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グラン・ヴァカンス みんなのレビュー

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みんなのレビュー28件

みんなの評価4.0

評価内訳

高い評価の役に立ったレビュー

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2004/05/25 19:15

硝子の透明さのなかで展開されていく、酷薄な滅亡の美しさ

投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る

カバー画に描かれているのは、白い砂浜と打ち寄せるエメラルドグリーンの波、青い空と低くたれ込める灰色の雲。そして「グラン・ヴァカンス」というタイトル。

私はまずここからJ・G・バラードの小説を連想した。たとえば「ヴァーミリオン・サンズ」と呼ばれる連作短篇のシリーズ。頽廃的な空気の漂う砂漠のリゾートに集う人々が、歌う植物の歌を聴いたり、音響彫刻に興じたりするという幻想的な小説群である。または彼の近作で展開されている、死んだように生きている完全セキュリティのリゾート地といったイメージも浮かんでくる。

しかし、「グラン・ヴァカンス」を読んでいくうちに、これは飛浩隆による「結晶世界」なのだと思うようになった。バラードの「結晶世界」は、ある森のなかで、木も鳥も鰐も人も、すべてが水晶に変わっていくという、驚嘆すべき破滅の姿を描き出した異形の傑作であり、私が読んだなかで最も印象深い小説だ。

では「グラン・ヴァカンス」はどうか。この物語の舞台は、大途絶という事件以降外部の人間がまったく訪れなくなった、仮想リゾートである。そしてこの物語に登場する人々はすべて仮想リゾートの駒として作られたAIなのである。外部で何が起こったかわからず、ただそのなかで暮らすAIたちは千年にも渡る夏を繰り返している。
永遠にも近い停滞が、この夏の区界、<数値海岸>(コスタ・デル・ヌメロ)を領している。

人工知能たる仮想リゾートの人々は、みずからが作られた存在であることを知っている。自分の過去なるものが捏造されたエピソードに過ぎず、訪れてくる倒錯したゲストたちのために設えられた好餌でしかないことも知っている。それでも彼らは記憶を持ち、意志を持ち、感情を持っている。美しく見える仮想空間にも、隠された暗部が脈打っている。

そこに、ある日突然<蜘蛛>と呼ばれる異形の怪物が進入してくる。いつもは仮想空間の補修をしている<蜘蛛>にも似たその怪物たちは、仮想空間をあっという間に黒く消し去ってしまう。突然の襲来にとまどう人々は、あっさりと喰らいつくされ、なぶり殺しにされていく。

永遠かとも思われた夏の海岸が、見る間に崩れ去っていく。
その危機のなかで、AIたちは砂浜に流れ着いてくる魔法の石<硝視体>(グラス・アイ)を使って、<蜘蛛>に対する反撃を開始するのだが……

バラードの諸作は残酷な美しさを湛えた破滅の物語だった。この作品もまた破滅の物語である。残酷、酷薄、倒錯、官能、苦痛に彩られた地獄の美しさを持つ破滅。人々は殺され、過去の痛々しい記憶をよみがえらされ、死の恐怖を味わわされ、バラバラに解体されても生き続ける責め苦を負わされる。それらの痛みが、硝子の透明さのなかで展開されていく。ある美しさと同居する残酷さに充ち満ちている。
しつこくバラードと比較するのもどうかと思うが、永遠の時間と空間の結晶たるクリスタルとなってすべてが凍りついていく「結晶世界」と比べると、この「グラン・ヴァカンス」の永遠のように見えた一瞬が瓦解していくさまは、まるで逆回しにした「結晶世界」にも見えてくる。

その意味で、この作品はSFの殻をかぶった幻想小説かも知れない。シュールなイメージ、硝子の透明感、気怠い夏の暑さ、倒錯的な性。その雰囲気を支える文章も丹念に磨かれていて、淀みなくリズムを刻んでいくのが心地よい。


十年間沈黙していた「伝説の作家」らしい。この作品も十年かけて書かれたとあるが、続巻はすぐに出るのだろうか。あとがきに書いてあった同人誌で刊行された著者の作品集はすでに取り扱っていなかった。いまは精力的にこのシリーズの番外中篇などを書いているようだが、是非これまでの短篇なども刊行して欲しい。

