紙の本
懐古の意味
2003/06/06 00:53
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:深爪 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「愛のゆくえ」というメロドラマのようなタイトルにはちょっと首をかしげたくなる、ある「堕胎」を題材にした物語。世界にひとつしかない特殊な「図書館」に勤める(ていうか引きこもっている)主人公が、そこで一人の美しい女性と出会い、ほどなく女性は妊娠し、いっしょに堕胎のためメキシコに行き、帰ってきたら図書館は…という、ロード・ムービーっぽい展開も感じさせるストーリーは、シンプルで、どことなくファンタジックです。
ちょっと「歴史上の人物」って感じになってきたリチャード・ブローティガンが、いまのところ唯一、文庫で読める作品だそうです。
つかみどころのないふわふわした軽い文体で、文明社会に対する乾いたニヒリズムとなおかつ気の利いたユーモアに溢れていて、さらっとしています。ゆえに初期の村上春樹作品を彷彿とさせるところもあります。
ただ軽いだけでなく、奇妙な「図書館」にしても、「堕胎」にしても、あるいは「メキシコ」にしても、ある種のメタファーであって、ある種のメッセージが含まれた小説であるようです。
ロード・ムービーっぽい展開からもそうですが、70年代初頭に出版されたこの小説からは、「イージー・ライダー」「真夜中のカーボーイ」等のアメリカン・ニュー・シネマが象徴するような、いわゆる70年代的な空気を感じ取ることができます。もう60年代の幻想からは脱皮しなければ。ラストの「新しい人生」の章は、新時代に向けてのメッセージとも受け取れます。でもなんだか釈然としないものも残ってしまいます。
著者がこの小説で60年代的なドロップアウト的生き方の終焉を示唆しているとするならば、著者自身が必ずしもそれを全面的に受容したものでないと思えるのです。高橋源一郎氏による巻末の解説をそのまま引用すると、「いま、ブローティガンの他の作品と共に、『愛のゆくえ』を読み返すと、図書館を出て、広い外の世界へ脱出してゆく主人公の心が、それほど晴れやかでないことに僕たちは気づく。図書館の中で「引きこもり」をしていた時の落ち着きを、彼は失っているのである」。同感です。
いま本当にこの小説のような図書館(さまざまな人々が自分の書いた世界にたった一冊しかない本を納めに来る場所)があって、そこを守っている(人々の救われない魂を鎮めている)としたならば、それはむしろ意義のある仕事と肯定的に把握されるはずです。時代は変わり、作品の持つ意味合いも変わってきたといえそうです。
もちろん、戦争(的なもの)へのアンチテーゼは今も昔も変わっていません。それをキーワードに今昔を括ることもできるかもしれません。でも私たちはかつてのように体制あるいは文明社会からドロップアウトするかというと、そんなことはなくて、現実を生きなければならない時代の私たちは、ただ現実を生きます。
では私たちが、「再評価」とかなんとかいって、それでも当時を懐古的に振り返りたがるのはなぜでしょう? せめてこの小説にあるような、無垢な「ファンタジー」を感じたいからでしょうか。
登場人物は愛すべき人々ばかりです。愛すべきパーソナリティだったであろう著者の、しかし孤独だったその生涯が偲ばれます。そしていつの時代も私たちは理想と現実との間でもどかしく彷徨い、そんな私たちもいつだって愛すべき存在であったはずです。
紙の本
サンフランシスコの風を感じる一冊
2004/01/13 18:09
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:pon-michael - この投稿者のレビュー一覧を見る
原題は「The Abortion: An Historical Romance 1966」、直訳すると「堕胎 - 歴史的ロマンス1966年」。
主人公「わたし」は、アメリカそのものという美しい図書館に、住み込み館員として働く31歳。もう3年も外には出ていない。この図書館は、いわゆる普通の図書館ではない。そこに置いてある本は、孤独で無名な「作家」たちによるものであり、また、永遠に誰にも読まれることのないかもしれないものである。この図書館に自分の大切な思いを綴った本を置きにくる人々を気持ちよく受け入れることが「わたし」の仕事だ。ある晩、本を持ってやってきた美しい娘ヴァイダと「わたし」は恋に落ちる…。
