サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

送料無料(~2/28)

【HB】お店とネット利用で最大200ポイントプレゼントキャンペーン(~3/31)

hontoレビュー

日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族

日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族 みんなのレビュー

予約購入について
  • 「予約購入する」をクリックすると予約が完了します。
  • ご予約いただいた商品は発売日にダウンロード可能となります。
  • ご購入金額は、発売日にお客様のクレジットカードにご請求されます。
  • 商品の発売日は変更となる可能性がございますので、予めご了承ください。

みんなのレビュー10件

みんなの評価4.1

評価内訳

  • 星 5 (3件)
  • 星 4 (2件)
  • 星 3 (3件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)
10 件中 1 件~ 10 件を表示

紙の本

裏ぎる国家

2015/10/27 17:01

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:pandak - この投稿者のレビュー一覧を見る

陸軍中野学校(現在の東大海洋研究所などの所在地にあった戦前のスパイ養成機関)を卒業、中国戦線に投入され、戦後も中国人を偽装して任務に従事した元兵士が祖国から受けた仕打ち…やはり国家は個人を裏切る!ナショナリズムの根底にはラテン語のナシオNacioが含意され、もともとは「向こう三軒両隣」程度の、つまりパトリオティズムとほぼ同じような意味であったのだが…日本においてそれは「クニ」と呼ばれたムラ的共同体(おくに言葉、などに残る)が一足飛びに近代国家に化粧直ししたことから始まるといっていい。その国と制度がいかに個人を抹殺するのか、そのひとつの典型が本書にあますことなく開陳されている。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

2015/08/12 11:53

投稿元:ブクログ

真相は闇の中で,日の丸に忠誠を誓った義治氏は戦後の諜報活動を語ろうとしないから戸惑う。百歳前に死んじゃった~大4(1915)島根県太田市に生まれる。昭7(1932)旧制中学を中退・大阪伊藤岩商店勤務。昭12(1937)応召,歩兵一等兵として中国大陸へ。昭14(1939)憲兵志願試験合格。昭15(1940)明治勲章勲八等。伍長勤務上等兵になり,済南赴任。参謀本部直属として諜報謀略工作への従事開始。昭17(1942)陳綺霞と謀略結婚。昭18(1943)勲七等瑞宝章。中野の陸軍憲兵学校6月,憲兵曹長。昭20(1945)敗戦。任務続行の命令を受け,中国上海での潜伏開始。昭33(1958)中国公安により逮捕され,上海市第一看守所に投獄される。このとき,妻31歳,長男12歳,次男10歳,三男6歳,長女0歳。昭49(1974)無期懲役判決で上海市監獄に移監。家族と16年振りに面会。昭53(1978)日中平和友好条約締結で特赦。11月5人の家族と大阪空港に帰還,島根に暮らす。昭54(1979)重婚罪で告訴されるが無罪。昭55(1980)拘禁の後遺症で身体障害者五級第二種認定。昭59(1984)テレビ朝日水曜スペシャル『日本100大出来事』で歴史の真相を公表。平17(2005)重度身体障害者になり広島の病院に転院。平成26(2014)99歳,寝たきりの生活~拘禁中に背骨を折っても治療してもらえず,自分で直すが,寒さに震える中で,歯だけが伸びて鬼のような形相となったため,4回に分けて29本の歯をすべて抜かれた。妻も太田で水汲み中に転び,脊椎骨折している。日本の名誉のために,戦後の諜報活動は認めず,その後も語ることはなかったが,上官の証言で,任務継続を命じられたのは間違いなく,平成9(1997)年8月に上海で発行された「上海灘」という雑誌に「一個長期潜伏上海的日本間諜」という記事が載り,サブタイトルに「軍国主義処心積慮,隠身中華伺機還魂」とあって,著者は刑務官だ。日中貿易が活発化していく中で,元軍人が貿易商として上海に来て,接触を持ったため逮捕した…とある。ふーむ,戦後の諜報活動を継続していたのか…?判断が付かない。文化大革命の影響を受けて,酷い扱いを受けたことは間違いなく,友好条約締結で帰国できたことも間違いない。帰ってくると母親には軍人恩給が支給されていて,その一方で年金を払っている。本人が軍歴を申告しなければならないのに…身内が架空の軍歴を申告したのだろう。身内って誰なの?この部分が一番の疑問。もっと貰えるはずなのに,中国に亡命したものと役人からは見倣されている。政治家や同期生は一生懸命やってくれているけど,役人は頭が固くて駄目,政治決着を望んだが,その政治家が病気になって頓挫。そこいら辺に違和感を感じるんだよね。この次男の書き方も,白髪三千丈的な世界で,中国人的な発想が垣間見られ,その一方で祖国に馴染みたい気持ちもあり,ま,複雑だっていうのはよく解るよね。読むのに一週間かかりました。この次男は私より8歳年上。義治さん,百歳!!なんと丈夫なことだろうか?頑強な精神力? ずっと,「ふかや」って読んでたけど,実は「ふかたに」

