投稿元:
レビューを見る
どんな人に同じく感動をもたらすこと、それが芸能
ずーっと、存在はわかっていて読みたいなーと思っていて手を付けていなかった本を、読みました。
パンセの時と同様、これは多くの人に読まれるための文章ではないので、こうやって公になってしまって観阿弥さんもかわいそうと感じてしまいます。秘すればこそ花なのに。
ご存知、能についての教えの本でありますが、現代芸能と照らし合わせてあれこれ考えさせられることとなりました。
「十七八より
このころはまた、あまりの大事にて、稽古多からず。まづ声変りぬれば、第一の花失せたり。」
で声変わりの時期には一切の歌手活動を控えていた三浦大知さんが浮かんだり
「三十四五
このころの能、盛りの極めなり。」
で森高千里さんが「女ざかりは19だ」と言っていたけど能の盛りは34,5なのか、と安心したり。
「私儀に言ふ。そもそも、芸能とは、諸人の心を和らげて、上下の感をなさんこと、寿福増長の基、遐齢延年の法なるべし。」
どんな人に同じく感動をもたらすこと、それが芸能なのですと。東日本大震災から、芸能とは?とその意義を考える人が多かったですが、その一つの答えなのではないでしょうか。
観阿弥さんいわく、とにかく稽古。よそ見しないで稽古。これが大事というところや、どんなに下手な人からも良いところを見つけたらうまい人も見習うべし、とか能以外にも通じる教えは参考になりますね。
私も稽古で種を育て、花を咲かせるため一意専心しなければ!と勇気づけられる本でありました。
冒頭、川瀬先生の注釈のポリシーに信念を感じました。
注釈を見ながら原文を読み、そのあと現代語訳で理解を深めることが出来、非常に読みやすく最後まで楽しむことができますよ。
投稿元:
レビューを見る
定期的に読み返すことで、感じ方が変わったり、内容がしみこむだろうなと思う本。特に、第五 奥儀と第七 別紙口伝が秀逸。 特に印象に残っている内容は、以下2点。 「芸能の本質は、あらゆる階層の人に同じく感動を催させることであり、それが生命を豊かにする人生幸福増進のもとになる。」 「花と、おもしろいということと、珍しいということは同じ意味合いである。どの植物も式の変遷につれて咲いていくものだから、それが時節に調和して珍しく感じられるので、人がおもしろいと思うのだ。」
投稿元:
レビューを見る
目次
口絵
序
凡例
花伝書(付・脚注)
補注
現代語訳
本文
(序)
第一 年来稽古条々
七歳
十二三より
十七八より
二十四五
三十四五
四十四五
五十有余
第二 物学条々
(総説)
女
老人
ひためん
物狂
法師
修羅
神
鬼
唐事
第三 問答条々
(一)
(二)
(三)
(四)
(五)
(六)
(七)
(九)
第四 神儀に云ふ
第五 奥義に云ふ
第六 花修に云ふ
第七 別紙口伝
解説
一 花伝書は観阿弥の著作
二 観阿弥の新風申楽
三 花伝書の体系とその内容
四 花伝書と現代の能楽
五 花伝書の伝来と本書の本文
花伝書能楽論(芸術論)の体系組織と内容
参考文献
本文語彙索引