紙の本
儚さの中にあるもの
2021/10/31 15:15
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
「樹影譚」建物に映る木の影が好きなのだという。それも大人になってそうと気づいた。いつから、なんのきっかけでそうなったか、思い当たる節がない。そういう作家が主人公なのだが、それは彼にとって人生の謎というものであり、その謎をテーマに小説を書く。その小説の主人公である作家は、故郷の血縁らしき老婆に、彼の作品中のエピソードから幼少時の嗜好をほのめかされる。メタフィクションどころか、メタメタフィクションだかわからなくなって来るが、自分の精神の奥底にある謎を、記憶の底から一枚、一枚と皮を剥ぎ取るようにして、核に近づいていくのは、直接手で触れると痛いので、架空の人物に託して探っているかのような感触だ。樹影という風景には、ほのかな懐かしさを感じる、誰にでもありそうでなさそうな絶妙な線を突いていて、自分も幼少期の記憶を追いたくなりそうな錯覚に誘われる。このアイデアを思いついただけで大勝利だと思うが、愛だの人生だのには関わりのないテーマでありながら、深掘りしていくと今まで意識していなかった自分の過去が露わになってきて、不安感が醸し出されてくるのは不思議だ。
「夢を買ひます」なんか自分が見た夢の話する人っていますよね的なところから始まって、整形したと嘘を言ったら、宗教学者の「パパ」がちょっと変な人で、とこれはなんでしょう。意識の流れってやつなのかな。ユーモラスでもあり、ちょっと哀愁ただよう、普通に聞いたら面白い話です。ホステスさんとお話しするとこういう感じなんでしょうか。あるいはモーパッサンの短編のような風情。語りが巧すぎて、誑かされたような感じもある。夢とか嘘とかの、現実でない話に振り回される浮遊感が楽しいかもしれない。
「鈍感な青年」若い恋人同士が、ちょっとだけ関係を進める時間。うまくいくことも、いかないこともいろいろあるけど、人生で一番いい瞬間。東京の下町の風景と重なって、いくども思い返されることになるだろう。鈍感とか皮肉を言われてもまったく腹も立たないのだ。
夢や幻、虚ろな記憶といったはかなく非現実的なものが、人の気持ちを大きく動かしてしまうこともあるが、確かな現実がささやかな幸せを紡ぐこともある。そんな対比が、こうして並べてみると垣間見える。泣いたとか感動したとか言わずに、ユーモアにくるんで表現されるところが、大人の読み物として出来上がっている。それってつまり中間小説の復権ってことなのかしら。
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投稿者:雄ヤギ - この投稿者のレビュー一覧を見る
丸谷才一の三本の短編小説が収録されている。中でも面白かったのが、表題作「樹影譚」。壁に映る樹の影を愛する小説家が、その「性癖」の由来や自身の出生にまつわる出来事について、郷里の旧家に招かれ、老人に知らされる。小説家は狂人の妄想と決め付けてこの話を信じないその様子や、何が本当のことで何が嘘なのか分からない様子が面白い。
紙の本
この短編小説には長編小説を読んでいるような面白さがある
2018/06/28 16:02
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
初出は昭和62年(1987年)の文芸誌「群像」4月号で、丸谷才一氏はこの作品で第15回川端康成文学賞を受賞している。
丸谷氏の作品の中だけでなく、現代文学の中でも評価の高い作品で、短編というより短めの中編ぐらい。
どうして、この作品の評価が高いのか。
おそらく極めて文学的な、つまり人工的に創られて、何ごとかを伝えようとしている意識が強い作品ではないでしょうか。
この作品は村上春樹氏の『若い読者のための短編小説案内』でも取り上げられていて、その中で村上氏は丸谷氏の文学について、「登場人物を設定し、そこに自らをはめ込んでいくことによって、小説を作り、自己のアイデンティティーを検証していこうとしているように見える」と書いています。
それはこの短編でも踏襲されていて、ここでは古屋逸平という明治生まれの作家、しかもこの作家は全20巻にもおよぶ全集まで出しているから大家である、を村上氏のいうところの「そこに自らをはめ込んで」いき、さらには古屋氏が書いたという作品をさらに重ね、その重層感は最近の作品ではなかなか味わえないのではないか。
そして、その重層感は長編小説の面白さでもあって、この作品が短編小説ながら評価が高いのは長編小説の面白さを内包しているせいではないだろうか。
そのいう点では村上春樹氏の文学に似ている、年代的には逆で、村上春樹文学は丸谷才一氏のそれに似ているといえる。
それにしても、この小説はうまい。
こういうのがやはり文学といえるのだろう。
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さすが芥川賞。
文学講義を一席。突然転換して物語に突入し、過去に遡る。
はじめてみる手法でした。とても斬新な読後感。
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歴史的仮名遣いに驚き戸惑いましたが、意外にもすぐ慣れました。
壁にうつる樹の影にひきつけられる男を描いた「樹影譚」は小説の中にまた小説、そしてまた・・・と入れ子細工のようになっていて、それはもう幻惑の世界。
「鈍感な少年」も築地の情景描写や男女のぎこちない関係が巧く表現されていて素敵。
《所持》
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旧仮名遣い、でも堅苦しくなくて、面白い。作者の入門編にぴったりとのレビューがあったが、納得。もっと読みたくなる、自分は好きな文体。
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収録されている3つの話の中では、
『鈍感な青年』が好みでした。
何かの「不在」が意識された物語。