世界の果てにあるような図書館、「生命」という意味の名を持つヴァイダ(Vida)、彼女の妊娠中絶…、本書には「生」と「死」という大きなテーマが一貫して流れている。そして、この世の果ての図書館で働く「わたし」は、既に使い古された言葉で言うならば、紛れもなく「癒し」の存在である。「わたし」を「引きこもり」とみなすこともできるけれど、その存在価値や社会的な役割は十分にあるように私には思えた。
また、本を愛する人間にとって、この図書館での仕事はとても興味を惹くものである。
読了後、堕胎という暗くなりがちなテーマにしては、一陣の風が吹き抜けていくような爽やかさが残った。
ただ、ヴァイダの外見の美しさばかりが強調されているため、その内面については疑問が残る。
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ブローティガン好きだけれど、この作品はちょと私の中では他の作品とちがうと思う。あんまりすっきりしてないし、だらだらした感じがする。
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風変わりな図書館に住み込みで働いている「私」のところに、完璧すぎる容姿の女性がやってくる。恋に落ちたふたりは彼女の妊娠をきっかけに思わぬ旅をすることになって--。ブローティガンの小説はいつも透明感とはこういうことだと教えてくれるように思います。「生きることに不器用(C)高野文子」な恋人たちにときめけ!そして泣け!(笑)
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ひたすらアンチ・ドラマティックな書き口のドラマティックな小説。Vidaはla vita(人生)でvide(からっぽ)。
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「愛のゆくえ」だなんてこてこての恋愛小説ばりのタイトルだけれど、なんと原題は『妊娠中絶――歴史的ロマンス1966年』
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あまりぴんとこなかった。主人公が働いている図書館がひとつの重要な設定になっていて、そこはだれもが自分で書いたこの世で一冊の本を持ち寄って所蔵できるというコンセプトで、一瞬すてきかもと思ったけれどよく想像してみると、面白くない図書館かもしれないなんか嫌だなあと思ったということと、主人公の恋人ヴァイダが絶世の美女で街を歩けば通りすがりの人がひっくり返り4歳の男の子も釘付けになるぐらいの美しさということになっているが(私は『マレーナ』のモニカ様を想像した)、主人公の男が薄らボンヤリしていて嫉妬もしないし気も利かないし、ヴァイダが中絶手術を受けたあとに、彼女にはクラムチャウダーを注文して自分はバナナスプリットを食べているところにちょっとそういう人には主人公になってもらいたくないなあと感じた。
http://jp.youtube.com/watch?v=wP49hwm7JeA
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ヴィアンの「うたかたの日々」に雰囲気似てると噂を聞きつけ購入。
うーん、あたしはうたかたの日々の、ラストに向かって崩壊していくところが好きなので、ちょっと違うかな。
不思議な図書館が「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」みたいでどきどきした。世界の終わり〜が読みたくなったよ。
09.01.18
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すごく切ないのに、どっぷり浸かりたくなる。
なんだろう?この感覚。
寂しいのに、優しくて温かい。
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泣いてる人には、ハンカチと棒キャンディーをあげるようにしているというエピソードが好き。
淡々とした印象を受けるけれど、どこか引き込まれる。
もやもやする
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面白かった!