2015/08/03 05:11

投稿元:ブクログ

日中戦争中、スパイとして活動していた日本軍人深谷義治の半生を彼の次男、深谷敏雄が記したノンフィクション。

深谷義治のスパイ活動は日本敗戦後も命ぜられたが、彼は中国で逮捕されてもそのことを決して自白しなかった。結果、彼には厳しい拷問がかけられ、片眼の失明、肺の3分の2を失い、すべての歯を抜き取られる。さらに、残された彼の家族は長男も収監され、極貧の生活を強いられる。

やがて日中平和友好条約締結により、深谷義治は釈放され、多くの日本人応援者の援助により家族で日本へ移住するが、それでハッピーエンドにはならない。

深谷義治以外の家族には見知らぬ土地で、頼りになるべき軍人年金が満足にもらえないことが判明。著者を含めた子どもたちは言葉もわからない国で肉体労働に従事し、自分の生活と両親の介護を両立させる。そんな苦しい生活の中、不自由な日本語で本書を完成させた次男、深谷敏雄の執念は父親譲りだ。

本書を読むと、深谷義治一族の団結心とそれを応援する日本人たちの無償愛に心打たれる。しかし、理不尽な日中両国の対応に怒ることも忘れちゃならない。

2015/06/29 08:41

投稿元:ブクログ

日本国がポツダム宣言を受諾し、無条件降伏を決めた後も、軍務のため情報収集を続けたとされる、元憲兵曹長深谷義治氏。
深谷氏は、偽装を完璧にするため、現地で中国人女性と結婚し、子どもを儲ける。
昭和33年6月、彼はスパイとして中国当局に囚われ、爾来昭和53年日中平和友好条約締結後に解放され、帰国するまで、中国政府のによって鬼畜のような扱いを受け続けた。
また、同時に、彼のが中国で得た家族も、同様に鬼の子として虐げ続けられた。
本書は、その記録。
軍務として、中国に残留したが、国交の断絶したなか、単身で残った憲兵に成果を上げられることはなかった。ただ、祖国のため戦った。
深谷氏に、そしてその家族に、国は、国民は、彼らの苦労を労い、正当な報酬を持って報いることができたのだろうか?
まず、この事実を知り、考えることから始めるべきなのだろう。それが、はじめなのだと思う。
また、同時に彼の過ごした壮絶な日々は、現代中国の国民が抱え込んでいる暗闇を、一部垣間見させてくれる。
プロレタリアートの国として成立したはずの中国。
しかし、実態は一部の特権階級、金満階級と多くの虐げれた人々で構成されているのではないだろうか?
そして、多くの虐げられた人々、民族のうち、反抗の声を上げるものは、深谷氏と同じような境遇に置かれ続けているのではないだろうか?彼らには、国交正常化による御社はない。

2015/02/19 11:16

投稿元:ブクログ

リアル・ジョーカーゲームかつアフター・ジョーカーゲーム。

表4ににこやかに笑った女性の写真が載っている。
この写真から数年後に夫は逮捕され、女性は4人の子供を抱えて、困窮、差別、迫害に晒されることになる。読んでいる間、何度かこの写真を見返し居たたまれない気持ちになった。

