紙の本
書物が武器であった時代
2000/09/13 16:47
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:馬丁酔語 - この投稿者のレビュー一覧を見る
舞台となるのは、イギリスでは清教徒(ピューリタン)革命の直後の時代、大陸では30年にわたる大宗教戦争が一応の終結を見たものの、カトリックとプロテスタントの対立がいまだに燠火(おきび)のように燻り、カトリック側の必死の巻き返しがなされる物情騒然たる時代である。そうした政治、宗教の勢力図が入り交じる17世紀中葉の世界で、一冊の書物をめぐってミステリが展開されるというのは、現代のわれわれには少しピンとこないかもしれない。こんな危機的状況の中で、どんなに貴重なものであったとしても、なぜたかが一冊の書物が問題になるのか。
そうした疑問をもちながらも、沈着な語り口に載せられて本書の物語を追っていくと、「たかが一冊の書物」などという思いこみが見事に氷解していく。思想・宗教・政治が混然となった世界であるからこそ、書物というものが、今日からすると考えられないほどの大きな力をもっていたということが、段々に実感されていくのだ。ルドルフ二世のプラハや薔薇十字運動、同時代に進行するコペルニクス、ガリレオの科学革命、ヘルメス主義の流行と衰退といった思想的な事件が、物語の中に大小の伏流として絡んでくる。こうしたイデオロギー戦争の時代にあっては、書物というのは大砲や弓矢に劣らないどころか、それらに勝る危険きわまりない武器であった。本書の冷静でもの静かな書きぶりは、そうした複雑な絡み合いを解き明かし、『迷宮としての世界』という一冊の書物の行方へと物語を収斂させていく。
宗教戦争や科学革命は、こうした政治的・宗教的大変動と連動した時代のうねりの中で初めて理解できるということを鮮やかに見せてくれるという点で、本書はきわめて思想的なミステリでもある。古書の探索という謎解きの進行そのもの以上に、さまざまな細部に注意が払われ、その記述は歴史書さながらである。世界の珍品・稀書を蒐集したルドルフ二世の宮廷が舞台の一つとなっていたり、入手した暗号を古書店主が職業上の知識を総動員して解読したりと、小説としての道具立てもなかなかに面白い。古書の探求を依頼してくる貴婦人の城も何やらポーの「アッシャー家」の城を髣髴とさせる。翻訳もそのような感覚をやや古風な文字遣いや言い回しで表現し、雰囲気を作って巧みである。
本書の読了後には、この時代をめぐる思想史的な書物がにわか読みたくなってくるのではあるまいか。直接にこの物語に関係するものとしては、エヴァンズ『魔術の帝国 ルドルフ二世のプラハ』(平凡社)、イエイツ『薔薇十字の覚醒』(工作舎)あたりが格好かもしれない。われわれの周囲にも、このような時代の複雑な襞を読み取る道具立てはすでに大分整ってきているのだ。
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緻密な設定の歴史ミステリ。本を巡る謎を追うというややこしい話で、17世紀のロンドンが主な舞台なのがうれしい。
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題名とあらすじに惹かれて買った小説。
なんにも情報を知らないで買った本だけど、個人的には、なかなか、いや、すげーツボ。
17世紀のイギリスが舞台。
俺の好きな三十年戦争と謎の本が絡んでくるだけでもたまらないのに、主人公は古本屋のオヤジ。
彼が、没落した貴族の未亡人から一冊の本の探求依頼を受けるところから始まる。
探せば探すほど謎は深まり、彼を狙うものまで現われた。
いったい、その本の正体は……?
て感じのあらすじ。暗号、禁書、陰謀、ヘルメス・トリスメギストス、そして羊皮紙。
たまらんねェ。再生羊皮紙なんてものがあるなんて、恥ずかしながら今まで知らなかった。
エーコに比べれば、その情報の密度は負けるけど、本(古本)好きならば、けっこう楽しめる小説だと思う。
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この本は、日本ではちょっと見つけにくい内容の本で、私には、大変面白いものでした。
作品の素材またはテーマをつらぬいているのは、「本」または「図書館」で、本好きの私には涎の出そうな素材を扱ったものです。わたしは、小説が好き、というのではなく、「本」自体が好きなので、ちょっとマニアックなのです。
本書は、かって書物が為政者や侵略者にとって武力と同じような力をもち、否、それ以上の精神力を醸成する温床となる力をもっていたことがテーマの中心にあります。古代から世界のいたるところで禁書、焚書として多くの書物が破壊され、焼却されてきた歴史をもつことは殆どの人が知っていることですが、本書ではこの書物破戒が生々しく語られ、この破戒から書物を避難させることがテーマの伏線になっているのです。もう一つは、古代エジプト人、ヘルメス・トリスメギストスの著した一連の書物を巡る西欧の知的状況が豊富な書籍を通して語られ、千数百年の歴史の流れの中から次第に1620年のボヘミアの図書館のもつ意味あいを浮き上がらせることで、この図書館の本の行方が何を意味するのか、が本書のテーマなのです。
内容の骨格を一言で言えば、主人公がある日、突然舞い込んだ手紙の主、ボンティフェクス館の主、マチャモント夫人の依頼をうけ、謎捜しの旅に出、きりきり舞いした挙げ句、ついに謎を解明する、という単純なものです。しかし、実際には、物語の舞台は1620年のボヘミアと1660年のイギリスという40年の時間を隔てて2重に進行し、また、当時の図書館がどんな意味をもち、どのような影響力を持っていたのか、ということと倫敦の生臭い生態が描かれながら、2つの異なった謎の糸が次第に絡み合い、もつれ合って読むものに謎の究明を強いずにはおかぬ魅力をもっているのです。
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1660年、王政復古直後のロンドンが舞台。
ある貴婦人から行方不明の稀覯本探しを依頼された書店主が主人公。
ストーリーもおもしろいが本についての蘊蓄が「好きもの」には堪らない(苦笑)ミステリーだと思う。
カバーをとった裸本の装幀もしっかりされていて、やはり「好きもの」であればぜひ購読するべきだと言っておこう(笑)
評価は装幀・造本も考慮に入れた。
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17世紀のロンドン。無類堂という書店を営むインチボルトの元へアレシアという見知らぬ女性から書簡が届く。
迎えの馬車に乗り、屋敷に着いたインチボルトにアレシアは、今は亡き父親の遺した『迷宮としての世界』を失った過程を語り、その本を取り戻して欲しいと依頼する。
破格の報酬に不審の念を抱きながらもこの仕事を請けたインチボルトの身に次々と襲いかかる危険と、深まっていく謎。
黒幕は?真実は?