短かったし、かなりシンプルな文章だったからすぐに読めた。
誰もが自分で書いた本をもちこんで、置いて貰える変な図書館。
そこで働く主人公はもう3年ぐらい図書館から出たことが無い。
そこへ現れたヴァイダと恋人になるが彼女が妊娠してしまう。
話し合った末、中絶の手術を受けに図書館から出かけることにした主人公だったが…みたいな話。
不思議な感じのする文体で素敵だった。淡々としてるのに暖かみがあって、ユーモアもなんだか独特。
図書館だけがなんというかカフカさんみたいな奇妙さ、不気味さを放っていたけど、後は普通だった…と思ったけどそうでもないか。主人公はなんだか少しずれてるし、ヴァイダもほとんどギャグといっていいくらいの美しさだ。
そういうすこしづつ変な感じのものが日常に紛れ込んで、でも普通に話が進行する感じが良かった。
なんか解説の人は徹底的なアンチクライマックスの小説みたいなことを書いてたけど、個人的にはどっちかというとリアリズムって言った方がしっくり来る気がした。少しだけ変な世界でのリアルな日常って言う感じ。
気に入ったシーンは以下。素敵なシーンが多かった。
•
•図書館に持ち込まれた本23冊の紹介。気になるのは『ベーコンの死』
•飛行機の翼にあるコーヒーのしみみたいな模様をお守りにするシーン
•ヴァイダの服を脱がせようと主人公ががんばるシーン。
•主人公達がグリーンホテルに泊まるのをやめたとき、フロントが「部屋が悪かったのですか!?」と追求するシーン。「あれは母の部屋だったんです。」
•手術室の音から中で起こってることを想像するシーン。
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「非合法堕胎手術をしに行くカップル」と聞くと、暗く、深刻な雰囲気を想像するけど、そこはブローティガンだけあってそんな雰囲気はほとんどなく、終始夢の中にいるような非現実感に包まれながら物語が進んでいく。
堕胎に対する思いというのは人それぞれだけど、やはり主人公と恋人のあっけらかんと子どもを亡き者にする態度には違和感が残る。お互いのことは褒めるし愛し合っているし思いやりもありそうだけど、「これから生まれてくるであろうひと」のことを気にかけている様子は微塵も見られない。
「未知の他者(=胎児)」に対する2人の無関心さは、主人公が図書館で生活していた頃の外界に対する無関心さとよく似ているような気がしてならない。異様で、読んでいる物を不安にさせる。物語の最後で、主人公は図書館を出て「新しい人生」を始めてはいるが、結局あまり変わっていないようにも思えるのだ。彼のいう「英雄」とは、いったいどういう意味なのだろう?
ヴァイダの魅力はこれでもか!というほど描写されているけれど、主人公の魅力は全く伝わってこないので、ヴァイダが彼と出会ったことですんなりと忌み嫌っていた「自分のからだ」を受け入れるところは少しついていけない。だからだと思うのだけど、最後で、今の彼女が「トップレス・バー」で働いているという説明を読んだときにどうしようもないもの寂しさを感じた。
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人々の想いを綴った本だけを保管する不思議な図書館。そこで働く図書館員と、完璧すぎる容姿に悩む美女の珍道中。引きこもりと妊娠中絶の話だけど、ユーモラスでピースフルでなんとも幸せな読み心地だった。
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久しぶりに小説を読んだ!!
しかも洋物なんてどのぐらいぶりだろう…。
原題だと「The Abortion~」って(◎_◎) 確かにそのまま邦題にしたら
お話の内容とちょっと違う印象になりすぎるだろうけど、
よくよく考えると、主人公とヴァイダが出会う図書館は
誰でも自分が書いた本を「置きに来る」事を目的として
運営されていて、その本は置かれたっきり読まれない様や
自分の一部であったものを、他者の介入で剥ぎ取られること
で変化する主人公の様子は「堕胎」っぽいっていう解釈は
すっごい私的な私の感覚です。
4部構成でしかも小さい題目で細々区切ってある
ので読みやすい。古い映画を見ているみたいな
雰囲気のある小説です。
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会話の部分がおもしろかった。筋自体は単調。ラストの主人公の状況がよくわからないが。フォスターだけが喋る(フォスター以外の人物の台詞が伏せられている)シーンが好き。