紙の本
世界のデパート始まりの歴史
2020/02/23 17:54
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ベルリナ - この投稿者のレビュー一覧を見る
プシコー夫妻がパリのボン・マルシェを発展させてきた歴史を描いていてフランスの近代の成り立ちから都市や人々の変化を上手く捉えていて読みやすく分かりやすい!
当時の小説や資料(写真・イラスト)からの抜粋の箇所も興味深くてかなり楽しめる読み物になっています。
従業員やパリ市に寄付や相続させ点など今の経営者にも是非読んで見習って欲しい箇所も多いです。
紙の本
オボヌールデダム
2017/07/31 01:03
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る
ゾラが「オボヌールデダム百貨店」を書く際に参考にした世界初の百貨店の物語。第2帝政時代の勃興しつつある資本の力を描かせると、著者の筆は冴える。ボンマルシェ百貨店の経営方針が、現在の「CSR」なんかを遥に先取りしていたことに驚くし、読み物としても一流のおもしろさ。
紙の本
三越にも通じる
2017/07/07 19:06
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:名取の姫小松 - この投稿者のレビュー一覧を見る
デパートを作ったブシコー夫婦の物語。語りがかたいところがあるが、充分内容を楽しめる。
現金での取引、在庫を持ち越さないで、売れ残りはバーゲンセールで売りさばく。江戸時代の越後屋と似ている。
それとはまた違ったヨーロッパの事情があわせて語られている。
投稿元:
レビューを見る
ある夫婦が継いだマガザン・ド・ヌヴォテが今日のデパートの先祖ですよ、というお話。のみならず、通販・リゾート・子供服から養老年金・社員持株まで、欧米中流階級の文化と経済がボン・マルシェに塗り替えられた痕跡を鮮烈に暴いていく一冊。
投稿元:
レビューを見る
デパートが好きだ。
きれいで、いろんなものがたくさんある。嬉しくなる。でも、デパートっていつからあるんだろうか。そもそもデパートと他のお店のちがいってなんだろうか。
その謎を解き明かすには、十九世紀半ばのパリまでさかのぼらなくてはいけない。そこには「プシコー夫妻」という天才抜きには語れない物語があったのだ。
プシコー夫妻は自分の店にさまざまな販売戦略を展開していく。「バーゲン」「ディスプレイ」「高級商品」…。今日では常識となったそれらは、全てプシコー夫妻が考えついたもの。しかもそれは単に「ものを売るための作戦」だったんじゃない。二人が生み出したデパートとは、客の買い物心理を根底からくつがえす、近代の怪物だったということが明らかになってくる。
幅広い読者層に応えることのできる好著と言えるだろう。(けー)
投稿元:
レビューを見る
デパートという近代になってから出現したビルディングタイプ
を通じて近代を見ることができます。デパートの商品は白さの追究だったことが分かります。モダニズムの白い箱が連想されれます。
投稿元:
レビューを見る
実に150年前のパリで現代の大衆消費社会を生むきっかけとなったデパート「ボン・マルシェ」を築いたブシコー夫妻の経営戦略が、あまりに現代に通じているので驚かされます。商法のみならず福利厚生まで含めて社会的階層としてのサラリーマンを生んだとすら言える。
投稿元:
レビューを見る
世界初のデパートにおける広告・人事・販売・仕入れ戦略の様子を簡潔に述べた。現在に通じる顧客志向のパターンを19世紀で一時に構築した、天才の先見性が興味深い。目的ある購買から、需要を渇望させるマーケティングと宣伝へ。意識そのものを展開する、デパートの至上戦略の転換がここで起こったと実感した。
投稿元:
レビューを見る
当時の中産階級が、どんな行動パターンで動いているのかが想像できる、という観点の方向から面白かった。
デパートそのものは、なんかもう黎明期から、今のデパートとあんまり変わらないんだな…と思うと、わけもなく感心してしまったり。
ただ、衝動買いすることはほとんど無いので、自分にとっては色々と他人事かも(笑)
投稿元:
レビューを見る
世界最古の百貨店を作った夫婦の話。
少しばかり歴史への背景知識が必要ではあるが、非常に読みやすく取っつきやすい本なのでお勧めの一冊。
投稿元:
レビューを見る
[ 内容 ]
19世紀半ば、パリに産声をあげた、世界初のデパート「ボン・マルシェ」。
衝動買いを誘うウィンドウ・ディスプレイ。
演奏会、バーゲンなど集客戦術。
〈必要〉から〈欲望〉へと、消費のキイワードを一変させた天才商人、ブシコーとその夫人の足跡を追う。
[ 目次 ]
第1章 ブシコーとデパート商法
第2章 欲望喚起装置としてのデパート
第3章 教育装置としてのデパート
第4章 管理の天才、ブシコー
第5章 利益循環システムとしての福利厚生
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
投稿元:
レビューを見る
