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紙の本
再び読まれるべき作家
2011/04/17 08:36
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:K・I - この投稿者のレビュー一覧を見る
『久坂葉子作品集 女』(六興出版)を読んだ。
『百年文庫1』から久坂葉子を追ってきたが、今まで、
読んだものもこの本には含まれているので、
「入梅」と「灰色の記憶」の2つだけを読んだ。
「入梅」はフィクションで、
「灰色の記憶」は私小説である。
「入梅」はそれなりに完成度が高い。
10代の時期にこれだけのものを書いたということは久坂葉子に才能があったことを示している、と思う。
でももっと、印象に残ったのは、「灰色の記憶」だった。
以前読んだ「久坂葉子の誕生と死亡」は久坂葉子というペンネームを使ってからの自伝的な作品だったが、当然、それは、比較的短い期間についての話だった。
一方、「灰色の記憶」は、生まれてから20才くらいまでの、
比較的長期に渡る自伝的な作品だ。
久坂葉子は「女太宰治」と言われていたこともあったそうだが、
太宰とは少し文体が違う、と思う。
もし、彼女が生きていたら、彼女は長編を物したのではないか、という文体の筋肉のようなものがあると思う。
太宰は長編も書いているが、文体的に明らかに短編に向いた作家だったと思う。
それよりも久坂葉子は「息の長い」文体をしている、と思う。
「灰色の記憶」は今まで読んだ久坂作品の中で一番、読み応えがあった。
今の日本で久坂葉子がどういった評価を受けているのか、
僕はまったく知らないが、再びもっと光が当てられるべき作家だと思う。
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