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紙の本
失った滾りを取り戻せ
2013/12/07 18:24
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
ベトナム戦争は我々にとって息苦しい歴史だ。日本は戦闘にこそ参加しなかったけれど、負けた方の南とアメリカをずっと支援していたのだから。中には戦争に反対していたとか北を支援していたとかいう人もいるだろうが、それらが歴史に影響を与えたわけでもなく、結局我々は負けた側であり、解放の敵だった。
「マラッカ海峡」が書かれた1976年にはその傷も多少は薄れていたかもしれないが、大多数の日本人はなんとなく無かったことにして、時間が解決してくれるのを待っているだけではなかったろうか。しかしベトナムの現地を見ていた人間には、永遠の悪夢かもしれない。日野啓三がしばしば振り返るように。
航海士として世界各地の港町を渡り歩いた土岐雷介もそうだ。サイゴンの最後の日々を目の当りにして、そして船ごとマラッカ海峡に沈められた。乗組員の中でただ一人しぶとく生き残った彼は、身を隠しながら秘かに横浜に帰ってくる。彼には何が正義で、誰が悪人かなどはどうでもいい。復讐の念があるだけ。少なくともそのように装っている。しかし彼の所在を各国の諜報機関が追っている。一人海底から甦った男は人並みならぬ執念と強靭さを持ち、安穏とした日常に倦んでいた人間を強引に引きずり出して、ふたたびマラッカ海峡に向かう。
「喜望峰」の原稿を見た編集者によって長篇2冊同時刊行デビューが決まって、そのために新たに書かれた本作には、作者の書きたい欲求が限りない滾りが叩き付けられているようだ。船上において船員の視線で世界を見る「喜望峰」と、海と地上を往還して遂に海へと帰っていく「マラッカ海峡」は好対を為している。ただいずれも世界の理不尽に対しての怒りが、男達の行動の源になっている。地上世界を満遍なく見渡している彼らの視点は、紛れも無く世界視点であり、日常の狭い風景に縛られていては見えない景色を見せ、忘れたい現実に眼を向けさせる。その野獣的な行動こそが、戦争は常に権力の腐敗と国民への裏切りで成り立っていることを思い出させる。米海軍にさえ真っ向勝負を挑む無謀さに、命を賭して戦う血潮を湧き立たせる。
大国の覇権争い、富の収奪、そういった事柄はいつも一般庶民には水平線の向こう側の手の届かない話で、自らの血に染まった手を拭うことすらままならない。そんな手放してしまった感情を、アジアやアフリカで起きている現実を日常に地続きの物語にすることで取り戻すことが、船戸与一であれ谷恒生であれ、冒険小説の効用かもしれない。
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