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(2005.09.18読了)(2003.02.19購入)
この本は、1945年8月9日長崎に落とされた原子爆弾の被爆時の様子と、その後の救護活動、その後の復興について、自身の体験と取材によって書かれたものです。書き終えたのが、1946年8月。占領軍司令部の発行差し止めを受け、日本軍が行った「マニラの悲劇」を付録としてつける条件で、発行(日比谷出版社)できたのは、1949年1月です。
本の存在は、ずいぶん前から知っていたのですが、なんとなく手を出しかねていました。戦後60年ということで、この夏何冊かの、戦争に関する本を読んだついでにこの本もやっと手にしました。
実に衝撃的な本でした。広島原爆被爆については、「はだしのゲン」「黒い雨」などで読んだし、1970年9月に広島に足を運びましたので、その様子は知っていたつもりです。長崎も、1985年11月に訪れ、爆心地、平和公園、浦上天主堂、原爆資料館なども見たので、知っていたつもりです。
自分の体験と周りの体験者の話をもとに、被爆時及び、被爆後の様子を具体的に再構成して、生々しく描いてあります。医者でもあり、原子物理についての知識もあるし、どのようなことが起こったのかわかりやすく書いてあります。自身も被爆し、被爆時に頚動脈が切れるほどの怪我をしたり、被爆者の治療に当たったりもしているので、長崎原爆の被害状況について、これほど書くのに的確な人が他にいないだろうと思われます。
長崎の原爆について興味ある方は、是非一度読んでみたらと思います。
●原子爆弾投下
「8月9日午前11時2分、浦上の中心松山町の上空550メートルの一点に一発のプルトニウム原子爆弾は爆裂し、秒速2千メートルの風圧に比すべき巨大なエネルギーは瞬時にして地上一切の物体を押しつぶし、粉砕し、吹き飛ばし、次いで爆心に発生した真空はこの一切を再び空中高く吸い上げ、投げ落としたのであり、9千度という高熱が一切を焼き焦がし、さらに灼熱の弾体破片は火の玉の雨と降ってたちまち一面の猛火を起こしたのである。推定3万の人が命を失い、十余万人は重軽の創傷を負い、さらに放射線による原子病患者は数限りなく発生せんとするのである。空中に生じた爆煙と土煙とは、一時全く太陽光線をさえぎったため、外界は日蝕のように暗黒となったが、3分もたつと煙の膨張拡散するにともない、その密度が小さくなって、再び太陽の光と熱とをわずかに通過せしめるようになった。」
●8月10日
「8月10日の太陽は、いつものように平凡に金比羅山から顔を出したが、その光を迎えたのは美しい浦上ではなくて、灰の浦上であった。生ける町ではなくて死の丘であった。工場は無造作に押しひしゃがれて煙突は折れ、商店街は瓦礫の浜となり、住宅地はただ石垣の段ばかり、畑は禿げ、林は燃え、森の巨木はマッチを並べたように倒され、満目荒涼、犬一匹生きて動くものはない。夜半突然火を発した天主堂が、紅蓮の炎を上げて最後のピリオドを打っている。」
投下されたものが、原子爆弾である事は、アメリカ軍の飛行機が撒いていったビラによって分かった。
終戦を確認できたのは、16日の新聞です。「終戦の聖断下る」
●被爆直後の人びと
「すでに被爆後20分、浦上一帯は火の森林と化した。元気な人間��消火に従うべきものは一瞬になくなっているのだから、ただ火の燃えひろがるのに任せるばかり。生き残った者も強力な放射線に貫かれ、着物は剥ぎ取られて素裸のまま、下の町から炎を逃れてよろめきつつ山へ登ってくる。子供が二人で、死んだ父親を引きずって通る。首のない赤ん坊を抱きしめた若い女が走る。年寄り夫婦が手をつないで喘ぎ喘ぎ登ってゆく。走りながらもんぺがぱっと燃え上がってそのまま火の玉となって転がるものもいる。火に取り巻かれた屋根の上でしきりに歌いながら踊っている人が見える。気違いになったのだろう。後を振り返り振り返り走るのもあり、頭も振らず突っ走るのもある。姉は遅れる妹を叱り、妹は姉に待ってとせがむ。後へすぐ炎は迫っている。」
著者 永井 隆
1908年(明治41年)2月3日 松江市生まれ
1928年(昭和3年) 長崎医大入学
1932年(昭和7年) 長崎医大卒業
1933年(昭和8年) 満州事変に従軍
1934年(昭和9年) カトリックの洗礼を受けた
1934年8月 結婚
1944年4月 医学博士
1946年1月 長崎医大教授
1951年5月1日 逝去、享年43歳
☆関連図書(既読)
「五十年目の日章旗」中野孝次著、文春文庫、1999.08.10
「極光のかげに」高杉一郎著、岩波文庫、1991.05.16
「戦場から届いた遺書」辺見じゅん著、NHK人間講座、2002.12.01
「パール判事の日本無罪論」田中正明著、小学館文庫、2001.11.01
「命こそ宝」阿波根昌鴻著、岩波新書、1992.10.20
(「BOOK」データベースより)amazon
浦上の灰の中に伏して神に祈る原子病患者のなまなましい被爆の体験記録。