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ウディ・アレンバイオグラフィー

ウディ・アレンバイオグラフィー みんなのレビュー

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みんなのレビュー2件

みんなの評価5.0

評価内訳

  • 星 5 (1件)
  • 星 4 (0件)
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高い評価の役に立ったレビュー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2003/09/23 23:11

おいしい芸術家のおいしからぬ生活

投稿者:南波克行 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 かなり多くの人は、ウディ・アレンが実生活そのままの自分を、映画の中でも演じていると考えているのではないだろうか。神経質で人目がきらいで、保身にやっきで、コンプレックスの固まり…。実際その通りなのだ。そうではあるけど、しかし、そうした自分の「キャラクター」を、映画用に明確な計算のもとに作り上げたものだとしたらどうだろう。さらに、功名心の強さは人一倍で、出世欲と金銭欲の強烈さも筋金入り、という側面が見えてくるとしたら。オスカー受賞の「アニー・ホール」から、最近作の「スコルピオンの恋まじない」まで、一貫して同じ人物であり続ける映画の中の「ウディ」と、その作者の「アレン」に少しずつズレが生じてくるのではないだろうか。(アレンがロールスロイスを乗り回しているとは知らなかった!)
 この本は、600ページを超える大ボリュームの、ウディ・アレンの半生記である。個々の作品に対する筆者の評価は最小限に抑えられ、伝記的事実にのみスポットを当てて、そうした「ウディ」と「アレン」との「ズレ」を明らかにしていく。そして、それはあくまで「ズレ」であって、「違い」ではない。彼は作品の中で、まったく別の自分を作り上げているのではなく、それを計算づくで誇張し、飛躍して描いているのだから。この違いは重要で、「違い」があるのなら作品のみを注視すればいい。けれど「ズレ」であるならば、それはアレン作品の真の理解に欠かせない要件であるはずだ。
 かねがね、ウディ・アレン作品の評価は少し客観性に欠けるところがあると感じていたが、その理由はおおむねウディ・アレンという人物のイメージが、あまりにも作品と一体化されすぎていることだった。精神分析的なシナリオ、ベルイマンの影響、生と死の洞察などなど、アレン作品をめぐる紋切り型の批評を越える何かは、一度アレンの人物イメージ、つまり「ウディ・アレンらしさ」を離れなければ決して出てこないように思うのだ。
 そこで必要なのが本書のような、客観的なバイオグラフィーである。公認の伝記がそうであるように、本人を無意味に賛美するのでも、非公認の伝記にありがちな、スキャンダラスな事実を暴き立てて、神話を剥ぐ愛のない本でもない。多彩なアレン作品ではあるが、作品のテーマや細部は意外なほど、実生活上のトラブルが影を落としていることも、この本では教えてくれる。アレンの映画が、いかにそうした実と虚の激しいぶつかり合いから生まれているか、ウディ・アレンをより深く知ろうとする者にとって、必読中の必読書だ。
 ウディ・アレンを語る上で避けて通れない、女性関係についてもさすがに詳細をきわめている。初期アレン作品のパートナーであるダイアン・キートンとの関係について、その最初期の共演作である「ボギー!俺も男だ」の頃には(その後2人は7本もの作品で共演)、既に男女の仲としては終わっていたこと。もっとも、その位なら井上一馬「ウディ・アレンのすべて」(河出書房新社)でも知ることができるわけで、そこでは「かけがえのない友人であり続けた」といった程度の記述しかないのだが、本書をあたると2人がキャリアのために、いかに互いを利用しあっていたかが伝わってくる。また、その後のミア・ファローとの愛憎入り乱れた関係の中、どのような背景で彼女を主演女優として起用し続けていたかが、たっぷりと描写されている。
 本書を読み進むにつれて、実生活における困難を、あれほどの深みを持つ作品に転じてしまう、ウディ・アレンという芸術家の才能に改めて驚かされる。この本から得るものは実に多い。読み物として面白いことはもちろんなのだが、まとまった形での作家論が意外なほど少ないウディ・アレン研究にとって、大きな前進を与えてくれる1冊になるだろう。

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低い評価の役に立ったレビュー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2002/10/01 15:15

監督・作家・スター、音楽家のウディを多面的に分析した労作!

