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足利直義 兄尊氏との対立と理想国家構想(角川選書)

足利直義 兄尊氏との対立と理想国家構想 みんなのレビュー

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みんなのレビュー3件

みんなの評価4.0

評価内訳

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3 件中 1 件~ 3 件を表示

2015/03/31 00:18

投稿元:ブクログ

著者によると近年、足利直義が再脚光を浴びているという。
足利直義は、南北朝時代に兄・尊氏の代行者として室町幕府の執政となり、後に観応の擾乱の当事者として南北朝動乱の一翼を担った人物であるが、かつて中世史の泰斗・佐藤進一は尊氏・直義兄弟の幕府内権力の分掌形態の分析から、兄・尊氏は主従制的支配権を、弟・直義は統治権的支配権を担ったという有名な将軍権力の二重構造を提唱したことでも知られている。
本書において著者は、そうした政治構造や武将であり政治家であった足利直義という従来の人物像のみならず、近年の研究史動向を十分に取り入れ、直義の政治思想や精神面、それに権力分掌の実態に肉薄しようとする試みを行っている。
著者が精力的に収集していると思われる足利直義関係の古文書より網羅的に検討される直義権力の実際については、歴史学の手法を縦横に駆使し、興味深い結論を導き出していると思われる。特に、直義の地位や置かれた状況の変化に伴う花押の形や位置の変遷や、鎌倉幕府的な指向を思わせる下知状形式の文書群、そして二頭政治期において政策や宗教対策、本領安堵までの文書発給の実績はみられるものの新恩給与や守護補任権がみられないなど、直義執政下の権限範囲の実態についての論述はなかなか興味深かった。いかにも秩序と体制を重視する直義ならではの政治体系ではあるが、新たな利権の給与が統治権外であったことは、現状維持派が直義党として集結する契機ともなったが、また動乱の時代としての大きな制約であり限界であったことも思わせる。
反面、政治思想や精神面の分析については、勅撰和歌集などに掲載された和歌や夢窓疎石との関係性、安国寺・利生塔設置に体現した政治的・宗教的思惑など、従来見られなかった切り口での分析は大いに評価できるものの、歴史学的分析の範疇に踏みとどまり、その周辺をなぞった感が否めないようにも思われた。(ある意味、当然のことでもあるので、レビューとしては少し辛い見方です)

かつて、小中高の日本史の教科書には必ずといってよいほど掲載されてお馴染みだった神護寺所蔵の伝「源頼朝」像は、いまは実は「足利直義」像であるという有力な説が提示されている。二頭政治期の執政としてその姿はとても知力と気力がみなぎり自信と責任感に溢れているかのようである。同じく同所の伝「平重盛」像も、これも実は「足利尊氏」像ということになっていて、尊氏・直義の二頭政治の象徴として納められたということであるが、尊氏像の方は一見すると間の抜けたような面構えで描かれていて(笑)、凛々しい姿の「足利直義」と対比させているかのようでもある。直義絶頂期にふさわしい自信にあふれた直義の姿だといえる。

怜悧で理知的でありながら、民心の安寧につながらない自らの政治のあり様に苦悩する責任感の強かった直義が、壮年に到り初めて授かった男児・如意王の誕生とともに自らの権力を我が子へ伝えたいと考えた時、それは野望となって観応の擾乱の引き金を引くことになる。しかし、兄・尊氏にいったん勝利するも、よりにもよって期待をかけた愛児・如意王がその直後6歳で亡くなってしまい、直義はかつての面影が���い抜け殻のようになってしまったとのことである。なかなか人間味を感じさせるこのような葛藤と波乱な人生は、足利直義という人物の魅力を大いに感じさせてくれるものである。

最後に本書でも再三取り上げられた、直義の生真面目な性格がわかる和歌を一首。
「しづかなるよはの寝覚に世中の 人のうれへをおもふくるしさ」(左兵衛督直義)

2015/03/18 12:44

投稿元:ブクログ

室町幕府を実質的に創業した足利直義。兄尊氏の信頼のもと、副将軍もしくは執権として権勢を振るった。尊氏は寛容の人ではあるが、直義は知性と内省の人。和歌で民を歌ったのが光厳上皇と直義だけ。統治者の自覚と苦悩がにじむ。また夢窓疎石との問答での厳しい質問や、天龍寺船派遣の決断と禅宗への傾倒、さらに夢窓疎石の密教を認める和臭の禅宗より本格的な中国の禅宗を求めたりと、学究肌の人でもあった。戦乱の世を仏教により人心を落ち着かせ、鎌倉幕府の継承と南北朝の統一を図る。40を過ぎ遅い実子を授かったことで、後継者問題から尊氏と対立。また武家社会の矛盾から観応の擾乱を引き起こす。だが戦陣の中で息子の病死に見舞われ、高師直たちには勝つが精彩を欠き、最期は尊氏に毒殺されたとも言われる。怨霊となって恐れられた反面、その真摯な統治者としての姿勢は同時代の人により後世に語り継がれた。

2016/04/22 23:20

投稿元:ブクログ

室町幕府初期の二頭政治体制とその崩壊を、尊氏・直義の’残した書簡から紐解くもの。
直義も「自分の子どもに自らの地位と権力を譲りたかった」のかなぁ。家が形成されていく時代だったとはいえ、後醍醐にしろ阿野廉子、尊氏もそうだった。
結局、歴史を動かす力ってそういうことなの。でも現代は何になるのだろう。今も変わらないのかな。

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