17世紀ロンドンと、それを40年遡ったプラハ。
主人公のインチボルトは、ロンドンの自分の城の店から遠出することもない。妻と子を亡くした男は変化のない生活を円満とし真面目に商いに勤しんでいる。
インチボルトというこの店主の人となりは、当初、多少浮世離れしているためとっつきにくくも感じる。
だが、そんな世間に疎い、しかし、長年の書店経営で培った博学な彼に物語を読み進むにつれ親しみの情が芽生える。
本書はピューリタン革命直後のロンドンと、プロテスタントがカトリックに破れた1620年のプラハが別の物語として交互に描かれ、やがてそれが確実に絡み合い陰謀の渦卷く歴史を纏いながら終焉に向かって走り出す。
著者のロス・キングは、ロンドン大学で18世紀イギリス文学と歴史を学んだトロント生まれのカナダ人。
現在はイギリス在住だそうです。
訳者の田村義進さんは、多くの訳書がありますが、ダン・ブラウンの訳を一手に引き受けてる越前敏弥さんがお師匠さんと慕う方だそうです。
歴史ミステリの重厚さを味わいながら、スリルとテンポを楽しめる一冊でした。
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本をめぐるミステリーという内容に興味をひかれて、10年前くらいに読んだ本。
当時は蔵書票のことをよく知らなくて、小学校の図書室の本に挟んであった貸し出しカードみたいなものかと思っていた。
退屈な部分もあり、面白く読めた部分もあり。
三十年戦争や蔵書の歴史を軸に話が進むのでそちらに関心がある方にもいいかも。
舞台は王政復古後のロンドン。
王につくか革命派につくかで命運が別れ、荒廃した館が印象的だった。
今清教徒革命に関心があるので、読み直したら色んな発見があるかもしれない。
また、数年後に季刊『銀花』で蔵書票の紹介を読み、「なるほどこれが蔵書票か!」と把握。
色んなデザインやインク、紙質があってとても興味深かった。
こちらはこちらでまた深い世界なんだろうなあ。
蔵書票の世界:日本の文献
http://pws.prserv.net/jpinet.Exlibris/jpinet.exlibys/materials_1.htm
この本が好きな方には
ウンベルト・エーコ
ローレンス ノーフォーク 『ジョン・ランプリエールの辞書』
ジョン・ダニング 『死の蔵書』 ←これはほんとにミステリって感じで読めます
マシュー・バトルズ 『図書館の興亡』
もおすすめです。
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時は17世紀、イギリス、ロンドンの書肆 無頼堂主人、アイザック・インチボルドは古ぼけた館の女主人からとある依頼を受ける…。もう出だしから好みにどんぴしゃりで面白かった!文庫化はされてないのかなー?西洋の歴史小説が好きな方なら楽しめると思います^^
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さすが、ダン・ブラウンの一連の作品の主人公、ロバート・ラングトン教授が好きなだけあって、
ものすごい情報量の作品。
厳密に言うと、同じ著者の「天才建築家ブル・ネレスキ―」という作品が好きだと書かれていたのだが、
この作品の方が先だったので読んでみた。
とにかく、ヨーロッパの中世からルネッサンス期の歴史やキリスト教に詳しくないと、
意味が分からない部分が多すぎる。
というよりも、ミステリーの部分がしょぼすぎる、と言うべきか。
まずいスポンジケーキに、
どんなに華やかに細やかに盛大にデコレーションしても、
ケーキは美味しくならないのよ。
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清教徒革命直後のロンドンと、その40年前のボヘミアを結ぶ貴重な書物。焚書を恐れて他国まで命がけで本を運んだという事実を元にした歴史ビブリオミステリ。記録としての書物の重要さがあまり言わなくなっている現代では想像もつかない物語だろうけど、記録を残し、その消失から守ることの大切さは今だって変わらない。取るに足らないくだらない本だって、未来には重要文献と化す可能性もあるのだから。