投稿者:安原顕 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 一九八〇年代、「マリ・クレール」の編集者時代、淀川長治、蓮實重彦、山田宏一の三氏に頼んで鼎談「映画千夜一夜」を毎月連載、「マリ・クレール」の「売り物」の一つになったことがある。単行本(現在は中公文庫)に纏めてからも売れに売れた。企画者のぼくは十数回に及ぶ鼎談に毎回立ち合い、楽しい時を過ごしたが、映画の趣味はぼくと三氏は、まったく違っていた。例えば、最も贔屓監督は、淀川さんはチャップリン、蓮實重彦はゴダール、山田宏一はトリュフォー、ぼくはタルコフスキーだったからだ。他にも、六〇年代のベルイマンやワイダが好きなどと言おうものなら、三人に「安さんは映画の分からぬ男」と軽蔑されもした。ウッディ・アレンの三人の評価も極端に低かった。要するに彼らは「映像派」、文学や哲学といったメッセージ性の濃い作品は嫌いなのだ。ウディ・アレンの何が好きなのか。ユダヤ人でニューヨーカー独特の皮肉と、自虐的なスタンス、聴きようによってはクサい知的な会話、それに、自身、クラリネット奏者ゆえの映画音楽のセンスの良さなどである。むろん、敢えてダサい中年男を演じる役者としての味もいい。本書は、そのウディ・アレンを多面的に分析した大部な評伝で、とても興味深く読んだ。内容をコピー風に綴れば、ウディ・アレン(本名はアラン・スチュアート・コニグスバーグ。一九三五年、ブロンクス生まれ)はどこからが本物で、どこまでが映画の登場人物なのか。作家(彼の短篇集はソニー出版から出ている)、映画監督、スターの実像に迫り、個々の作品への言及も面白い。またユダヤ人問題、セックスや死に関する分析にも教えられることが多かった。彼が影響を受けた監督はベルイマンで、『インテリア』『サマー・ナイト』『地球は女で回っている』は、それぞれ『鏡の中の女』『秋のソナタ』、『夏の夜は三たび微笑む』『野いちご』からヒントを得ているとのこと。
 ぼくの見た最新作は『おいしい生活』(00年)だが、これは目を覆う愚作でがっかりした。「ベスト3」は、とりあえず『ハンナとその姉妹』(86年)、『セプテンバー』(87年)、『ギター弾きの恋』(99年)としておこう。彼のクラリネット演奏が楽しめるバーバラ・コップル監督のドキュメント『ワイルド・マン・ブルース』(98年)も捨て難い。

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紙の本

おいしい芸術家のおいしからぬ生活

2003/09/23 23:11

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投稿者:南波克行 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 かなり多くの人は、ウディ・アレンが実生活そのままの自分を、映画の中でも演じていると考えているのではないだろうか。神経質で人目がきらいで、保身にやっきで、コンプレックスの固まり…。実際その通りなのだ。そうではあるけど、しかし、そうした自分の「キャラクター」を、映画用に明確な計算のもとに作り上げたものだとしたらどうだろう。さらに、功名心の強さは人一倍で、出世欲と金銭欲の強烈さも筋金入り、という側面が見えてくるとしたら。オスカー受賞の「アニー・ホール」から、最近作の「スコルピオンの恋まじない」まで、一貫して同じ人物であり続ける映画の中の「ウディ」と、その作者の「アレン」に少しずつズレが生じてくるのではないだろうか。(アレンがロールスロイスを乗り回しているとは知らなかった!)
 この本は、600ページを超える大ボリュームの、ウディ・アレンの半生記である。個々の作品に対する筆者の評価は最小限に抑えられ、伝記的事実にのみスポットを当てて、そうした「ウディ」と「アレン」との「ズレ」を明らかにしていく。そして、それはあくまで「ズレ」であって、「違い」ではない。彼は作品の中で、まったく別の自分を作り上げているのではなく、それを計算づくで誇張し、飛躍して描いているのだから。この違いは重要で、「違い」があるのなら作品のみを注視すればいい。けれど「ズレ」であるならば、それはアレン作品の真の理解に欠かせない要件であるはずだ。
 かねがね、ウディ・アレン作品の評価は少し客観性に欠けるところがあると感じていたが、その理由はおおむねウディ・アレンという人物のイメージが、あまりにも作品と一体化されすぎていることだった。精神分析的なシナリオ、ベルイマンの影響、生と死の洞察などなど、アレン作品をめぐる紋切り型の批評を越える何かは、一度アレンの人物イメージ、つまり「ウディ・アレンらしさ」を離れなければ決して出てこないように思うのだ。
 そこで必要なのが本書のような、客観的なバイオグラフィーである。公認の伝記がそうであるように、本人を無意味に賛美するのでも、非公認の伝記にありがちな、スキャンダラスな事実を暴き立てて、神話を剥ぐ愛のない本でもない。多彩なアレン作品ではあるが、作品のテーマや細部は意外なほど、実生活上のトラブルが影を落としていることも、この本では教えてくれる。アレンの映画が、いかにそうした実と虚の激しいぶつかり合いから生まれているか、ウディ・アレンをより深く知ろうとする者にとって、必読中の必読書だ。
 ウディ・アレンを語る上で避けて通れない、女性関係についてもさすがに詳細をきわめている。初期アレン作品のパートナーであるダイアン・キートンとの関係について、その最初期の共演作である「ボギー!俺も男だ」の頃には(その後2人は7本もの作品で共演)、既に男女の仲としては終わっていたこと。もっとも、その位なら井上一馬「ウディ・アレンのすべて」(河出書房新社)でも知ることができるわけで、そこでは「かけがえのない友人であり続けた」といった程度の記述しかないのだが、本書をあたると2人がキャリアのために、いかに互いを利用しあっていたかが伝わってくる。また、その後のミア・ファローとの愛憎入り乱れた関係の中、どのような背景で彼女を主演女優として起用し続けていたかが、たっぷりと描写されている。
 本書を読み進むにつれて、実生活における困難を、あれほどの深みを持つ作品に転じてしまう、ウディ・アレンという芸術家の才能に改めて驚かされる。この本から得るものは実に多い。読み物として面白いことはもちろんなのだが、まとまった形での作家論が意外なほど少ないウディ・アレン研究にとって、大きな前進を与えてくれる1冊になるだろう。

