ武藤との対立に影を落とすことになっていく・・・
そして!
この対立が!
1937年の盧溝橋事件の時に爆発する!

盧溝橋付近で日中両軍の間で小規模な衝突が起こるわけだけど・・・
事件への対応を巡り、陸軍中央で激しい対立が巻き起こる・・・
石原は事態を拡大すれば全面戦争に突入し、長期の持久戦になる危険が大きく、そうすると自身の戦略構想が崩壊する。また長期戦になりソ連が出てきたらもうお手上げ、との判断から事態不拡大の方針を示す・・・
対する武藤や陸士同期で同じく統制派の田中新一などは、蒋介石ら国民政府に一撃を加えて屈服させ、従来からの政策だった華北分離を実現させようと、事態拡大を強硬に主張した・・・
この対立に、陸軍中央の多くの幕僚は武藤ら事態拡大派を支持・・・
彼らは華北の権益放棄という石原の方針に不満で、石原ら不拡大派は少数派でジリジリと拡大派に押され、なし崩し的に事態が拡大していく・・・
日本軍の華北での総攻撃を受け、ここに至っては、と蒋介石も徹底抗戦を宣言・・・
戦線は華北から上海(超激戦)、そして南京、徐州と、ジワジワとどこまでも拡大していく・・・
その間、北支那方面軍は河北省だけでなく、山西省や山東省へ、関東軍も察哈爾省、綏遠省、山西省に進撃・・・
華北だけでなく、ズルズルと全面戦争へとなっていった・・・
現地軍を指導しなければならない陸軍中央で、意見が激しく対立して、統一した戦争指導ができなかったことが現地軍の独走を許すことになってしまう・・・
武藤らの強硬姿勢の背景は、欧州情勢が逼迫してきたことから、早急に石原の華北分離工作の中止や華北の権益放棄の方針を打破し、永田以来の構想である華北の資源と権益を確保しようというのが主な要因だった、と著者・・・
そして石原は部下である武藤、そして田中ら拡大派との抗争に敗れ、陸軍中央を去る・・・
以後は拡大派の武藤、田中を中心に東条英機、冨永恭次が統制派の主流になり、陸軍をリードしていくことになる・・・

ちなみに・・・
��イツのトラウトマンを仲介とする和平工作が行われたりもしたが・・・
この和平工作の頃はイメージと逆で、いつもは統帥権の独立を盾に強硬派の参謀本部が慎重で、いつもは慎重とされる内閣や陸軍省の方が強硬派であったそうな・・・
結局、そのトラウトマン工作は打ち切られ・・・
首都南京が落ちても、国民政府は重慶に移り、中国軍は決戦を避けながら戦争を継続・・・
戦線も延び切り、広大な中国を制圧するには兵力が絶対的に足りず・・・
日本軍の統治は都市や鉄道や主要道路など、点や線の支配に留まり、面として制することはできない状況が続き・・・
軍事的にも政治的にも日中戦争解決の見通しが立たなくなっていった・・・
そしてさらに、近衛内閣の東亜新秩序声明や天津英仏租界封鎖問題などを通じて、いよいよ英米との対立が深まっていくことになる・・・

と、2巻の流れはこんな感じ・・・
自分のまとめ用に書いてたらこんな長くなっちゃった・・・
このシリーズは本当に学べますね・・・
この巻に書いてある日中戦争は、泥沼にハマっていく感が凄くて、読んでいて気が重くなった・・・
前巻では、永田と石原の次期大戦への認識や構想の違いが書かれていたが、永田のそれが武藤に受け継がれ、石原との対立を引き起こし、ひいてはそれが・・・
それこそが日中戦争を拡大させていく隠れた主因であった、というのが著者の主張・・・
そして、満州事変の時に中央を引っ掻き回した強硬派だった石原が、盧溝橋の時には不拡大派で、今度は部下で拡大派の武藤に強引に押し切られるこの、何ともいえない皮肉感たるや・・・
嗚呼・・・

その時その時の強硬派に引っ張られて、なし崩し的にズルズルズルズルと深みに引き摺り込まれていく・・・
満州事変この方、太平洋戦争敗戦までこのパターンで行く感じですね・・・
日本の悪しきパターンなんでしょうか?
仮に強硬派の(そう呼べる代物だったのか分かりませんが)戦略が合っているならまだまだまだしも、見通しが甘甘で、戦略が間違っていた時の悲惨さがコレか、と嘆かわしいですね・・・
あまりにも犠牲が大きすぎましたね・・・
肝に銘じておきませんと・・・
ね・・・

今回も読み応えバッチシで、非常に参考になりました・・・
さて、次はいよいよ太平洋戦争の巻・・・
夏が待ち遠しいです・・・

2015/02/07 12:21

投稿元:ブクログ

「2」は226事件から盧溝橋〜日中戦争までを検証。
日中戦争は「振り返ってみれば」の呼称で、当時は事変でしかなかった。何せ宣戦布告していないわけだから。
ホントに「それはないだろう」としか言いようのない展開
なんだけど、それ以上に議会も国民も、この展開を支持しちゃっていたのが辛いところ。
そして陸軍内で歴代繰り返される愚行の作戦。「人は同じ過ちを繰り返す」。それも世代を超えてだ。
「3」の刊行を待ちたい。

2015/03/23 16:12

投稿元:ブクログ

なぜ日中戦争は止められなかったのか?という疑問に、一つの回答を提示しています。

永田鉄山暗殺後に統制派を率いた武藤章と、自らの世界最終戦論を前提に陸軍を動かそうとする石原莞爾らの動きがつぶさに分かります。
日中戦争が拡大した要因の一つに、拡大派の武藤と不拡大派の石原の派閥争いがあったというのは驚き、そして飽きれました。
また、随所で戦線拡大を止められる機会があったにも関わらず、その全てが武藤に限らず、現地軍や政府関係者らによって芽が潰されていったようです。

本書で扱われているのは1933年(昭和8)から1940年ごろまでというわずか7年間ではありますが、この短くも濃い歴史の動きから学ぶべきことは多いように感じます。

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