投稿元:
レビューを見る
現にあるものがそのようなかたちで現にあることにまず驚き、現にそのようにあることの”ありそうになさ”(Unwahrscheinlichkeit)を仮定することから初めて、そうであるにもかかわらず、なぜ形式や様式(秩序・構造など)が現に可能になっているのかを、探求する
投稿元:
レビューを見る
[ 内容 ]
<上>
社会学の世界にあってパーソンズ亡き後一般的な総合理論は構築されていない。
科学技術の進歩による人間社会の変化が顕著な昨今、一書をもって社会を説明するのは難業である。
豊饒多産なルーマンはあえて挑み現代社会学の理論成果として本書により金字塔を打ち建てた。
<下>
社会学の世界にあってパーソンズ亡き後一般的な総合理論は構築されていない。
科学技術の進歩による人間社会の変化が顕著な昨今、一書をもって社会を説明するのは難業である。
豊饒多産なルーマンはあえて挑み現代社会学の理論成果として本書により金字塔を打ち建てた。
[ 目次 ]
<上>
序章 システム理論におけるパラダイム転換
第1章 システムと機能
第2章 意味
第3章 ダブル・コンティンジェンシー
第4章 コミュニケーションと行為
第5章 システムと環境
第6章 相互浸透
<下>
心理システムの個体性
構造と時間
矛盾とコンフリクト
社会と相互作用
自己準拠と合理性
認識論にとっての諸帰結
[ 問題提起 ]
[ 結論 ]
[ コメント ]
[ 読了した日 ]
投稿元:
レビューを見る
ニクラス・ルーマンのやたらに高価でやたらに分厚い「主著」(1984)にいよいよ取り組む。
理論社会学という分野に属するそうだが、自然科学、数学、哲学などあらゆる知の領域を咀嚼し、独特のシステム理論に沿って、考え抜かれた思索により「社会」に関わる諸概念が再検討される。
抽象的なので難解と言えば難解だが、心地よい難解さである。
Amazonのレビューでは翻訳が良くないとの声もあったが、そうでもないと思う。「Selbstreferenz=self-reference」はここでは「自己準拠」と訳されている。ちくま学芸文庫のエッセイ集では「自己言及性」と訳されていたが、それだと「言表」の領域に絶えず関わっているようなイメージがあり、こちらの「自己準拠」の方がわかりやすいと思う。
本当に隅から隅まで知的に面白く、圧倒的な量感の本書だが、もちろん著者の主張には常に賛同できるわけではない。
ルーマンは「自己準拠」的なシステムの「統一性」にずいぶんこだわっており、そのため、たとえば「心理システム」はシステムだが、「人間」はシステムではないという断言が出てくる。彼の言う「心理」とはもっぱら「意識」の界面であり、無意識を考慮しないし、生化学的=身体的な生物としての側面は「心理システム」と接触を持たないなどと変なことを言っている。最新の脳科学を考慮するならば「意識」はむしろ後から付加されたものにすぎず、まだ十分には解明されていないものの、生化学的反応は情緒・情動などとして密接に「意識」に関与しているのではないか(ダマシオ参照)。
けれどもルーマンが社会システムを構成する最小要素はコミュニケーションである、と書くとき、私は大いに共感するし、この考え方は本当に面白い。
そのコミュニケーションの重要な契機のひとつとして「ダブル・コンティンジェンシー」なる、パーソンズによって導入された概念が注目される。
たとえば、ある男性が気にかかっている女性をデートに誘おうと、ドキドキしながら声をかける。このとき、女性の側がどう反応するかは予測できない。
「うん、いいよ!」と言うかもしれないし、
「何あんた、マジキモいんだけど」と言って立ち去られるかも知れない。
しかし男性は「彼女とデートしたい」あるいは「彼女ともっと親密になりたい」という目標をもって果敢にアタックするのである。そのアプローチを相手がどのように受け入れるか/受け入れないか、という現実の生起を待ち、それに対して男性は更にどうアプローチするか。さらに彼女はどう反応するか・・・このようにどんどん進んで行く「反応/(対応の選択)」が、両者に迫られることによって、コミュニケーションは成り立っていく。
一般的に言えば、コミュニケーションの行方は不確実性のさなかにあるが、ルーマンはこの不確実性が逆に社会システム構築の確実性となっているという、パラドキシカルな考察をしている。
単に情報を伝達するという機械のように単純なモデルが用いられる情報理論とは一線を画しており、ルーマンがなまなましい現実の世界を見つめていることがわかる。
彼は「ノイズなしには、いかなるシステムもありえない」(P180)とも語る現実主義者でもある。
さらに���理システムが別の心理システムと、あるいは心理システムが社会システムと「相互浸透」すると考えるルーマンの思想は、やはりシステムを過度に「閉鎖系」と考えているわけではないようだ。
私としては、ルーマンの思想に「複雑系」の思考を加えるべきではないか、脳科学などの最新の知見も考慮するべきではないかという不満もないではないが、それでも、本書は一読ではなかなか捉えきれないほどの複雑さと奥行きをもつ、実に取り組みがいのある書物である。
さて下巻では何が出てくるかと思うと楽しみだ。