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あまりそういうつもりはなかったけれど『モーダルな事象』に引き続きテクニカルな印象のものを手に取ってしまった。村上春樹さんの『若い読者のための短編小説案内』で取り上げられていた一編「樹影譚」を読みたくて買ってあった一冊。「樹影譚」と「鈍感な青年」「夢を買ひます」が収録されている。
「樹影譚」は実に凝った話で、話の中に話がどんどん入れ子状になっていくもの。話の中の話というのは、まさに「樹」と「影」の関係とも言えて、そこの妙味を鑑賞するのが一つの読み方かなと思う。
こういうのを読んでいるといつも浮かぶのが和歌の歴史。「万葉集」「古今和歌集」「新古今和歌集」と時代が進むにつれ、「万葉集」のような直情ではもはや歌がつくれず、「新古今」などでは言葉遊びとでも言えるような方向に活路を見い出さざるをえないようなイメージが何となく自分の中である。
上記のような歴史から浮かび上がる、そのどうしようもなさというか、哀しさのようなものを思うにつけ、丸谷さんも、こういう風に歌うことを宿命づけられている人、という気がするのだ。自分の前にあったものをしっかりと吸収してこられた学識のある方なので、それを見なかったことにすることも、それと同じことをすることもできないのではないだろうか、などと考えてみたりする。そして自分なりの歌い方を探す…
三浦雅士さんが解説を書いているように、批評家を呼び寄せるような文でもあるかもしれない。
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1986、87年の短編「鈍感な青年」「樹影譚」「夢を買ひます」が収められています。丸山才一を初めて読んだので歴史的仮名遣いにちょっと驚きましたが、古風な印象のそれが作品全体をノスタルジックにしていて良い感じ。長野まゆみを思い出した。
三浦雅士が解説で「上手い、と読みながら思わず膝を打ってしまう、丸山才一はそういう作家だ」と言っていますが、特に「樹影譚」はもう短編小説の最良の形といった風情。小説内小説がいくつも仕掛けられていて、そのくせ筋の面白さでぐいぐい読ませ、ストンと落ち着く。丸山才一は技巧的にとても優れていて、物語を味わう喜びというものをとても教えてくれる。今回わたしが読んだものでは重厚な衝撃とか、人生の深遠さとか、そういったものに迫った文学ではなかったが、他の作品ではまた別の奥行きある世界を創り上げているのでしょうか。とりあえず彼の長編を読んでみたい。
あと、丸山才一が背負う文学的財産が垣間見えるにつけ、やはりそれなりの素養なくしては小説を味わいきれないのかもしれない、少なくとも見えない面があるのは確かであり、自分の教養不足に落ち込みました。ほんと、遠いなあ。
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少し前に読んだ村上春樹氏の「若い読者のための短編小説案内」で紹介されていたことから図書館で手に取った。
同じ作家の作品では、米原万里氏の「打ちのめされるようなすごい本」で紹介されていた「笹まくら」を読んだきり。そのときには、そこまで緻密な描写とは思わなかったし、感慨や感動もなかった。自分は開高健のほうがずっと好きだし、合っていると思う。
前述の書籍の中で村上氏が、エゴの安易な発露を小説的にきっぱりと抑えることで生じる発熱を、確かな自己存在のための重要な滋養にしているようにみえると書いていたが、要するにおはなしが上手だということだ。好みではないが、確かに上手だなと思った。
他に、鈍感な青年、夢を買ひます、収録。
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丸谷才一は食わず嫌いで一度も読んだことがなかったけど、村上春樹の「若い読者のための短編小説案内」で紹介されていたので、読んでみた。素晴らしいの一言。小説技法、語り口ははっきり言って、村上春樹より一枚も二枚も上手です。三人称の叙述の中に「私」が思わず紛れ込んでいるという村上の指摘も見当違い。他の二編も面白かった。新しい発見に導いてくれたという点で、村上春樹に感謝です。
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樹の影に取り憑かれ、それの根源をめぐる劇中劇のような表題作。狂気と一言で片付けられなくなり渾然一体となって影を見つめる主人公の様は不思議な余韻を残す。他二作も好印象、「ない」ものを描くのが上手い作家なのかなぁ、という印象。他のものも読んでみたい。
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表題作「樹影譚」が、なかなか好みの短編だった。小説の中の小説の中の小説…という入れ子構造に通底する、樹とその影という捉えどころのないイメージ。構造の巧みさと、イメージの不気味さの取り合わせのせいで、暗闇の中にぽつんと一人で取り残されたような読後感になった。他の人のレビューで知ったのだけど、村上春樹の短編小説案内にも取り上げられているんですね〜。他のも読んでみよう。
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初々しい若者たちの恋模様が氷いちごのように甘酸っぱい「鈍感な青年」、樹影への思い入れを辿り壮大な時を巡る「樹影譚」、ホステスの女が語る妙に不安定な「夢を買ひます」。三者三様の魅力があって、どれも好き。難しい言葉遣いではないのだけれど、浮かんでくる情景は鮮やかで、登場人物たちの間の空気感や息遣いが生々しい。旧かな遣いの味わいも堪らない。中でも「樹影譚」のたった数十ページの中に存在する何層もの空間に、くっきりと所によっては淡く浮かぶ樹影を伴って壮大な時の流れが押し寄せてくる瞬間の感動は筆舌に尽くしがたい。
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三編からなる短編小説。笹まくらを読んで面白かったので読んでみた。最初のはとてもエロティックな話で、最初に図書館の人の話が出てきてその視線が頭から離れない、二番目の表題作は最後の加速度が、風邪をひいたときの頭の中のような感じ。三番目は女生徒のような感じ。女の子が一人でしゃべっているていの文体はすき。