紙の本
12人に1人が全色盲の「The Island of Colorblind」
2010/05/30 22:25
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る
サックス三冊目は、ミクロネシアの島々を訪ねた紀行エッセイ。しかし、そこはサックス博士、行く先々は全色盲が12人にひとりの割合でいるという驚くべき「」ピンゲラップ島、ポーンペイ島や、独特の神経症が多発する島などの脳神経科医的にきわめて興味深い場所になっているのがミソだ。
特にピンゲラップ島はWikipediaの色覚異常の項で、以下の記述を読んで興味がわいたものだっただけに、それをサックスが訪れる、ということでとても期待して読んだ。
「ミクロネシア連邦のピンゲラップ島は、12人に1人を1色覚者(錐体を持たない)が占める島である。これは、1775年頃に島を襲ったレンキエキ台風によって人口が20数人にまで減ってしまい、その生き残りに1色覚者がいたため、孤立した環境で近親婚を繰り返した結果、1色覚者の割合が高くなったものである。1色覚者は暗い場所で微妙な明かりを見分けることができるとされている。このため、ピンゲラップ島において1色覚者の人々は、月明かりの下でトビウオを捕まえる極めて優れた漁師であるといわれている」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%B2%E8%A6%9A%E7%95%B0%E5%B8%B8
紀行文はやっぱりそれ自体が面白くて、途中の米軍が支配している島での行動制限とか、以前は日本が支配していたのが戦後アメリカ領となった戦後の歴史に触れられている。旅の道行きを辿りながら、進化論のさまざまや南島を舞台にしたクックやメルヴィルらの本を引き合いに出しつつ語っていくサックスの語り口がとても読ませる。
島へたどり着いてみると、色盲の同行者が島の住民を見た瞬間、誰が色盲のものなのかが瞬時に見分けられたという下りが面白い。
もっとも感動的なのは、同行者が付けていた色盲の人用の眼鏡を現地の人に貸してみたところ、あまりに感動されたので、自身も大事にしていたその眼鏡をその場で現地の人にプレゼントしたエピソードだろう。自分は帰れば替えを買うことができるとはいえ、やはりなくてはならないもののはずだ。
他にも、色盲の人にしか模様が見えない織物だとか、外部から色盲の人間が現れたことで、島に伝わる色盲起源神話がリアルタイムに変質していく下りなど、短いなかにも面白い話が詰まっている。そして、色盲の人が多数とはいえやはり少数派である以上、そこには社会的階層ができてしまう。そこら辺の病のみに留まらず、病の社会的意味合いを見据える視点はやはりサックスらしい。
ラストはインターネットでの全色盲ネットワークに触れ、それこそが「全色盲の島」に違いない、とうまくまとめている。
ただ、数日滞在した程度だから仕方がないけれど、色盲の島篇は正味70頁程度でそこまで踏み込んだものではないのがおしい。
第二部の「ソテツの島」は、ALS(筋萎縮性側索硬化症あるいはルー・ゲーリッグ病)はじめ独特の神経症が多発する島での、数十年にわたる原因究明の歴史を島への訪れと絡めて書いたもの。ALS風のものとパーキンソン病風の二種類の風土病が存在していて、一体何が原因なのかがずっと研究されていたのだけれど、ある時以降の生まれの者にはぱったりと発病しなくなり、原因究明そのものが暗礁に乗り上げそうだという状況がある。島に生えていて、飲用にしているソテツに含まれる成分が原因ではないかというソテツ説が盛り上がっては却下され、という歴史があるのだけれど、決定打を欠いている。
サックスによるそうした研究史の概説と、現地で出会った独特の振る舞いをする患者や患者らに対する全人的なケアの様子、そしてソテツそのものに対する進化論、生物学的な観察などが絡み合った興味深い紀行エッセイになっている。
やたらと註が多くて(註も註で結構面白い話が多いんだけど)、本文が短めなのが物足りないところはある(色盲の島篇はもうちょっと分量が欲しかった)。まあ、どちらも非常に面白いエッセイであることは間違いない。メルヴィルに対する言及の多さとか、文学にかなり造詣が深いところがなかなかいい。
Close to the Wall
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タイトルだけ見るとまるで全色盲が正常であるような種族の暮らす環境があるのかと思ってしまうが、さにあらず、病原の到来、虐殺による人口減、病因遺伝子の濃縮拡散といった歴史的な経緯が認められる。グアムの風土病で筋萎縮性側索硬化症とパーキンソン病をセットにしたような「リティコ-ボディグ」も同様に、病因として疑われるソテツの食用という伝統と第二次大戦前後の列強による抑圧の歴史が深く関係していることが、現地を旅して多くの患者と面会する著者の目を通じて明らかにされる。特に後者は日本も占領者として業を背負っており、身の縮む思いがする。しばしば幸福の初期条件として「どこの国に生まれたか」ということが言われるけれど、「どんな伝統文化を持った」「何人として」「どこの土地に生まれたか」ということがこれほど後の人生に甚大な影響を及ぼすものかと思わずにいられない。もっとも、好奇心旺盛なサックス氏のこと、関心の対象は土着神経病のみにとどまらず、土地の原生林に茂るシダや環礁に見る海洋生物、島の美しい風景に注がれ、島での暮らしならではの幸福も見逃さない。人の歴史、暮らし、そこに育まれる幸福、それを司る健康、それを揺るがす伝統……人をめぐる様々が渾然と厚みをもって迫る骨太な旅の記録だ。
