サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

新規:5周年記念!最大5倍ポイントキャンペーン(0428-0531)

5/10 【HB】丸善 丸の内本店×hontoブックツリーが贈る あの著者が選ぶ『テーマで読む5冊』第3弾(~6/14)

hontoレビュー

松田聖子と中森明菜 一九八〇年代の革命 増補版(朝日文庫)

松田聖子と中森明菜 一九八〇年代の革命 増補版 みんなのレビュー

文庫

予約購入について
  • 「予約購入する」をクリックすると予約が完了します。
  • ご予約いただいた商品は発売日にダウンロード可能となります。
  • ご購入金額は、発売日にお客様のクレジットカードにご請求されます。
  • 商品の発売日は変更となる可能性がございますので、予めご了承ください。

みんなのレビュー3件

みんなの評価4.0

評価内訳

  • 星 5 (0件)
  • 星 4 (2件)
  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)
3 件中 1 件~ 3 件を表示

2015/01/13 22:53

投稿元:ブクログ

山口百恵の引退に始まって松田聖子と中森明菜を中心に蠢いた80年代のアイドル界がデータとともに浮かび上がる好著。

特に興味を惹かれたのは、作詞家・作曲家と歌い手との関係。網の目のように縦横する両者間の繋がりが面白く、彼らと歌い手とのせめぎ合いが数々の名曲を生んだと感じる。

時代分析に納得できるものはある程度あるが、甘い幸福を歌う聖子、不幸を歌う明菜というような切り口は、はたして妥当であるかどうかは疑問がつく。孤独と幸福、個人と社会のような紋切り型の用語を使えば、それだけ分析も限定されてしまう。あるいは、多用される革命だとか思想というような言葉は不必要な表現であり、どうにも古くさい。

著者の思考領域が、戦後民主主義ー新左翼ーポストモダンーニューアカの流れの枠内にとどまっているのは明らか。そこを超えた批評を読みたいが、まだ80年代論は早すぎるのだろうか。

2015/01/25 19:47

投稿元:ブクログ

1980年代の代表的なアイドル。松田聖子と中森明菜。80年代というのは、意味のない軽い印象の時代のように思われるが、今になっても口ずさむのは80年代の歌だ。自分もその時代のアイドルたちと同世代だからかもしれないが、わたしのなかでもきらめいているんだなぁ。青春時代、そこにはやっぱり歌があり、歌手がいる。必死で生きている歌い手がいる。時代をつくった歌い手がいてこその私の青春。ワタシは明菜派でしたけど、今になって、明菜も聖子もなかなかいいよね、と聞きかえしている。松田聖子と中森明菜。時代をつくった二人なのだとつくづく感慨深い。と言っていて、ワタシはもともと百恵派なんですけどね。

2017/04/11 16:19

投稿元:ブクログ

集英社新書から刊行された本の増補版です。山口百恵に関する記述は、著者のもう一つの著作である『山口百恵―赤と青とイミテーション・ゴールドと』(朝日文庫)に取り込まれたためにカットされるとともに、集英社新書版では書かれなかった1986年から1989年までの記事が書き足されています。

「消費による革命」のメタファーを散りばめながら、松田聖子と中森明菜という2人のアイドルが競い合った時代を、編年体の形式で叙述しています。

どちらかと言うと松田聖子の方に重点が置かれていますが、資料の多寡という要因もさることながら、やはり現在に至るまでの芸能史・サブカルチャー史の大きな水脈を作り出したのは松田聖子だったという理由によるのではないかという気がします。中森明菜の才能は多くの人が認めるでしょうが、彼女を中心に「時代の潮流」を描くことは難しいように思います。

そういえば以前、マツコ・デラックスが「聖子のすごさは大人になってから分かる」と発言していましたが、それは歳を重ねたからというよりも、現在の視点から芸能史・サブカルチャー史の大きな流れの中で、松田聖子が立っていた場所を見ることができるからだと言った方が正しいのかもしれません。

また本書が採用している編年体の形式も、2人のアイドルの戦っていた場所に肉薄することに成功しているように感じました。

ところで、当時の状況を知らないので判断できないのですが、中森明菜の「ツッパリ系」の楽曲を、山口百恵のイメージと重ね合わせるというのは一般的な見方だったのでしょうか。先日NHK-FMの『トーキングウィズ松尾堂』に出演していた速水健朗が、両者の差異を際立たせるような仕方で中森明菜に言及していて、その解釈が腑に落ちたので、ちょっと気になりました。

3 件中 1 件~ 3 件を表示