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紙の本

監督・作家・スター、音楽家のウディを多面的に分析した労作!

2002/10/01 15:15

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投稿者:安原顕 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 一九八〇年代、「マリ・クレール」の編集者時代、淀川長治、蓮實重彦、山田宏一の三氏に頼んで鼎談「映画千夜一夜」を毎月連載、「マリ・クレール」の「売り物」の一つになったことがある。単行本(現在は中公文庫)に纏めてからも売れに売れた。企画者のぼくは十数回に及ぶ鼎談に毎回立ち合い、楽しい時を過ごしたが、映画の趣味はぼくと三氏は、まったく違っていた。例えば、最も贔屓監督は、淀川さんはチャップリン、蓮實重彦はゴダール、山田宏一はトリュフォー、ぼくはタルコフスキーだったからだ。他にも、六〇年代のベルイマンやワイダが好きなどと言おうものなら、三人に「安さんは映画の分からぬ男」と軽蔑されもした。ウッディ・アレンの三人の評価も極端に低かった。要するに彼らは「映像派」、文学や哲学といったメッセージ性の濃い作品は嫌いなのだ。ウディ・アレンの何が好きなのか。ユダヤ人でニューヨーカー独特の皮肉と、自虐的なスタンス、聴きようによってはクサい知的な会話、それに、自身、クラリネット奏者ゆえの映画音楽のセンスの良さなどである。むろん、敢えてダサい中年男を演じる役者としての味もいい。本書は、そのウディ・アレンを多面的に分析した大部な評伝で、とても興味深く読んだ。内容をコピー風に綴れば、ウディ・アレン(本名はアラン・スチュアート・コニグスバーグ。一九三五年、ブロンクス生まれ)はどこからが本物で、どこまでが映画の登場人物なのか。作家(彼の短篇集はソニー出版から出ている)、映画監督、スターの実像に迫り、個々の作品への言及も面白い。またユダヤ人問題、セックスや死に関する分析にも教えられることが多かった。彼が影響を受けた監督はベルイマンで、『インテリア』『サマー・ナイト』『地球は女で回っている』は、それぞれ『鏡の中の女』『秋のソナタ』、『夏の夜は三たび微笑む』『野いちご』からヒントを得ているとのこと。
 ぼくの見た最新作は『おいしい生活』(00年)だが、これは目を覆う愚作でがっかりした。「ベスト3」は、とりあえず『ハンナとその姉妹』(86年)、『セプテンバー』(87年)、『ギター弾きの恋』(99年)としておこう。彼のクラリネット演奏が楽しめるバーバラ・コップル監督のドキュメント『ワイルド・マン・ブルース』(98年)も捨て難い。

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