途中、文化大革命期の様子が描かれている。この辺はもう少し詳しく知りたくなった。

2015/08/30 21:07

投稿元:ブクログ

夢中で読み終えましたが衝撃でした。
終戦になってからも、上官から「任務続行」の命を受け、中国上海に潜伏して諜報活動をしていた深谷義治さん、その時30歳。
それ以前に中国人女性と策略結婚されています。
動機は策略だったとはいえ、3男、1女をもうけ、やがて信頼や絆がうまれ、幸せな家族として暮らしてきましたが、やがて身許が明かされ中国公安当局により身柄を拘束されるや、日中平和友好条約の締結による特赦を受けるまで、20年あまり投獄されていました。
と簡単に書きましたが20年です・・・
生まれたての赤ちゃんなら成人しています。深谷さんが拘束された時、下の御嬢さんはまさに0歳だったのです。
そして投獄されていた間に受けた拷問や虐待、細かくは書かれていませんが想像を絶するものだったようです。
その間にも深刻な結核に罹ったり、脊椎を骨折したり、何度も生死の境をさまよいながらも、家族のもとに帰りたい一心で耐えてこられました。
でももっと簡単に返してもらえる方法があったのです。
「戦後も中国で諜報活動をしていた」この事実を認めさえすれば釈放されたのです。
けれど深谷さんは頑として認めませんでした。
「私は国に命を捧げてきた軍人であり、死んでも日本国に対して不名誉なことをかぶせてはならぬ」という一心からでした。
そして釈放が認められ、ようやく帰国を果たされ、こんな思いで日本の名誉を守ってきた深谷さんに日本の対応は結構冷たいのです。
帰国に関しては、外務省や地元島根の皆さんの尽力のおかげで、大歓迎を受けての帰国でしたが、それからの生活が成り立たないのです。
長い投獄生活で心身ともにボロボロの深谷さんと、言葉の壁に阻まれた奥さんと子供たちがまず生活するには大変でした。
頼りになる軍人恩給が正当に出ないのです。
深谷さんは、戦線離脱者として扱われていたのです。
せっかく苦労してやっと帰ってきたのに、まだ安らかに暮らすことのできない理不尽さに家族は打ち萎れるのです。この問題は今現在もまだ解決されていないようです。
最後にお孫さん(著者の娘さん)の文章が掲載されていますが、こんな立派なお孫さんができたこと、こんな風に父親や祖父母のことを思ってくれていること、それだけで深谷さん一家がいままでされてきたご苦労が報われる思いです。
今年は戦後70年の節目の年ですがまだまだ戦禍は終わっていないと、思い知らされた1冊です。

2015/12/17 21:55

投稿元:ブクログ

2015-136
戦後も日本のスパイとして活動し、中国に20年もの間拘束され虐待されてきた深谷義治氏とその家族の話。
こんな悲惨なことが本当に起きていたなんて。
国に対しての忠誠心はすごいけど、犠牲になった家族は可哀想。
国より家族のほうが大事やんかと言える世の中になったことに感謝。

2015/04/17 13:20

投稿元:ブクログ

国家への忠誠,上官の命令への絶対服従。なぜ,自身と家族を犠牲にしてまで守り通さなければならなかったのか,現在の平和な日本に生きている多くの日本人には理解不能であろう。しかし,この様な人の犠牲があって今日の日本があることを理解すべきだろう。

*推薦者(図)T.T.
*所蔵情報
https://opac.lib.utsunomiya-u.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB00371256&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB

2015/04/13 22:19

投稿元:ブクログ

2015.4.13ー23
日本とは、日本人の心とは。これからの日本を担う若い人に読み考えて貰いたい重い内容。
けれど、今の日本には自分の人生と家族を犠牲にして守る価値があるのか。まずは安倍首相に読んで頂きたいものである。

2015/11/28 19:48

投稿元:ブクログ

あの戦争とそれから続く日中国交回復までの間にこのような凄惨な仕打ちを受けていた日本人がいたとは。国家は国民のためにとかいいながら、いざとなると弊履のように棄てて恥じないのか。我々の心にも問いかける力作。

10 件中 1 件~ 10 件を表示