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なにか、奇妙な感じがここにある。
実は本書を読む直前に、同じ作者の『妻と私』を読んでいた。あちらは晩年に書かれた物で、一方こちらはまだ若いときの作である。2冊の間には実に30年もの月日が横たわっている。
しかし何だろうか、この奇妙な感じは。2冊の文体にほとんど違いが見られないのだ。これが26歳の文体とはとても思えない。当時、この作者は出会った人に「ずいぶん若いな。君はもっと年寄りだと思ってたよ」と言われていたらしいが、それも納得である。なにしろ26歳にして、六十過ぎの時と全く同じ文体で書いていたのだから。
もちろん若いだけあって、ユーモアを含んだ文章ではある。読んでいても楽しい。しかし『妻と私』を読んだ後だけに、ある《怖さ》がのこる。この怖さに思いを巡らさずにはいられない。
どうもこの作者は26のときから、年寄りのように生きてきたようである。いつだって分別くさい顔をしてきた。それが不気味だ。彼は生涯を通じて、いつも何かを「我慢」して生きてきたのではないか。若い頃は全てを知ったようにして生き、そして死ぬときも分別ある年寄りのまま死んでいった。江藤淳という男は、つねに立派な「江藤淳」であり続けた。
もしも本書だけを読んだのならば「犬好きの、楽しいエッセイ集だなあ」と思ったことであろう。だが『妻と私』と読み較べたとき、なにか納得のいかない怖さを覚える。若い頃から死ぬまで、まるで変わらなかった男の背後に、得体の知れぬ不気味なものを感じる。(けー)
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著者はさすがの筆力で読むの者を飽きさせない。愛妻と愛犬への溢れる愛と、コッカー特有の可愛らしさを存分に描き切れていると感じる一冊。著者が最後を迎えた時は、お嫁に出した4匹目のAMコッカーがいたそうです…。
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本書では江藤淳氏の愛犬家の一面が垣間見えとても親近感が湧きます。江藤家で飼われていた犬はどれもメスのコッカー・スパニエルです。奥様の描かれた愛犬の挿し絵、そして江藤さんが書く愛犬との生活、犬への想いで、御夫婦がワンコを溺愛していた様子が伺えます。巻末の姪の方のエッセイで奥様に先立たれた江藤さんが、愛するコッカー・スパニエルさえも手放すほどに徐々に気弱になっていく様子がせつなかったです。
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江藤淳氏の著書は読んだことなくて、きっと難しい本を書かれていた方だと思うのですが、この本を読んで、とっても身近に著者を感じることができました。
著者のダーキィをはじめとする犬たちに対する態度や気持ち、犬とともに暮らした人生が、あたたかく微笑ましく、また哀しくもあり、私の心にじんわりと沁み入りました。
犬たちが豊かにしてくれる生活、愛情あふれる楽しいくらし、でもそれだけじゃなくて、人よりもずっと早くに一生を終えてしまう犬とのくらしは、心を通い合わせてるからこそ余計に哀しくつらいものでしょう。
著者はまた、奥様も亡くされます。その後、自身も命を断たれました。そういうことを含めてなのか、本全体に哀しみの気配というかそういうものがあふれているようです。でもそれは、ただ不幸な悲しみではなくて、むしろ人生を豊かにもする哀しみでもあるような気がします。大きな愛があるからこその哀しみ、のような。
次また、この著者の奥様とのことを書かれた本を読んでみます。
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文芸評論家の江藤淳が、3代に渡るコッカー・スパニエルとの生活について綴ったエッセイを集めた本です。
夏目漱石の実生活から文学を解き明かしたり、戦後の日本が「アメリカ」に対するアンビバレンツな状況の中に置かれてしまっているという鋭い問題提起をおこなったり、あるいは田中康夫の文学上の意義をいち早く認めたりと、著者は文芸評論家として優れた業績を残しており、福田和也や大塚英志をはじめ、いまなお多くの人びとに影響を与えていますが、本書では、愛犬と同じ目線に立って惜しみなく愛情を注ぐ著者の姿があるがままに示されています。