私が生まれる前の話だが両親はデパート勤めだったようで、今度、息子が就職するのだけど、父が亡くなった年にデパートに入るのが決まったってのは、なんだか出来過ぎな話だな。
そういう訳で、この本のさわりみたいな記事が夕刊に載っていたので買ってみた。
19世紀半ばにデパートのスキームと商売上の戦略を作り出したのが、本書で紹介される天才商人ブシコーとその夫人。大のデパート好きと思しき仏文学者の筆者が本人の楽しみのために書いたって感じの筆の滑りようで、19世紀半ばにパリに産声をあげた世界初のデパート〈ボン・マルシェ〉における集客戦術や今となっては当たり前の取組みに初めて日の目を見せたブシコー夫妻の着想と実行力について、ゾラの「ボヌール・デ・ダム百貨店」の創作ノートなどから積み上げる。
筆者が言うように、かつて子どもにとっては“デパートへ行く”というのは遊園地に行くとかと殆ど同義語で、屋上の遊園地や大食堂のお子様ランチの記憶は消えることが無い。買い物の記憶はあまり残ってないのだけれど、デパートの包装紙で包まれた商品を持って歩くささやかな幸福感や優越感は確かにあったような。屋号に籠められたブランドへの誇りが作り出す消費と非日常の世界、私らの子どもの頃はそれがデパートだったよね。
そんなデパートの存在感が薄くなったこの頃。昨日の朝刊にも名古屋の松坂屋が閉店するという記事が載っていたが、そうしたデパート不況の時代に、そこへ就職する意気や良し、店長目指して人生を切り開けと思う、親である。
投稿元:
レビューを見る
19世紀半ば、パリに産声をあげた、世界初のデパート「ボン・マルシェ」。衝動買いを誘うウィンドウ・ディスプレイ。演奏会、バーゲンなど集客戦術。〈必要〉から〈欲望〉へと、消費のキイワードを一変させた天才商人、ブシコーとその夫人の足跡を追う。
投稿元:
レビューを見る
世界初のデパート。パリのボン・マルシェ。今当たり前のようにあるものが、ある時代にいきなり完成形が誕生していたことに驚く。
そして、初期形というのはよけいな要素がないから、姿形がよく見える。
これは、阪急を見た時に思った。日本の消費社会の姿を考えるとき、銀座とか渋谷とか見るよりも、阪急梅田駅や宝塚線や神戸線の方が、プロトタイプが見える。
そのさらに源流が、パリに現存している!
私はどうしてもパリに行きたくなった。
投稿元:
レビューを見る
欲望は教育される。
きっかけは素朴な疑問だった。
「デパートはいつ誕生したのか?」
その解答がこの本だ。
1852年、アリスティッド・ブシコーはフランスで「ボン・マルシェ」という
世界初のデパートを誕生させた。
日本は黒船来航の前年だ。
パリにウインドーショッピングが広がってきた時代。
ブシコーは「ボン・マルシェ」の共同経営者となる。
そこに誕生したのは「欲望喚起装置」としてのデパートの発明だった。
薄利多売、バーゲンセールの発明、大売り出しの発明。
中でも白の博覧会と呼ぶべきテーマセールは
俗にいうニッパチの閑散期を埋める独創的なアイデアだった。
デパート中が白のアイテムで埋め尽くされたという。
今のデパートが行っている祭事やビジネスモデルのほとんどが
そこに生まれていることに驚く。
ブシコーは壮大な新館を建設し
スペクタクルとしてのデパートを完成する。
何かを買わなくても訪れたくなる
豪華絢爛たる場所にデパートはなっていった。
さらにブシコーは「教育装置」としてのデパートを発明する。
ライフスタイルを提案する中で商品を売っていく。
フランスで一般的な「ヴァカンス」も
上流階級のそのライフスタイルを
中産階級にまで広げたのが
「ボン・マルシェ」だったのだ。
さらにキリスト教の手帳である「アジャンダ」を模して
ボン・マルシェ「アジャンダ」を生み出し
そこに年間の催事を掲載していく。
人々の欲望は教育によって、喚起されていく。
さらに「従業員の教育装置」としてのデパートを発明する。
従業員の地位を高め、ふるまいを優雅にし
ホワイトカラー化、ブルジョア化していく。
これはデパートのポジションを高め
情報発信装置としてのデパートの価値を高めていく。
さらに従業員自らが新たなライフスタイルの伝道者となっていく。
現在、デパートのPR販促広告活動で行われているほとんどが
この段階で発明されていることに驚く。
そして、ブシコーは「ボン・マルシェ」というデパートを通じて
モノにあふれたデパートのような日常への欲望を社会全般に蔓延させていく。
モノにあふれ、モノを求め、モノを幸せの価値基準とする物語は
「ボン・マルシェ」から世界中に広がっていった。
そして、2011年。
日本のデパートはかつての輝きを失っている。
新たなデパートの発明が求められている。
その形は郊外化・大型化が進む
ショッピングモールが担い始めているのかもしれない。
そのキーワードはデパートが担ってきた優美で美しい大きな物語から
週末のショッピングにまつわる小さな物語への転換なのだと思う。
その象徴が、有楽町西武からルミネへの変遷かもしれない。
しかし。かつてのデパートがつくりだしてきた
伝統的なスノッブでブルジョアでリッチな物語の
行く末もより高度な形であるのではと思う。