紙の本
自分って何だ。
2019/04/22 20:45
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投稿者:咲耶子 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ペッチェティーノが抽象的な存在でなかなか感情移入がしにくいですが、色遣いはさすがの美しさです。
自分を見つめなおせるお話。
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レオ・レオニは小学生の頃から大好きで、随分読み漁った。
何度読んでも良い。
これは数ある本の中から、タイトルの発音のしづらさでかなり印象深い。
この本が昔から物凄く好きだった。
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主人公である「ペツェッティーノ」は自分は「なにかのぶぶんひん」なんだと思って、自分探しの旅に出ます。
ペツェッティーノは表情が描かれていません。ですが、不思議と感情は読み手にひしひしと伝わる。
旅を終えて答えを見つけた、最後のページのペツェッティーノの嬉しそうな様子といったら、ないですね。
子供の頃、よく意味がわからないなりにすごく印象に残ってた絵本。
今読むとなんだか泣きそうになります
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チビ1号、幼稚園にて。
とても鉄学的なお話し。“ぶぶんひん”とは何かを理解しないと、まず、むずかしそうでした。でも、わからないなりに、「自分を探しあてた」というところは共感したらしく、“よかったね!”と言っていました。
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自分は、おおきな全体のなかの一部であり
またその一部である自分は、ちいさなものの集まりでできている。
そんなペツェッティーノがうれしければ、みんなもうれしい。
ちいさなものの集まりでできている自分は、みんながうれしくなるほど、おおきな影響力をもっているのです。
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ちいさなかたまり「ぶぶんひん」が、自分が何かのぶぶんひんなのかと探し回るけど、見つからない。けれど、最後に得た答えは、彼をとても満足させるものだった。誰だって、大きくなりたい、ビッグになりたい、偉くなりたい、かしこくなりたい、強くなりたい、と思う。けれど、そうなれなくても、自分は自分。大事な一個人。そういう意味が込められているのかなと思った。
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世の中にはいろんな人がいて、自分ってなんだろうって思う時もあるんだけど、私は私で大丈夫なんだなぁって思ってしまった。頑張ってこうできないと駄目かもとか、コレが出来なきゃ駄目かなとか思うんだけど、そうじゃないんだなというのを、本当に分かりやすく教えてくれる絵本だった。
私は何もつけないで、私のままでいいんだなと思えて元気がでた。
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じぶんをみつけた ぶぶんひん のはなし■だれかのぶぶんひんなんだと思っていた彼が「ぼくはぼくなんだ!」と気付く話。絵も翻訳も抽象的な表現がクール(笑)表紙のやつは、はしるやつ。
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とっても小さなしかく■の自分は、きっと誰かの部分品に違いない!そう考えたペツェッティーノは自分が誰の部分品か探すたびに出ます。
一番最初に自分は誰かの一部分だって考えるところが謙虚で斬新やな~って思いました。読むほどに奥が深いお話で、絵本っていう短くて単純な中にこんな考えさせるものを盛り込めるなんてすげぇなと思わされました。
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*未購入*
3歳0ヶ月時、図書館にて借。
私が大好きなレオ・レオニ。
娘はいまいちな反応。
まぁ自分探しなんて、まだ分かんないよねぇ。
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自分探し。自分ってなんだろう・・・。
深い話なので、小さい子には難しいかなと思います。
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2012.6.24.sun
【経路】
図書館。レオ=レオニ!
【感想】
・レオ=レオニのメッセージ性がやっぱり好き。弱さを恥じず強さを誇らずな主人公たちが人間味あって親しみやすいのかな。
・カラフルな集合体がじぶんなんだなっていう絵、素敵。
【内容メモ】
・じぶんを見つけた部分品のはなし
・かれは小さくてきっと誰かの取るに足りない部分品なんだろうと思っていた。
・走る、強い、泳ぐ、登る、飛ぶ、賢い
・こなごなじま、小石の山
・なんのことかよく分からなかったけど ペツェッティーノがうれしそうだったから みんなも嬉しかったのさ
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ほかよりちいさく、ほかのおおきなものと比べてすごいことができないからだれかの部分品だと思い、だれの部分品かたずねてあるくなかで自分が部分品の集まりでできていることを知ります。含むことの多い絵本だなって思いました。
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若者のテーマ、自分探し。周りの人が光って見えて焦るけど、ふと自分に向き直ってみると自分もそれなりに物語を紡いでることに気付く。
まだ幼い我が子もいつかそんな悩みを持つ日がくるのだろうけど、自分も悪くないじゃん、と前を向いて生きていってほしいな。
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じぶんをみつけた ぶぶんひんのはなし
ペツェッティーノは 周りを見ると
大きくていろんなことが出来るので
自分は 「部分品」だと思っていた。
ペツェッティーノは いろんなやつに
ぼくはあなたの部分品ではないか?
と質問して回った。
はしるやつ、つよいやつ、およぐやつ、やまにのぼるやつ、
とんでいるやつ、ほらあなにすんでいるかしこいやつ・・・
かしこいやつに こなごな島に行ってごらんと言われて
ペツェッティーノは こなごな島に行った。
そこで けつまずいて こなごなになってしまった。
ペツェッティーノは こなごなになった自分を集めて・・・
もとの身体に戻った。
それで、みんなのところに戻って・・・
『ぼくは ぼくなんだ!』と叫ぶ。
レオレオーニは あおくんきいろちゃん カメレオンの話
は タクミに 自分と言うものを教えてくれる。
このぶぶんひんの話も 実にたくみに ぼく を語ろうとする。
そうなんですね。
『ぼくは ぼくなんだ!』