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紙の本
人は「知ること」の負も背負わなくてはいけない
2006/08/07 11:27
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る
生命科学は、解明されることでそれまでの考え方、倫理観を戸惑わせるようなことをいくつも顕わにしてきている。遺伝子操作しかり、ここでも扱われている、感情や精神の活動が化学物質で説明できることなどもその一つであろう。精神の病までも治療できるようになるという希望の影に、「感情を知らない間に操作されてしまうのではないか」という恐れもあるのだ。「それを知ることは必要なのだろうか」という疑問。タイトルからは少々わかりづらいが、この本の4つの文章は、それぞれ対象は異なるがどれも「認識することに伴う<負の経験>」を扱っている。
巻頭の長めの作品「汚れた知」はタスキーギ研究と呼ばれる特殊な人体実験(というか研究)を扱ったもの。「ある科学者の肖像」は生命を完全に物質作用として研究することを、残りの二編「ホモ・ホリビリス」と「LSDの産婆術」は精神を制御する薬品を題材としている。内容の重さから来る読むことのしんどさはかなりあるかもしれない。しかし文章そのものは一歩一歩おさえるように書かれているので、論旨を追う事は哲学的にあまり考察を経験したことがなくても十分可能だと思う。ただ、読み手はそれぞれのテーマの背景にある知識を少し他書から補う必要があるだろう。例えば「ある科学者の肖像」で言及される生物学者は、大学で生物学、生物学史を学んでいなければ馴染みがない人々も多いと思われる。
2002年に書かれた巻頭作品と、1995年に書かれた他の3作品とでは、科学に対する著者の感情の位置は少し違ってきているように感じられる。1995年の3作品には、科学による解明に対する不安や恐れなどの否定的な感情がまだかなり表面にみえている。その7年後に書かれた巻頭の作品では、そういった「負」のあるが故に科学をを嫌う色合いは薄れ、科学のもたらす正も負も切り離せないものであるなら、どのようにその両方と生きるのか、と、知への対し方がかなりニュートラルになってきているのである。
アダムとイブの「楽園の知恵の木の実」の話のように、「知ることの罪」という題材は人の歴史のかなり早くから意識されてきたことであろう。しかし「知ること」に伴う裏側の重さはいよいよ増えこそすれ、減りはしない。「知ること」を人が諦めない限り、「知ること」の正の面の恩恵に与ろうとする限り、負の面から突きつけられる危険や酷さも逃げずに背負うしかないと思う。目をそらさない力、背負い続ける力を人はどうしたら持つことができるのか、が考えるべきことなのかもしれない。
人間が、いろいろなものを背負ってその重さに耐えながら歩き続ける駱駝に見えてくる。
紙の本
20世紀のアメリカで半世紀近く続いていた陰惨な人体実験とは
2003/02/25 15:09
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:小林浩 - この投稿者のレビュー一覧を見る
90年代半ばに書かれたテクスト三本に、書き下ろし一本を加えた論文集。著者は日本を代表する科学思想史の専門家である。バシュラールやカンギレム、ダゴニエ、といったフランスのエピステモロジー(科学認識論)の系譜や、近年のソーカル問題(いわゆるサイエンス・ウォーズ)にも詳しい、斯界の第一人者だ。書き下ろしである第一章「汚れた知——タスキーギ研究の科学と文化」は、アメリカ南部アラバマ州のタスキーギ近辺で1932年から1972年まで、実に四十年間も続けられた、梅毒研究のための人体実験をめぐる考察である。この人体実験は特殊だった。なぜなら、罹患した黒人労働者四百名近くを、病が進んで死ぬがままにさせ、それを観察し続けた冷酷な「国家的」実験だったからだ。その実態たるや筆舌に尽くしがたい愚行である。人種的、社会的、科学至上主義的偏見が渦巻くこうした陰惨な現場が、なぜ公衆衛生の名のもとに継続されてしまったのかが冷静にまとめられている。著者はさらに、あらゆる医療行為には一種の人体実験的側面が伴うことを指摘する。善を装うものの裏にある、あまり認知したくない負の側面を直視してみようというのが、本書の表題にこめられた思いなのだ。第二章「ある科学者の肖像」は生物学者フェリックス・ル・ダンテクの進化論を扱い、第三章「ホモ・ホリビリス」は神経心理学者のアンリ・ラボリの向精神薬について取り上げる。第四章「LSDの産婆術」はその名の通りLSDをめぐるエッセイであり、この薬を利用した思想家やアーティストたちの系譜を追っている。科学や医学、薬学のダークサイドを見つめていくことの大切さを教えてくれる一冊だ。
連載書評コラム「小林浩の人文レジ前」2003年2月25日分より。
(小林浩/人文書コーディネーター・「本」のメルマガ編集同人)
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