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緑の家

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紙の本

全編を読み終わった後にくる圧倒的な至福感に酔う。

2011/07/23 23:27

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

どう書けばいいというのだろうか、こんな入り組んだ小説のあらすじを。どれだけピースの多いジグソウパズルでも、完成してしまえば明瞭な図柄が現れるように、読み終わってさえしまえば、それほど難しい話ではない。ガルシア=マルケスとはちがい、フローベールに私淑するバルガス=リョサは「マジック」の付かない「リアリズム」を信奉する作家だ。舞台となるペルー北西部の気候、地勢、動植物に至るまでつぶさに調べ上げ、克明に描き出している。夜半家々の屋根や壁を叩く砂粒の音も、密林地帯を襲う蚊の猛威も、その場にいるような臨場感を持って迫ってくる。頗る面白い小説であることはまちがいない。

小説をよく繁った樹木のようなものだと仮想してみよう。どれだけ大きな樹でも枝葉を取り去ってしまえば、そこには太い幹とそこからのびる枝が現れる。一般に小説のあらすじとは、その幹や枝を地面から先端に向けてトレースするようなものである。『緑の家』のあらすじを喩えるなら、密林地帯にはびこり絡み合う蔓性植物のそれだ。何本もの蔓が時間軸に沿って空に伸びるのではなく、隙間を見つけては縦横無尽に這い回る。追うべき主筋というものなどなく、そのすべてが主筋であり、それらの錯綜した絡み合いそのものが読み取るべき絵なのだ。

とはいえ、中心となる舞台や人物は限られる。一つは作家自身が子ども時代を過ごしたペルー北西部のピウラという砂漠の中の街。市街地から少し離れた砂漠の中に立つ娼館「緑の家」がそれだ。どこからか流れ着いたハープの名手ドン・アンセルモが砂漠と格闘して建てた緑色の館。神父や妻たちの非難の声をよそにピウラの男たちは夜な夜な「緑の家」に繰り出しては音楽と料理、そして罪深い快楽に耽るのだった。

今ひとつは、アマゾンの支流マラニョン川沿いのサンタ・マリーア・デ・ニエバ。未開のインディオにキリスト教を布教する拠点として密林の中に作られた町。丘の上に建つ白い尼僧院がその象徴である。インディオからただ同然で買い付けた生ゴムを外国に高値で売る密貿易商人や、インディオの集落を襲う盗賊団、さらにはそれらを取り締まる治安警備隊が、尼僧院から逃げ出した少女ボニファシアをかくまった船頭ニエベスとその妻ラリータをめぐって複雑な人間模様を織りなす。

最後に、密林の中に無数に入り組んだ支流の上を漂う筏。アキリーノという老人が川沿いに点在する集落に生活必需品を行商するための筏だが、今はフシーアという日系人が病の身を横たえている。ブラジルの監獄を脱獄し、密貿易商の部下に雇われていたが、裏切りが発覚し、官憲に追われる身だ。アキリーノに請われたフシーアがぽつりぽつりと話し始める凋落した悪人の昔語りが何とも凄まじく物悲しい。

これらを縦糸とすれば縺れに縺れながらも横糸となるのが女たちである。一例を挙げれば、ラリータは娘時代フシーアの仕事を手伝ったのが縁でその妻となる。次々とインディオの娘に手を出すフシーアに愛想を尽かせたラリータは、沿岸警備隊の仕事中にインディオに襲われたところをフシーアに助けられた船頭ニエベスと駆け落ちし、サンタ・マリーア・デ・ニエバに落ち着く。

インディオの集落にいるところを密貿易商のフリオ・レアテギの目にとまったボニファシアと呼ばれる少女は預けられた尼僧院で育てられる。数年後富裕な商人となり、迎えに来たレアテギの申し出を断り、ボニファシアは尼僧院を出る。ニエベスの家にかくまわれたボニファシアは度々訪れる警備隊の軍曹リトゥーマと結婚し、彼の故郷ピウラに帰ることになる。

伝説の「緑の家」はすでに焼失し跡形もないピウラであったが、アンセルモの娘ラ・チュンガが新しい「緑の家」を経営していた。不良時代の仲間たちとその店に立ち寄ったリトゥーマはつまらぬ喧嘩沙汰で相手を死なせ、リマの刑務所に送られる。暮らしに困ったボニファシアは娼婦ラ・セルバティカとして「緑の家」で働くこととなる。

「緑の家」を焼かれた後、抜け殻のようになっていたアンセルモだったが彼を音楽の師と慕う若者たちのおかげで居酒屋やラ・チュンガの店で演奏するところまで恢復していた。そのアンセルモがガルシーア神父とセバーリョス医師に看取られ、新しい「緑の家」で死を迎える。神父の口から語られる焼き討ちの真実。何故アンセルモはハゲワシを見ると石を投げていたのか、小さな謎が解かれ小説は幕を閉じる。

一人の女に魂を奪われ、自分を見失ってしまうアンセルモや自分しか見えていないフシーアのような男に比べ、愛とも欲望とも異なる、もっと根元的な性の欲動に突き動かされ、次々と男を渡り歩くラリータや男勝りのラ・チュンガ、娼婦となっても不甲斐ない亭主を養い続けるボニファシアと、女の逞しさ、潔さが読後の印象に残る。作家リョサの女性に対するリスペクトであろうか。

さらには、掘っ立て小屋の建つ貧民街が整理され、近代的なビル街に変貌を遂げてゆくピウラのような都市の背後に、サンタ・マリーア・デ・ニエバの尼僧院で暮らす修道女たちの中世を思わせる生活がある。そして、密林に生きるインディオたちの暮らしには、それ以前の太古の息吹さえ感じることができる。三つの地点に象徴される時間の層の厚さもまた、ペルーという国を描いたこの作品の特徴である。

複数のプロットが同時多発的に連動し、数多のエピソードが時間の前後関係を無視して途切れ途切れに語られる。リョサらしい小説作法といえばその通りなのだが、映画のカットバックさながら、瞬時のうちに時間も場所も人物も異なる対話の場面が転換する叙述は、容易に小説の全貌を明かさない。しかも、自由間接話法を駆使して語られる話者の回想と現在の会話が渾然と入り混じる筏の上の二人の対話は、まるで夢の中で語られる物語のように覚束ない。しかし、全編を読み終わった後にくる至福感は喩えようがない。読み終えた者でなければ分からない読書の醍醐味がある。30年前に刊行された新潮社版で読んだが、復刊が待たれる一冊である。

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