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この本が9月にちくま文庫で出たのを本屋で見かけて、松本哉(=『貧乏人の逆襲!』などの著者、今はこの本も増補でちくま文庫に入っている)がハテどんな本を?と棚から抜いてみると、それは同じ名をペンネームとする父・松本哉の本だった。私がハテと思ったのは、同じ名を本名とする息子のほうだった(父と息子が同じ「まつもと・はじめ」という名であることは、うっすら知っていたが、同じ文庫に父の本と息子の本が入るのも妙なるかな)。
父の本は、息子の本にどこか通じるようなオモシロげなニオイがして、しかしやや忙しかったので、その日は棚に戻して、数日後に購入。ちょうど読み終わったところで、旧友と会い、帰りの新幹線で読む本がというので、よかったらとそのまま譲る。
が、ちょっともう一度眺めたくなって、図書館にあった旧版を借りてくる。ちくま文庫の前の三省堂選書バージョン(1991年5月刊)で、読んでみるとビミョウな異同があった。本のサイズは、こちらの旧版のほうが大きいので、本文に山のように入っている「絵」は見やすい(著者本人がいっぱい描いた絵である)。
表紙には、タイトルの脇にこう書いてある。
この本をパラパラめくってみてください。
いまどきのすみだ川も結構面白いよと、
身振り手振りでご紹介。
前口上として巻頭に書かれているように「ときは昭和58年春~59年の夏、およそ1年半をかけて川に沿って少しずつ歩きながら、少しずつ書いていったもの」(p.7)である。すみだ川にかかるいくつもの橋をたどって、付近の風景やら橋の上からの眺め、その橋にまつわる歴史…等々が、まさに「身振り手振り」」の絵をまじえて描かれている。
文章もオモロイけど、絵がイイのである。とくに夜の川景色を描いた絵がよかった。
▼実際の光景は、とてもこんな絵では描きつくせません。光と影、闇とうす明かりとが川をいろどっていて、なかなか見飽きることがないのです。月のない夜で、星だけがチラホラ。…(略)
…「すみだ川の水は星の影を宿す」──これは、わがすみだ川見物の中でもなかり大きな収穫といえる話です。(pp.34-35)
著者(父のほうの松本哉)が「十数年前に上京してきたとき、とにかく一番はじめに訪れたのが「すみだ川」」(p.9)だった。
▼昔からこの川に触れた名作もいくつかあるようですが、一番ボクの感動したのは永井荷風の『夢の女』です。…(略)…この『夢の女』のおかげです、すみだ川のもっている不思議な魅力を知ったのは。東京という大都会のまっただ中、さすがに川の上だけは空が開け、しかもたしかに町並みから少し「浮き上がっている」…だから橋の上に立つと気分がいいのです。(pp.9-10)
すみだ川にかかる橋には、関東大震災や戦災の記憶をとどめるものが少なからずある。関東大震災後に「復興局」によって昭和の初め頃に建造された橋も多い。蔵前橋のページには、「復興記念館」の話が書いてある。
▼ここへ入ってみて、「おお」とまず思うのは、下のビラ。教科書でもおなじみの、関東大震災直後にお上が発した「お触れ」ですが、その��物があるのです。すっかり褐色に変色していますが、当時の争乱ぶりを深刻に伝えています。(pp.75-76)
ここに著者の絵で掲げられている「ビラ」にはこう書いてある(p.75のイラスト、「有りもせぬ事を…」の一文には傍点あり、漢字は旧字)。
注意!!!
有りもせぬ事を言触らすと、処罰されます。
朝鮮人の狂暴や、大地震が再来する、囚人が脱監したなどと言伝へて処罰されたものは多数あります。
時節柄皆様注意して下さい。
警視庁
関東大震災で3万8千人の死者を出した本所被服廠の跡は、蔵前橋のすぐ東側にあるそうで、いまは横綱公園と呼ばれ、そこに復興記念館もあるとのこと。
最初に文庫でこの本をながめていて、(どっかの美術館で、こういう川の風景をずーっと絵にかいた巻きものぽいのを見たなー、あれはどこやったっけなーー)と薄らぼんやりした記憶のなかで思い出せずにいた。その後、友の記憶により「藤牧義夫では?東京現代美術館で一緒に見たよね?」と分かり、しかもそれはやはり隅田川を描いたものだった。
図書館に、藤牧義夫のことを書いた『君は隅田川に消えたのか─藤牧義夫と版画の虚実』という本があったので、いちど借りだしてきたのだが、やたら忙しくてちらっと見ただけで読みきれず。また借りて読んでみたい。
(10/8了)
この父・松本哉の文庫の巻末に、息子・松本哉がちょろっと書いてるのが、またヘンでおかしかった。文庫本と、三省堂選書版の異同のうち、こういうところは削るのかと思ったのは、三省堂選書版では28ページのイラストにある「愛用のバカチョンスーパーカメラ」が、文庫では「愛用のスーパーカメラ」になっていたところ。バカでもチョンでもの「チョン」は嘲りの言葉だが、由来としては朝鮮人を指すものではなく「ゝ」である。