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1970年代から血液型性格判断が流行りだし、自分らの年代だとかなりの割合で血液型というパラメータがないと相手の人となりがわからず不安を覚えるような人がいる。
最近はあまり聞かなくなったけれど、架空のキャラクターに血液型の設定が普通にあるところを見るとまだパラメータとしての需要はあるようだ。
なので、自分など血液型はあえて非公開として皆様の性格型血液判断を期待してみたりするのだが。
1990年代半ばにNIFTYの掲示板で血液型論争が湧き上がったときに資料として購入したのがこの本。あちこちに付箋をはってあり書き込みまでしているので当時はだいぶ熱心に読んでいたのがわかる。
が、一方で3/4ほど読んだところで飽きてしまってそのまま20年あまり積んだ状態となっていた。
このたび紙の本Unlimitedキャンペーンで発掘読了。
畢竟、1970年代の血液型性格判断とは大正から昭和のはじめにかけて、「血液型」が発見されてしばらくあって起きた研究に端を発し、特に日本で気質との関連が提唱され、そして一頃大いに流行ったものの焼き直しに過ぎない。
特に「○○型は△△」といった言説は古川竹二が学術的に適切でないスタイルで研究して出した結論そのままで笑う。
初代血液型ブームも相当なもので、就職に、結婚に、教育に、出世にと様々な場で血液型が云々され、○○型募集の求人に至っては差別的という反論が当時でさえ挙がっている。
昭和初期のブームが収束したのは、まずアカデミックな研究で再現性がなかったこと、そして気質・性格のように定義や判定が不確かかつ時間により変わるものはABOという明確で生来不変な型で判定することに適していなかったこと、当初肩を持った古畑種基が東大教授の立場で全面否定したこと、古川竹二が死んだこと、さらに戦争のゴタゴタのせいであろう。
それが高度経済成長が終わり第二次オイルショックになったあたりで復活したというのは、大正末期から昭和はじめのモダンな時期と時代が似ていたのだろうかと空想が膨らむが文系領域は専門外なので深くは語らないでおこう。
ちょっと前に『血液型くん!』というアニメがあったけど「科学的根拠はありません」とテロップが入る程度には時代は進歩している。