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低い評価の役に立ったレビュー

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2002/12/08 18:48

著者コメント

投稿者:飛 浩隆 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 たぶん記憶の美化作用でしょうが、およそ20年前、SF小説が見せてくれる世界はとても美しかったように思います。あるときふと思い立って、まだ「そこ」に取り残されている少年と少女の姿をスケッチしてみようとしました。素手で砂浜を掘るような心もとない日々を経て、どうにかこの本を書き上げました。というわけで、仮想の夏、海原と砂、なつかしい街−−彼と彼女が、「そこ」から追い立てられるお話を、おそるおそるお目にかける次第です。……このお話は舞台を変えながらあともう少し続きます。さあ、あしたからは、今度はちいさなスコップとバケツを持って、鳴き砂を採りに行くとしましょう。

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6 件中 1 件~ 6 件を表示

紙の本

硝子の透明さのなかで展開されていく、酷薄な滅亡の美しさ

2004/05/25 19:15

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る

カバー画に描かれているのは、白い砂浜と打ち寄せるエメラルドグリーンの波、青い空と低くたれ込める灰色の雲。そして「グラン・ヴァカンス」というタイトル。

私はまずここからJ・G・バラードの小説を連想した。たとえば「ヴァーミリオン・サンズ」と呼ばれる連作短篇のシリーズ。頽廃的な空気の漂う砂漠のリゾートに集う人々が、歌う植物の歌を聴いたり、音響彫刻に興じたりするという幻想的な小説群である。または彼の近作で展開されている、死んだように生きている完全セキュリティのリゾート地といったイメージも浮かんでくる。

しかし、「グラン・ヴァカンス」を読んでいくうちに、これは飛浩隆による「結晶世界」なのだと思うようになった。バラードの「結晶世界」は、ある森のなかで、木も鳥も鰐も人も、すべてが水晶に変わっていくという、驚嘆すべき破滅の姿を描き出した異形の傑作であり、私が読んだなかで最も印象深い小説だ。

では「グラン・ヴァカンス」はどうか。この物語の舞台は、大途絶という事件以降外部の人間がまったく訪れなくなった、仮想リゾートである。そしてこの物語に登場する人々はすべて仮想リゾートの駒として作られたAIなのである。外部で何が起こったかわからず、ただそのなかで暮らすAIたちは千年にも渡る夏を繰り返している。
永遠にも近い停滞が、この夏の区界、<数値海岸>(コスタ・デル・ヌメロ)を領している。

人工知能たる仮想リゾートの人々は、みずからが作られた存在であることを知っている。自分の過去なるものが捏造されたエピソードに過ぎず、訪れてくる倒錯したゲストたちのために設えられた好餌でしかないことも知っている。それでも彼らは記憶を持ち、意志を持ち、感情を持っている。美しく見える仮想空間にも、隠された暗部が脈打っている。

そこに、ある日突然<蜘蛛>と呼ばれる異形の怪物が進入してくる。いつもは仮想空間の補修をしている<蜘蛛>にも似たその怪物たちは、仮想空間をあっという間に黒く消し去ってしまう。突然の襲来にとまどう人々は、あっさりと喰らいつくされ、なぶり殺しにされていく。

永遠かとも思われた夏の海岸が、見る間に崩れ去っていく。
その危機のなかで、AIたちは砂浜に流れ着いてくる魔法の石<硝視体>(グラス・アイ)を使って、<蜘蛛>に対する反撃を開始するのだが……

バラードの諸作は残酷な美しさを湛えた破滅の物語だった。この作品もまた破滅の物語である。残酷、酷薄、倒錯、官能、苦痛に彩られた地獄の美しさを持つ破滅。人々は殺され、過去の痛々しい記憶をよみがえらされ、死の恐怖を味わわされ、バラバラに解体されても生き続ける責め苦を負わされる。それらの痛みが、硝子の透明さのなかで展開されていく。ある美しさと同居する残酷さに充ち満ちている。
しつこくバラードと比較するのもどうかと思うが、永遠の時間と空間の結晶たるクリスタルとなってすべてが凍りついていく「結晶世界」と比べると、この「グラン・ヴァカンス」の永遠のように見えた一瞬が瓦解していくさまは、まるで逆回しにした「結晶世界」にも見えてくる。

その意味で、この作品はSFの殻をかぶった幻想小説かも知れない。シュールなイメージ、硝子の透明感、気怠い夏の暑さ、倒錯的な性。その雰囲気を支える文章も丹念に磨かれていて、淀みなくリズムを刻んでいくのが心地よい。


十年間沈黙していた「伝説の作家」らしい。この作品も十年かけて書かれたとあるが、続巻はすぐに出るのだろうか。あとがきに書いてあった同人誌で刊行された著者の作品集はすでに取り扱っていなかった。いまは精力的にこのシリーズの番外中篇などを書いているようだが、是非これまでの短篇なども刊行して欲しい。