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孤立した環境で近親婚由来の劣性遺伝である全色盲が際立って多い島へ調査に行ったときのエッセイ。北欧出身の自分も全色盲である学者が同行したら島に伝わる”何故この島には全色盲の人々がいるのか”という神話が後付けで変化したのが実に京極夏彦チックで興味深かった。
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植物学者で医者でもある筆者が、世界の島々(特に南太平洋)に遺伝的に孤立した疾病を 植物学者の精細な風土の描写と一緒に、その病気を観察した旅行記です。
寝苦しい夏、本の描写と重なって不思議な夢を見ます。
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「レナードの朝」や「妻と帽子を間違えた男」などの著書で知られる脳神経外科医オリバー・サックスの本。ちょっと前の本なんだけど、興味深い。前半は全色盲の島のはなし。通常なら先天性全色盲は10万人に一人の割合のはずなのに、この当時のミクロネシアのピンゲラップ島では、700人余りの島民のうち57人が全色盲であるという。オリバー・サックスは、先天性全色盲であるクヌートという視覚研究者とともに、この島を訪れている。原因としては、島という閉鎖された環境で、台風などにより、人口が減り、近親交配が繰りかえされたため、全色盲の遺伝子をもつ島民が増えていったということらしい。全てが白黒に見えるだけでなく、弱視だったり、遠視だったり、近視だったり、明るいところはまぶしすぎて見えなかったりという障害や見えないために授業がわからず、勉強についていけなかったりということはあるし、とても大変なのはわかるのだけれど、サックス先生が全盲の人たちの夜の漁をとても幻想的に書いているので、全盲の彼らの世界をのぞいてみたい気分になってしまった。また、全盲も大変な問題ではあるのだけれど、ミクロネシアの島々のおかれた現状も問題なのではないかというエピソードがいっぱい。核実験の島や、基地の島。米軍が美しいさんご礁の島を蹂躙している。でも、その島々を過去に日本も支配していたことがあることを恥ずかしながらほとんど知らなかった。その隷属の歴史に日本が加担していたことを知らずにいたことを恥ずかしく思う。今もなお、ミクロネシアには基地の島があり、イラクへの飛行機が飛び立っていく。そして原住民達は詳しい情報も知らされないままに、兵士として、イラクに送り込まれている。悲しくてやるせない話だ。サックスは、原住民に宗教を押し付けること、白人の文化を押し付けることの理不尽さを科学者らしい公平さで描いていて好感が持てる。後半部分は、グアム島の風土病の話。グアム島には、パーキンソン病に似た風土病と、アルツハイマーに似た風土病があり、症状は違うものも、原因はどうも同じらしいことが判明している。ただ、その原因については今現在でもはっきりとは解明していない。原住民であるチャモロが食べている、ソテツの実に含まれる成分がこの病気の原因となっているようなんだけど。このソテツ、毒があるのは、チャモロ達も知っているのだが、旱魃などで、他に食べるものがないので水にさらしたりして、食べ始め、習慣になってしまったらしい。現在は、ソテツが風土病の原因だということが判明してきたため、病気にかかる人も少ないのだとか。グアムといえば、リゾートという頭になっていた私だったので、チャモロの現状や、ゴルフ場を作ることによって生態系が壊されているということなどなど、初めて知ることも多く、自分の無知が恥ずかしかった。ミクロネシアの島々といえばさんご礁、楽園というイメージだったのが、すっかり塗り替えられてしまった。でも、知ることができてよかった。
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「我々疫学者はこのような隔離された土地を求めているのだ」レナード・カーランド
1/4が耳が聞こえない島とか、全色盲だらけの島とか、ガリバーになった気分で読んだ。
隔離された島で、一度ハリケーンで人口が激減したために近親結婚が繰り返され、劣性遺伝であるにもかかわらず、全色盲が12人に1人(キャリアは3人に1人。ちなみにこの島以外だと全色盲は3万人に1人)。
色が見えない=錐体細胞がない→暗い時用の桿体細胞で見る→明るさに弱い
夜釣りの漁師になる人が多い(夜はよく見える)
色がわからないので、色だけで判断せず、全感覚を使う
全色盲の起源として色々神話があるが、白人の全色盲の人が訪れたことで、この病気は白人が持ち込んだという神話が3日で広まった。
グアムでは、慢性に進行して何年も寝たきりになったまま治る見込みのない病人であっても、一個の人格として、社会の一員として受け入れられる。
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「レナードの朝」や「火星の人類学者」の著者による、奇病が残るミクロネシアの見聞録です。
ポーンペイ島とグアム島を中心に、全色盲やパーキンソン病が集中している場所を巡ります。
学者としてじっくりと研究するわけではなく、熱意ある一人の人間として島民と接している点が綴られています。
後半の註も充実していて、参考資料というよりも読み物として面白いです。
奇病が続く地域の人々は運命論的にそれを受け入れていることが多いようで、通常の感覚や肉体無しで生きてきた人に治療を施すと逆に混乱させてしまう話が印象的でした。
長い間培われてきた生き方や文化がそこにはあり、病気としてではなく個性や特徴として尊重する姿勢を文明人なら持つべきなのかもしれません。