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hontoレビュー

日本的霊性(岩波文庫)

日本的霊性 みんなのレビュー

文庫

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みんなのレビュー19件

みんなの評価3.7

評価内訳

19 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本

いまこそ読み返されるべき霊性論

2001/02/13 23:16

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る


 鈴木大拙は本書で、霊性とは精神と物質を一つにするはたらきであると書いている。その概略を述べると、そもそも精神とは二元的思想を含むものであり、物質との対抗関係のうちにある。そして、精神と物質が対峙するかぎり矛盾・闘争・相克・相殺を免れないのであって、人間が生きていくためには、「なにか二つのものを包んで、二つのものがひっきょうずるに二つでなくて一つであり、また一つであってそのまま二つであるということを見るもの」がなくてはならない。これが霊性である。

《精神には倫理性があるが、霊性はそれを超越している。超越は否定の義ではない。精神は分別意識を基礎としているが、霊性は無分別智である。これも分別性を没却了して、それから出てくるという意ではない。精神は、必ずしも思想や論理を媒介としないで、意志と直覚とで邁進することもあるが、そうしてこの点で霊性に似通うところもあるが、しかしながら霊性の直覚力は、精神のよりも高次元のものであると言ってよい。それから精神の意志力は、霊性に裏付けられていることによって初めて自我を超越したものになる。いわゆる精神力なるものだけでは、その中に不純なもの、即ち自我──いろいろの形態をとる自我──の残滓がある。》

 要するに、精神の奥に潜在しているはたらきこそが霊性なのである。物質との対立・桎梏に悩む精神が霊性に目覚めると、対立相克の悶えは自然に融消し去るわけだが、これこそが本当の意味での宗教である。

《…宗教意識の覚醒は霊性の覚醒であり、それはまた精神それ自体が、その根源において働き始めたということになるのだ…。霊性は、それ故に普遍性をもっていて、どこの民族に限られたというわけのものでないことがわかる。漢民族の霊性もヨーロッパ諸民族の霊性も日本民族の霊性も、霊性である限り、変ったものであってはならぬ。しかし霊性の目覚めから、それが精神活動の諸事象の上に現われる様式には、各民族に相異するものがある。即ち日本的霊性なるものが話され得るのである。》

 それでは日本的霊性とは何か。浄土思想と禅がその最も純粋な姿であるというのだが、先哲からの引用はここまでにして、以下は私見。

 鈴木大拙がいう「精神」とはおそらく個人的・個体的なものではなく、本来、文明的な次元での人間社会の共同性の根幹をなす文化様式や思考の枠組みといったものを意味しているのだと思う。そして、精神が「不純なもの、即ち自我」の残滓によって汚染されており、したがって本質的に二元的思想を含み、それが物質対精神という図式で表現されるのであれば、ここでいう物質はもはや「生の物質」ではなく、たとえば身体のようなものとなり、精神も広狭二義に、つまり物質に対立する精神とそのような対立そのものを自らのうちに含む精神に分類することができるだろう。

 そうすると、「二つでなくて一つであり、また一つであってそのまま二つである」ところの霊性とは、実はそのような精神の(形式論理的な意味での)矛盾をメタレベルで解消する、いわば「高次元多様体」にほかならず、ここにおいて個(自我)対共同性の対立も宗教的次元で解消されることになるわけだ。

 このような要約は、鈴木大拙の真意をとらえそこねているかもしれない。だから、上に述べたのは私の勝手な議論であると了解していただきたいのだが、さらに私見を重ねれば、物質と精神を一つにするはたらき、あるいは物質と精神を媒介し通底させるもの、より端的にいって物質と精神の間にあるものに「生命」と「意識」がある。そして、霊性とは「生命」に関係するもの、たとえば生命感覚あるいは「種社会」にリアリティをもたらす内属感のようなものではないかと思う。私自身はそれとは異なるもう一つの回路、つまり「意識」を介した精神と物質の関係を考察していきたいと目論んでいる。

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紙の本

宗教意識は霊性の経験である

2001/05/30 15:35

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ランゲルハンス - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「霊性」は、これからの時代のキーワードとなると思う。本書は、この霊性について仏教学の大家、鈴木大拙が論じたものだ。

 著者は、本書で霊性について次のように述べている。「精神には倫理性があるが、霊性はそれを超越している」「精神が物質と対立して、かえってその桎梏に悩むとき、みずからの霊性に触着する時節があると、対立相克の悶えは自然に融消し去るのである。」
 そして、本書によれば、霊性を宗教意識と言ってよく、霊性に目覚めることにより初めて宗教がわかるという。

 本書ではさらに、特に日本における霊性、「日本的霊性」が歴史上どのように顕れているのかが述べられている。そこで重要なのが親鸞なのだという。

 私自身は、第4篇「妙好人」が面白かった。特に才市の歌は興味深い。

 ただ、本書を読んでも霊性とは何かということを実感することはできなかった。やはりそのためには霊性を自覚する必要があるということだろう。

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紙の本

なにが日本的でなにが霊性なのか、理解できなかった。

2005/08/27 16:38

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る

著者は世界的に有名な仏教哲学者であり、禅者である。英文による禅の解説書も多い。これまで英文はおろか日本文でもその著作を読んだことはないが、気になる存在であった。この本も名前だけは知っていた。第4刷が出版されたのを本屋で見つけたので買ってみた。読んではみたものの内容は解らない。内容表現ともに明治生まれの哲学者という感じで、使用されている語彙も良く解らない。殊更むずかしい表現をしているようにも感じられる。明治は遠くなりにけり。時代が違い過ぎる為か、なにが日本的でなにが霊性なのか、いろいろ解説されているのだが、理解できなかった。非常に高く評価されてきた著作なはずであるが、残念ながらついていけなかった。ただ鎌倉時代の仏教になって始めて、日本の霊性と結びついた土着の仏教になったということ、浄土真宗が日本独自の仏教であること、そこに日本的な特徴が現われていること、などは納得できた。

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2008/12/29 21:19

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2009/01/28 21:14

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2012/09/05 23:06

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2013/09/04 11:02

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2013/04/17 02:01

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