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紙の本

うぉ、今日は珍しく人が評価していない本を、褒めてしまうぞ。うーん、悪い点を付けた人の気持ちが、わからないこともないけれど、やっぱり言葉のイメージ力に拍手だね、続き、待ってます

2003/09/12 19:59

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

実は、いい加減に読み始めたので、最初のうち状況がよく分らなかった。しかも、耳慣れないことばが〈 〉書きの形で頻繁に出てくる。登場人物?の名前がジュールとジュリーで、少年と少女というのだが、似通った響きなので性別が分らなくなる。普通ならば、いい加減にしろといって投げ出してしまう。何を気取っているのだと、不快になる。

しかし、この作品には、それをさせない何かがある。一つ一つのことばは決して難しくはない。ただ、それが〈流れ硝子〉や〈数値海岸〉となって示されると、実像が結ばないだけだ。これだけで読者の半分は逃げ出すかもしれない。ところが、この優しい言葉で紡ぎ出された複雑な世界は、作品の中に出てくる〈蜘蛛〉のように、読み手を絡めとって離さない。

ネットワークのどこかに存在する、仮想リゾート〈数値海岸〉の一区画〈夏の区界〉では、人間が途絶えてから1000年もの間、取り残されたAIたちが、同じ夏の一日を繰りかえしていた。だが「永遠に続く夏休み」は突如として終焉の時を迎える。謎のプログラム〈蜘蛛〉の大群が、街の全てを無化し始めた。わずかに生き残ったAIたちの、絶望に満ちた一夜の攻防戦が始まる。

ジュールは〈夏の区界〉に暮らす、あたかも12歳であるかのような天才少年、ジュリーも〈夏の区界〉に暮らす、誰とでも寝たがる16歳の美少女。彼女のペットは、コットン・テイル。生き物のような視体で、〈テイル〉と呼ばれている。それに謎の老人ジュールが、攻防戦で対峙する。鳴き砂の浜、硝子体、〈流れ硝子〉〈冷たいマルティーニ〉〈絹北斎〉〈割れ鏡〉〈紫苑律〉そして〈耳の渦〉。

なんと美しい文字の連なり、イメージの奔流だろう。だから、訳が分らないままに流されていることが、少しも気にならない。何故、ここにいる人たちはAIと呼ばれるのだろう、どうして〈蜘蛛〉に襲われたところに〈穴〉が生まれるのだろう、どんな理由でジュールは簡単に男に身を任せるのだろう、なぜ、ナゼ、何故、心に泡のように浮かび上がる疑問の数々が、心地よく弾けていく。

気になって、カバーに出ている作品と作者の紹介を読んでみた。え、そんな世界を描いていたの、と思った。決して不快ではない、自分の読み方の粗さを窘められたような、思わず舌を出したくなるような心地よい恥ずかしさ。作者のプロフィールを見て、何度も肯いてしまった。10年ぶりの作品なんだ、しかも斬新なSF的アイデアと端正な筆致から「第2の山田正紀」とまで評されていたんだ。

そう、『神狩り』でデビューした時、天才登場と騒がれ、つい最近も『ミステリ・オペラ』で健在振りを見せつけた、あの山田正紀に喩えられる、それだけでも凄い。いや、クールな山田に対し、飛には他を寄せ付けない言葉に対する絶妙の感覚という武器がある。以前、『蜜蜂職人』を絶賛したけれど、詩を読むような、しっとり纏わりつくような文章は魅力的だ。神林長平とは違った形の、言葉に天性のひらめきをもった作家の1992年発表の異色音楽SF「デュオ」以来の復活を素直に喜びたい。「廃園の天使」シリーズ三部作の第一巻。

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紙の本

洋風リゾート舞台に・・

2019/03/11 00:37

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る

欧風リゾートが舞台で登場人物はすべてその中の仮想存在。五感に訴える残酷なエピソードのオンパレードで映像化不能。ここまで苦痛をすくいとってイメージ喚起させる手腕は非凡。ランゴーニがピエールを貪る場面や、ジュリーの兎が食卓に供される場面など、残酷を超えて美しい。

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紙の本

ヴァカンスは終わり、リンチが始まる。

2003/01/13 03:04

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:17Caesun - この投稿者のレビュー一覧を見る

最初の数十ページはいい雰囲気だった。

人間が訪れなくなって一千年、バーチャル・リゾート地〈夏の区界〉では、
ホスト役のA.I.達が長い夏休み(グラン・ヴァカンス)を過ごしている。
主人公ジュールは従姉妹のジュリーと、不思議な力を秘める石、
グラス・アイを拾いに海岸へ出かけた…。

