紙の本
人が操るはずの言語が人を操る世界を鋭く描いた幻想的SF短編集
2004/12/28 16:07
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投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
ジョージ・オーウェルの「1984年」を読んだとき、国家が言葉を恣意的に統御していくという発想に戦慄を覚えたことを強く記憶しています。英語のfreeという単語から「自由な」という意味を剥ぎ取って、「〜がない」という意味だけの存在へとねじ伏せるかのように転換し、全体国家の目的に言語を奉仕させるという展開が大変生々しく感じられたものです。
本書「言壷」も言語と人間との闘いをめぐる近未来小説連作集と呼べるものです。誰しも意思の疎通という日常の目的のために言語を自在に操っているという意識をもっているでしょう。しかし、この短編小説集を読むとそれが錯覚や誤解の類いでしかないという思いに駆られます。
巻頭を飾る短編「綺文」では、人間の自由な発想と豊かな想像の発露として現れる創作的言語活動を、ワーカムという人工知能が非論理的なものとして激しく拒絶するところから始まります。論理を志向する機械知と、想像の翼を大きく伸ばそうとする人智との間で、大きな世界の裂け目が現出するという、著者の雄大で独創的な発想が楽しめる一編です。
その他にもこの短編集で著者は、言語がいともたやすく人間を大きく欺くことのできる様子を提示してみせたり(「戯文」)、言語表現活動が草花のように育ったり枯れたりする物理現象として立ち現れる世界を描いてみせたり(「栽培文」)、聴覚や視覚ではなく嗅覚で認知する言語活動を発想してみせたり(「似負文」)します。
その奇怪な想像の世界に心地よく惑乱させられることができる短編集です。
この短編集が単行本として世に出たのは1994年。当時はまだインターネットの世界に手を触れる人は多くはなかったでしょうが、これだけのサイバー世界を既に描いてみせていた著者の眼力には脱帽しました。
紙の本
ワープロの進化形=「外部の脳」?
2002/02/05 19:10
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投稿者:FAT - この投稿者のレビュー一覧を見る
この連作短編集を紡ぐ縦糸は、うまい言葉が思いつかないが(こういう時、本書に出てくる「ワーカム」があれば助けてもらえるのだが)、言語を定着させる「メディア」というか「プラットフォーム」である。ワーカム、サイメディックス、ポッドなどなど、この連作短編集に登場する作家達が使う高機能創作支援システムは、人間の大脳よりも合目的的、論理的に作動する。徹底的に人間の創作活動の効率性・創作表現の合理性を追求し、人間の思考=言語操作を「制御」している。この装置はまるで、人間の新しい脳、つまり、大脳新皮質の更に外側にできた「脳」だ。大脳新皮質の活動を一段高い段階から制御している。
信原幸弘氏の『考える脳・考えない脳』では、ニューロンの興奮の変形パターンだけでは演繹的な思考(構文論的構造をもつ表象の操作)は生まれないという論が展開されていた。要は、演繹的思考のためには「紙と鉛筆」が必要だというのである。とすると、高機能創作支援システムというモノも、人間の思考にとって必ずしも奇異なモノではないはずで、実は「ワーカム」などなどの外部装置の力を借りるというのは、発展の方向性としては合っているのかも知れない。
とは言え、一部のワープロ・ソフトの補正機能にうざったい思いをした経験のある人も多いと思うが、本作に登場する「作家達」の大脳新皮質も、「外部脳」の桎梏にもどかしさを感じ焦っている。もしかしたら、大脳新皮質が進化により生じたとき、小脳や大脳旧皮質が、自己の欲望をコントロールしようとする大脳新皮質に対し、このような焦燥を感じていたのかも知れない。
そんな風に想像力が刺激される作本である、本作は。
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自分の中の何かが、ゆがんでいく感覚、ズレていく感じがタマリマセン。
この人の作品は、難しすぎて読めないこともあるけれど、これはなんとか読むことはできました。面白かったです。
言葉に対して、敏感でありたいですね。
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言語とは初めからこんな風だったのか。未来もずっとこんな風なのか。突き詰めていって、ここまで行ってしまうのが神林さんのすごいところ。
MsWordに文章を打つと、文章校正や誤変換修正が勝手に行われるけれども、これが洗練されていくと単語の組み合わせから小説を作り上げるソフトウェアへと至るのではないか。そういう不安をふと抱いたことのある人も無い人も、「言葉」の行き着いた先には静かな感動を覚えるはず。
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この本はワーカムという言語支援機が軸にある作品だと感じました。主人公は小説家です。
