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みんなのレビュー3件

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紙の本

観光地として素晴らしい佐渡。でも行く人に「知っておいて欲しい歴史」があります。

2016/07/09 20:11

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:大阪の北国ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る

佐渡を語る磯部欣三さんの名著『佐渡金山』のあとがきを、本書の著者である津村節子さんが書いていることも驚きなら、それを読むと、その津村節子さんがご主人ばりに佐渡を舞台とした歴史小説を書いているとのことも驚きであった。そしてその作品である本書をかなり探して読んだ。
江戸から送られた無宿の水替人足の生活と、生活困苦から遊女として売られざるを得なかった少女たちの境遇については、しばしば語られているが、こうして津村さんが読みやすい小説として描いてくれると、悲しみもまたひとしおであった。登場人物等は実話ではなくとも、磯部さんに考証を求めて真実性を確保し、当時「あり得た」ストーリーが展開されている。
武蔵野国の貧農の次男坊に生まれた直吉が、口減らしのため江戸に出て職を探すうちに河原の橋の下で捕えられ、無宿として佐渡に送られた。充分にあり得る設定だし、前段部分は中国をはじめアジア諸国で、今日でも毎日起こっている。そして、食料を求めて浜に打ち上げられた死魚を拾いにいくのが仕事であるはなが、これも家族の生活の糧となるために売られていくのも、その時代には充分にあった話である。この二人が出会い、両人とも「死ぬために生きている」ことから脱出を図ったとき、二人の人生は残酷な結末を迎えることになる。
金山の差配人以上の管理職、遊郭の女将という人々が私腹を肥やすために、自分より若くて弱い人間の命など屁とも思わなかった時代・・・。つい先ごろの大戦前後における中国・朝鮮人強制労働から高度経済成長時の地元民の公害被害まで、われわれの身の回りには厭になるほど繰り返されてきたことだ。
為政者が国民の幸福を忘れるどころか、自分可愛さに自国民を殺し始めることは、天安門から現代の中近東まで続く独裁政権の所業だし、殺人まではしなくとも、「解任された某都知事」も「架空の出張をデッチあげた某県議会議員」も「住民の幸せよりも、我が身可愛さに私腹をこやす」という点では大差ないと考える。
というようなことまで、しみじみと考えさせられた「文芸作品」だった。作品のほぼ終盤に一言登場する本書のタイトル『海鳴』。その余韻漂う読後感をしんみりと味わった。歴史小説好きにはお勧めです。

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紙の本

「小説」とはこういう作品のことを言う。

2002/07/29 22:03

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:凛珠 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 江戸時代後期。貧しい百姓の家に生まれ、口減らしとして江戸へ出た直吉は、無罪無宿ということで捕らえられ、佐渡金山へ人足として送られる。そこで待っていたのは毎日が死と隣り合わせの、まさしく地獄であった。一方、こちらも貧しさゆえに十一歳で私娼に売られたはなは、私娼狩りに合い、競売にかけられ、公認の遊郭へ奴女郎として競り落とされた。一寸の希望も無く、毎日が地獄の二人。ある日、直吉は模範人足として二年ぶりに町へ出され、花衣となったはなに初めて出会う。たった一度の出会いで二人は心から結ばれ、せめてあと一年生きて再会することを約束したが……。
 小説とは何か。基本的には作り事であろう。だが、作り事でもリアリティが無ければならないだろう。それはファンタジーが駄目だとか、そういう意味ではない。
 美しい娼婦が思い人と心中し、その死体に蟻がごっそりと集っている様子、腐乱した心中死体が見せしめとして馬に乗せて引き回され、皮が剥けて真皮だけになる様子、客に梅毒をうつされて髪が抜け、顔は膿を持った腫れ物だらけで目鼻の区別も付かず、穀潰しということで納屋に監禁されて飢え死にを待つ娼婦、心身ともに疲労し、幽鬼のようになっている人足の様子──そうした事物が容赦無く描かれている。だからといって著者はいたずらに残酷をデフォルメし、声高に叫んでいるわけではない。その筆はただ静かだ。著者は現実を描いているに過ぎない。
 私も今まで沢山小説を読んできたが、特に娼婦の梅毒について実際に描写している作品はこれが初めてであった。江戸時代の娼婦は殆どが梅毒にかかっていたという事実がありながら。小説家は例え作り事であっても、現実を書かねばならない。目に見えないところにも気を配らねばならない。豪華な衣装を着た娼婦が笑っていても、その裏には絶望があり、豪華な衣装も借金に加算されるのだということを知らねばならない。そうでなければ小説家失格である。そして津村節子氏は真の小説家だ。
 どうも時代小説は現実が描かれていないものが多いように感じる。江戸時代だから梅毒にかからないなどということは無い。一般の読者だけでなく、プロの小説家も本書を読んで心がけから勉強しなおすべきであろう。
 決して派手ではないが奥深く、何よりも真実が書かれたこの作品が、まやかしの買春純文学などよりも多くの人に読まれ、評価されることを願う。現実はそうでないのだから、現代もやはり不条理だ。

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2015/07/27 06:41

投稿元:ブクログ

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