しかし、ロマンティックな夏の物語はここまで。

巨大な“蜘蛛”が現れ、世界のあらゆるものを根こそぎ消滅させる。
一匹や二匹ではない。空を埋め尽くすバッタの大群のように飛来し、
圧倒的な力を振るう。軍隊も無い、ひなびたリゾート地で、
AI達は勝算のない防衛戦に追い込まれる。

最後には、敵の目的と主人公の進む道が少しだけ
(本当に少しだけ)明かされて第二巻へ持ち越しとなるが、
それまで局地の戦いがこまごまと描かれ、希望のない展開が続く。

平たく言えば、序盤以降の280ページは
AI達がボコボコにされる様子を描写するのに費やされる。

これがゲームなら、
何度も死んではやり直し、また死んで、そのまま身動きとれなくなって
“クソゲー!”などと罵られる処だが、小説ならば、ページをめくれば
とりあえず話は進む。はまって抜けられないということはない。

読者は、AI達の痛みを共有しつつ、前へ進まなければならない。
必要なのは、望みのない展開でも先へ先へとページをめくる粘り強さ。
殴られても殴られても立ち上がる、打たれ強い人なら読み通せるだろう。

「セリヌンティウス、私を殴れ。ちから一杯頬を殴れ!」
そんな覚悟でトライする必要がある。

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紙の本

著者コメント

2002/12/08 18:48

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:飛 浩隆 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 たぶん記憶の美化作用でしょうが、およそ20年前、SF小説が見せてくれる世界はとても美しかったように思います。あるときふと思い立って、まだ「そこ」に取り残されている少年と少女の姿をスケッチしてみようとしました。素手で砂浜を掘るような心もとない日々を経て、どうにかこの本を書き上げました。というわけで、仮想の夏、海原と砂、なつかしい街−−彼と彼女が、「そこ」から追い立てられるお話を、おそるおそるお目にかける次第です。……このお話は舞台を変えながらあともう少し続きます。さあ、あしたからは、今度はちいさなスコップとバケツを持って、鳴き砂を採りに行くとしましょう。

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紙の本

行き詰まりを見せつつある現代社会に生きる我々の姿に重なりあうものを感じさせる

2002/10/03 22:15

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:喜多哲士 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ヴァーチャル・リアリティ、仮想現実……電脳空間に作られたもう一つの世界。人間が慰労のためにそこに訪れ、もっともらしい履歴をもつ人々がそれをもてなす。現在の技術が進めば、遠からずこういった世界が現実のものとなる日もくるだろう。本書はそんな世界に住む仮想人格−AIたちの物語だ。AIたちにとって転機となったのは千年前に起こった大途絶。この日を境に〈ゲスト〉たちは来なくなり、彼らは長い長い夏を飽くことなく繰り返している。毎日が変わりなく穏やかに訪れる。彼らはこの場所を〈区界〉と呼ぶ。そこに現れた侵入者たちは、〈区界〉を次々と消していってしまう。主人公である少年、ジュールは〈区界〉の設定の発端である『鉱泉ホテル』にたちこもり感覚を鋭敏にする物質〈硝視体〉を使って罠を張り巡らし抵抗する。しかし、侵入者の目的はただ単にこの〈区界〉を破壊するというものではなかった。ジュールの考え出した罠をも利用し、この〈区界〉に作られた物語そのものを使い、やろうとすることがあったのだ。
 この物語の面白さ、そして恐ろしさは〈区界〉に住むAIたちが自分たちが作られた人格であることを自覚しているところにある。この空間でなければ生きていかれない自分、誰かによって作られた〈過去〉。たとえ人為的に作られた人格であっても、生きているという自覚がある以上、生への執着をもつ。〈区界〉が変わらぬ日常を意味する場所であるとしたら、そこから脱出できないという運命はその場所を〈苦界〉に転じさせる。
 閉息した状況にあっても、自分たちの存在意義を問い続け戦い抜くAIたちの姿は、やはり行き詰まりを見せつつある現代社会に生きる我々の姿に重なりあうものを感じさせる。作者が我々に投げ掛ける問題意識の大きさ、それを侵入者との戦いという形で考えさせる展開のうまさ。みごとである。
 作者はかつて「SFマガジン」誌上に珠玉の短編を次々と発表していた。しかし、ここ十年間というものは沈黙を続けてきた〈伝説の作家〉である。その沈黙を破って刊行された本書は、この十年という歳月で作者が蓄積してきたものをはっきりと示している。
 本書は大きな物語の序章である。沈黙の十年の間に作者があたためてきたものは少なくないはずだ。今後、この物語がどのように広がっていくかを刮目して待ちたい。 (bk1ブックナビゲーター:喜多哲士/書評家・教員)

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