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再読の感想を断続的に記録します。
2018年2月18日、「有の問へ」を読了。たぶん3回目。7年前くらいに2回目を読んでいるはずが、まるで覚えてなかったことに驚き。後期ハイデガーの議論への視座ができてきたのか、言っていることは割合すっと理解できました。
●「ヘーゲルとギリシア人たち」:ヘーゲルによるギリシア理解を、ハイデガーがアレーテイアの観点から覆そうとする論文。ただし、アレーテイアの本質由来についての思索はギリシア人においても十分ではなく、そこにハイデガーは自らの思索の意義を主張しようとしている。・・・たぶん、中身はこんなところではないでしょうか。まあ、ハイデガーなら言いそうなことですね。(2019年4月25日読了)
●「真理の本質について」:命題の真理は正当性で、それは開けにおける関わり合いによって可能になっていて、それは脱存的自由(存在させることSeinlassen)によって可能になっている(まあ、ハイデガーは「可能になっている」なんて言い方はしませんが…)。しかし、その根底には覆蔵Verbergungがあって、そっちのほうが根源的やんという筋書き。論じ方がけっこう図式的になっているので、頭を整理しやすいのだと思うんですけど、ハイデガーをあまり図式的にとらえちゃうと、その思索の豊かさみたいなものを逸してしまうと思うので、いろんなことを保留しながら、今後、ハイデガーを読んでいきたいと思いました。【2024年1月18日読了】
●「プラトンの真理論」:GA34とかVWWとかと同じ論調。ま、当然ですが。『ハイデガー読本』『続・ハイデガー読本』などでの言及をみると、ハイデガーはプラトンを批判したいのではなくてプラトン主義者を批判しているのだ、という見方もできるみたいですね。【2024年2月4日読了】