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紙の本

西欧を相対視させる習俗を持つ島で見つけた本は無限の挿入、改変が積み重ねられた「一冊の本」だった。

2015/01/05 16:07

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

世界をその中に収めた「一冊の本」という概念は、マラルメに限らず、すべての読書人にとって見果てぬ夢なのだろう。ここにもその夢にとり憑かれた一人の作家がいた。その本を見つけたのは、ある島を訪れた折のこと。北回帰線上の大西洋にあるカーボベルデとカナリア諸島の間に位置している、という。

もちろん架空の島である。だが、本書の半分はその島についての報告書といった体裁をとっている。その奇妙な本が存在するに相応しい島の紹介が、本書の約半分を占めているのだ。島民の奇異とも思える暮らしぶりは、単に珍奇な習俗としてではなく、ヨーロッパ的な論理や思考を相対視させるものとして、『ガリヴァー旅行記』や、レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』を想起させる。

征服者たちがデルタ地帯に開いた碁盤上の「下の町」を見下ろしながら、崖を流れ落ちる水を壁代わりにし、岩棚に造られた、言わば垂直のヴェネツィアである「上の町」に住み、固有名を持たず、家族や夫婦といった固定的な関係を持とうとしない島民の在り方は、ヨーロッパ人に対する、アンチテーゼとして読める。流れる水の壁に映る光や、その音を日がな一日愉しんで倦むことを知らない島民は、西欧の対極に当たるものとして、日本人に喩えられもするが、そこに美的なものを求めない点で異なるとされる。

沁みに名前をつけ、そのアモルファスな形状を愛するところや、腐敗に近いところまで熟成させた食物を好む点など、モノとモノとの間に境界線を引き、分離し、整理する西欧的な論理と相容れない、オリエンタルなユートピアを想像させるが、語り手はそこにユートピアめいたものを見出してはいないし、オリエンタリズム的な歪んだ飾り立ても廃している。あくまでも、非西欧的な習俗を持つ島としての意味しか持たせてはいない。

レポレロと呼ばれる蛇腹式の本は、挿入や削除が自由で、付箋が貼られたり、ポケットが設けられたり、というもの。今なら容易に想像できるようにリンクにリンクが張り重ねられたハイパーテクストのようなものだ。もっとも、島の本はアナログそのもので、水に晒されれば文字は消えてしまう。しかもそれは一向に構わない。また新しい文が書かれ、別の本が成立するだけのことなのだ。

さて、残りの半分は、その本に書かれていた物語の紹介になる。帯の惹句に「千夜一夜物語は完璧にアップデートされた。ボルヘスが冥土で悔しがっている」とあるように、今はプラハで暮らす語り手の記憶に残る物語が入れ子状に披露される。たとえば、仲のよかった二人の王が一人の女を同時に愛したために起きる惨酷な悲劇が、幾重にも折りたたまれた物語の層をつくり、フラクタルな図像やエッシャーの絵を思わせる無限回廊にも似たタピスリーを織り上げてゆく。

語り手は物語の続きを語ることを何度も中断し、別の物語を挿入して脱線を繰り返す。最後には、冒頭だけを提示し、後は読者が自分で続けるように勧める。誰の中にも物語りは秘められている。それを語りださなければ自分について知ることはできない、というのが語り手の持つ強迫観念なのだ。

前半の文化人類学者の紀行文的考察、後半の目くるめく異郷の物語群。どちらを好むかは読者の資質に寄るだろう。ただ、後半の物語、面白さは保証するが、鏡や迷宮のモチーフは重用されるものの、ボルヘスを引き合いに出すほどのものではない。既存の物語の意匠やモチーフを換骨奪胎し、アレンジして見せたまで、というよりも、作り話とは常にそういうものだったではないか。評者などは前半のかつて滞在した島の奇特な風習を淡々と語るその口調にむしろ好感を抱くものである。

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2014/12/06 13:07

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2014/12/13 22:56

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2014/11/28 20:40

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2016/03/13 20:06

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