人間は本当に言葉を使っているのか不安になる内容でした。小説の書き方の説明書のようで、勉強になりました。
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[SF][novel]
「言葉と世界」は神林長平が一貫して扱ってきているテーマの一つだ。本作はまさにそれを扱った作品なんだけれど、あまりスリリングな体験はできなかった。
一つ一つのお話は悪くないと思うのだけれど、全体としてどこか物足りない印象が拭えない。
僕が短編より中・長編の方を好むだけなのかもしれないが、もう少し腰を落ち着けた作りの方が良かったと思う。
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神林の真骨頂の言葉とは何ぞやがテーマ。
神林節全開。
コミュニケーションに必要不可欠な言葉これにほころびができて世界がもにゃもにゃ…。
言葉が現実を認識する道具の一つである以上そこに何らかの異常が起きると現実が今とは少しずつ変わっていくみたいな。
相変わらず面白い視点を持っていると思う。
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。言葉についてのSFという面白いジャンルを扱った連作短編集。ワーカムという著作支援機械をネタにした「被援文」「戯文」は星5つ相当。他が退屈。ワーカムをネタにして、もっと書いて欲しい。
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借本。
読んでて気がついたけど、昔に読んだ事がある本でした。
にもかかわらず、再度楽しめるので、買いかな?
「ワーカム」の話をもっと読みたくなる。
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言葉が現実を規定しているのか?
現実が言葉を生み出しているのか?
言葉に関する不思議なストーリーが
脳を刺激する傑作です。
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最初の綺文が元になって、ワーカムを通して感じる作家たちのお話だと思いました。
没文とか栽培文、戯文が好きだなぁ…
ちょっとファンシーな感じがいいです。
栽培文の言葉ポットを見てみたい
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この本を読んだ後、似たような本が読みたくて、禁断症状になり、同じ作者の本を長らく探していましたが、見つけられませんでした。それくらい特徴的な本です。
本の形態が変わってしまい、本の執筆方法も今とは変わってしまった近未来を描いています。古代の紙形態の本を未来の老人が釣り上げて思う感想など、今読むとさらに楽しめると思います。
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言葉をテーマにした近未来ミステリー。
世界は言葉によって定義されており、その言葉によって無意識のうちに支配されているという恐怖を感じられる。
また、作中に登場するワーカムという創作支援システムの話は、検索の入力補助機能を想起させる。ワードの一部を入力すると候補が複数示され、そのうち一つを選択して検索するが、そもそもそれは本当に自分が調べたかったことなのか...。
強ち突拍子も無いストーリではないような気がしてくるところも面白かった。
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「言葉」をテーマにした短編集。
読んでから随分経つんで細かい内容は忘れちゃったけど、神林哲学が凝縮されてて衝撃を受けた記憶だけはくっきりと残ってる。
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神林さんの代表作とも言える本で、「言葉」についての6篇の物語を集めたものだ。すべての作品では共通してワーカムというワープロに高性能な入力支援機構のついたような道具がでてくる。ワーカムがあれば、小説を書くのも、こういった書評とかを書くのもとても楽になるという。
だが、僕もひとつ欲しいなって思ってもなかなか変えるものではないらしいのだ。それはワーカムが個々人にカスタマイズされていくため、なかなか現代のパソコンのように処理だけを切り売りするレンタルという形式を取れないため、相対的に高くなってしまうのだ。
さて本作の主題としては、言葉が先か人間(意思)が先かというものだ。言語の世界は、ワーカムが主に担うところとなる。まだ私は未読だがスティーブン ピンカーの『言語を生みだす本能』にも関連していそうで、いずれは読んでみたいなと思っている。
残念な点は、Amazonの書評にもあるが尻つぼみとなっていくところだ。最初の作品が一番面白く、徐々にそうでもなくなっていく。だけど、本書全体で見たらなかなかの出来で、やはり神林さんの代表作と言われるだけはあるのかなと思う次第だ。