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近代の超克

近代の超克 みんなのレビュー

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みんなのレビュー5件

みんなの評価4.2

評価内訳

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5 件中 1 件~ 5 件を表示

紙の本

『近代の超克』

2016/03/08 05:00

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:シエル - この投稿者のレビュー一覧を見る

冨山房は今ではあまり聞かなくなったが以前は結構、好い本を出していた。
手元にも数冊あるけれど時代の流行とかその時々の状況に左右されることなく、芯の通った良書を出す感じがする。

タイトルの“近代の超克”と言うのも大仰なタイトルに感じるが括目すべきはこの本が書かれた材となった座談会や論文はいずれも戦時中、昭和17年に行われたものだと言うことである。
そこに各界のお歴々、その頃はまだ大家と呼ばれるようにはなっていない次代を担う人を集め催したものらしい。

座談会などでも全く戦時下の様相を呈さずに自由闊達な議論が行われているのもすごいことだろう。
論文に座談会に集ったメンバーがこれまた錚々たるメンバーである。
順不同で挙げれば西谷啓二・菊池正士・小林秀雄・三好達治・諸井三郎・下村寅太郎・亀井勝一郎・川村秀夫・河上徹太郎・竹内好・スズキ成高・吉満義彦・林房雄・中村光夫の諸氏。

いずれも参加者が壮年と言うべきか、40代の時であろうし皆が年が近いのもあって座談会の賑々しい感じは良く伝わってくる。
2日に亘って行われたこの座談会だけでも100頁ほどのボリュウムになっている。

読み応え十分で面白かったので折を見て再読しよう。

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紙の本

日本人の超克

2010/10/31 19:54

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kc1027 - この投稿者のレビュー一覧を見る

太平洋戦争勃発に「知的戦慄」を覚えた当時の代表的知識人が
開戦翌年に開催した伝説的座談会、『近代の超克』。
開戦に至るまでの経緯と開戦後の国内の「空気」はその時代を
生きたものにしかわからないものだが、座談会に先立って
各自が提出した「近代の超克」論のテンションの高さは、
明治維新から地続きになっている帝国日本の息遣いが感じ取れる。
その異様な空気感は、敗戦による日本帝国の挫折、独立の気概の
断絶までも逆照射くれるものでもある。

当時の知識人たちが、言論の無力さを感じ取る以上に開戦に
よって興奮している様は、その先には新たな世界秩序があった時代の
「空気」として伝わってくるものはある。世界が西欧近代の勝ち組の
価値観だけに染められるかの世相にあって、己の存在を世界に
劇的に示しえた真珠湾の興奮は想像に難くない。逆に身も蓋もない
感想で言えば、近代の超克が現実の課題として目の前にあった時代、
知識人はあたふたと論を述べて座談会を開いて日本民族の優越を
担保して何とか存在価値を保とうとしていたようにも見えてしまう。

だが、本書後半に掲載されている竹内好が1959年に書いた
「近代の超克」論は、その功罪相半ばするかの座談会を戦後社会にも
生きる現実の課題として昇華させる役割を果たしていると思う。
ひとつは、近代の超克論の中に中国との関係がほとんど出てこない
ことの指摘。もうひとつは、いまだ復古と維新、尊王と攘夷、
鎖国と開国、国粋と文明開化、東洋と西洋、あるいは日本の真の独立
という明治的課題は何ら解決されていないことを気づかせてくれる点だ。

近代というものを乗り越えることがどういうことなのか、
それは何かガンガン前進していくものというより近代化という
名のものとに取りこぼされていったものを丹念に拾い上げていく
ような試みになるのだと思うが、オリンピックやワールドカップや
万博が擬似戦争として経済発展やら人体の鍛錬に貢献する中で、
日本は地道に東や西の枠組みを越えて、新たな枠組みとしての
京都議定書やら名古屋議定書を採択していっているのは、日本人と
いう枠さえもさりげなく超克するかのような仕事で、ちょっと誇れる
兆候だと思う。

近代の過ちを修正していく知恵は、近代から取り残されたものの声を
聴くことでしかなしえないはずで、そんな作業が出来る国は、世界にも
そんなに多くない。近代化以前に2世紀以上に渡る平和を享受したことの
ある民族として、お金がそんなになくても世相に沿ってしなやかに
生きる術をじわじわと世界に提示し、世界が注目せざるを得ないような
状況を創っていくことが、わたしたちの世代の近代の超克ではなかろうか。

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2010/05/31 20:34

投稿元:ブクログ

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2012/03/10 22:15

投稿元:ブクログ

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2013/02/10 00:01

投稿元:ブクログ

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