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ちくま文庫版の漱石全集を読破しようという試みはまだ続いていて、今回は『行人』などが収められている第7巻を読んだ。読んでいない巻のほうがすくなくなったので、気合を入れて残りもそのうちに読み終えたい。(余談だが、このままいくと『坑夫』だけ読んでいないというカフカ少年状態になりそう)さて、漱石が国民的作家であることに異論をもつ人はいないであろうが、「国民的」であるにしては欠けている要素があって、それは「映像化」である。むろん、漱石自身に責任があるわけでもないし、それによって評価を落とそうなぞとは毛頭考えていないが、映像化をきっかけに著者のファンになる可能性なども考えると、漱石がその機会に恵まれていないのはなんとも惜しい。なぜ唐突にこのようなことを書いたかといえば、この『行人』がじつに映画向きであると思ったからである。二郎と直が連れ立って旅行に行かされる場面など、どうして誰も映像化しようと思わないのか。また、「妹」という存在は現在のアニメ業界においても、物語における重要な要素であり続けているわけであるが、主人公の妹であるお重についても、そういう現在的な立ち位置と軸を一にしており、これもまたどう考えても映像映えするとしか思えないのである。むろん、内容も映画にふさわしいおもしろさであった。著作権の問題もないし、わたしが映画監督であれば、まっさきに『行人』を映画化したいと思う。なお、本作にはほかに『満韓ところどころ』および『思い出す事など』も収められており、前者は尻切れトンボなのが残念で、後者は漢詩に註釈がないのが残念であった。