紙の本
シュール・レアリズムでハード・ボイルド
2009/09/15 22:23
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:analog純 - この投稿者のレビュー一覧を見る
えー、なんというか、かなりびっくりしました。
山本周五郎という作家は、もう20年以上も前でしょうか、僕は『さぶ』という小説を読みました。ほとんど内容は忘れていますが、うっすらと残る記憶によりますと、人情時代劇であります。
今年、3ヶ月ほども前でしょうか、『日本婦道記』という短編集を読みました。ちょっと面白かったですが、「人情時代劇」という範疇を越えるものとは思えませんでした。
で、『季節のない街』です。驚きました。
シュール・レアリズムでハード・ボイルドであります。
読みながら、心の中で何度も、
「なんだなんだなんだなんだ、この展開は、いったい何なんだーーーっ!」
と、思いましたね。例えばこんな話です。
増田益男32歳、妻勝子29歳。
河口初太郎30歳、妻良江25歳。
こんな二組のカップルが、吹きだまりのような「季節のない街」に住んでいます。
夫は共に飲んだくれの日雇い作業員。女房はやかましいだけの無教養な女。子供は共にいません。
ある夜、飲んだくれて夫婦げんかをしてぷいと家を飛び出した益男が、初太郎の家に来ます。もちろん初太郎も飲んだくれています。
二人はさらに飲みながら、益男がなぜ夫婦げんかをするに至ったかを初太郎に説明すると、初太郎は
「それは勝子さんが悪い」
といって、勝子に意見をしに一人で益男の家に行ってしまいます。
初太郎の家に残されたのは、益男と良江。
その後もぐじゅぐじゅと飲んだくれて、そのまま寝込んでしまいます。一方、初太郎も勝子のいる家に行って、とうとうその夜は帰ってきません。
次の朝、それぞれ別の家から仕事に出かけた男二人は、夕方、何の不思議もないかのように、前夜を過ごしたお互いの家に帰っていきます。
4人の男女はまるで今までそうであったように、夫婦を取り替えて、そのまま普通に生活を始めてしまいます。……。(『牧歌調』)
どうです。読みたくなってきたでしょう。びっくりするでしょう。唖然とするでしょう。
ユーモアがあって、展開が超現実的で、表現にも芸があってと、極めて一級品の作品集になっています。
さらに驚くべきは、本短編集は15ほどの作品でまとめられているのですが、全作ことごとくが「ハイレベル」であります。これがまたすごい。
短編集にはどうしても、できの善し悪しが出るものですが、この本にはほとんどそれが感じられない。ムリヤリ読めば、まー、全く善し悪しがないとは言い難いでしょうが、それはほとんど「趣味」の違い程度でありましょう。
というわけで、本作は「本気の」、とってもお薦め本であります。
ところで、本作が原作となっている黒澤明の映画『どですかでん』についてです。
僕は情けない話しながら、映画についてはいっこうに見識を持ちません。しかし、この度の読書の後、見ました。
案に違わず、やはり先に手を出した方、つまりこの山周の小説の方がずっと良いと思いましたが、この件については、私は決して断言致しません。
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短編集。
黒澤明監督の映画『どですかでん』の原作となった作品。
戦後直後のヤミ市で生きる、知的障害の青年六ちゃんは
いつも電車に乗っています。六ちゃんにしか見えない電車は
毎日「どですかでん、どですかでん」と音を立てて疾走します。
貧しいが、どんな人でも自由に生きた時代。
やるせなさと暖かさが両立する作品です。
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語りはあたかも「街」全体を見渡す
傍観者の視点のように
淡々と複数の話をまたいで進められる。
その客観的な視点からでさえも
「街」の人の生活があまりにも
壮絶だと感じてしまう。
死や飢え、貧窮、不倫や近所に広まる噂話…
そういった世の中の生々しい部分を
浮き彫りにしているようなこの作品。
そこに登場する全ての人物は、
なんやかんやで作者に
嫌われてはいない(いなかった)気がする。
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NHKの「私の1冊 日本の100冊」で西原理恵子さんが紹介した本書に興味を持ち、手に取りました。
巻末の開高健氏の解説で「・・・文章の背後のそれほど遠くない場所につつましくかくされたものを読み取る静かな眼、この世のにがさを多少なりとも訓練をうけたことのある人なら誰にでもわかる作品と思えます」の一文にギクリ、私は残念ながら、あまり作品の良さが分かりませんでした。
ただ、途中で読むのを止めようかと思った矢先に「とうちゃん」、「がんもどき」を読んだ時はグッとくるものがありました。
山本周五郎:初読
読書期間:2009.4.1~4.15
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今のところ最良と呼べる位置に付いた小説のうちのひとつ
西原さんが薦めてたからすぐかりて読んでみたんだけど、本当に懐かしいといか自分の小さい頃を思い出した。
ここまでじゃないけどこんな環境だったんだよなぁ。
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短編集はあまり好きじゃない。でも周五郎さんのは、時に強烈な言葉がある。貧民街はどういうわけか自然とできる。そこに住む人たちは、むき出しの人間を見せる。余裕のある人びとが見栄を張ったり、着飾ったりする虚飾とは無縁である。だからこそ人間本来の姿を如実に映す。ある意味虚飾あふれる人生と、感情むき出しの哀愁漂うどこか滑稽な人生 僕なら後者を選びたい。
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極貧の街で生きる人々のそれぞれの喜怒哀楽。色んな意味で生々しく力強く生きている姿に凄みがあります。「親おもい」「とうちゃん」の二つが好きです。
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とっつきにくかったけど、インパクトのある作品。
短編集だけど、同じ舞台で起こっている話。
戦後の貧民街の話で、くさいものに蓋をせず、ただ在るものを「在るもの」として書かれていた。
「意見」を描くのではなく、「本質」が描かれていて、作者の考えよりも、読み手がどう考えるかを促す小説だと思う。
一般に下に見られるような人たちでも、生きてるし生活してる、そんな当たり前に、インパクトがあった。
良い話でも悪い話でもない。在るものの話。
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貧民街に住む個性的な人達の日常生活を描いた作品。
貧しさゆえ常にありのままをさらけ出して生きる人達の姿は悪く言えば下品かもしれないですが、虚飾だらけの現代人には羨望を覚えるところもあります。
人物は個性的で面白いのですが、可笑しさの中にもどこかに哀しみがあり、その妙な現実味がこの作品の不思議な魅力の一部になっていると感じました。
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プールのある家とがんもどきが心に残った。
子供のような大人と大人のような子供。
イトーヨーカドーでごはんを食べながら読んだ。
平日のお昼は小さい子供を連れた母親が多く、子供の声が響いている。
子供のときは理不尽なことが多かったような気が、ふとした。
だから子供に戻りたいかと思うと、戻りたくはないと思う。
どうして叱られたのか分からないとき、
どうしてそれをやらなければならないのか分からないとき。
私は、子供だから、まあいいかと思うようなことはしないと、ふと思った。
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貧民街に生きる人々を描いた短編集です。
-そこではいつもぎりぎりの生活に追われているために、虚飾で人の眼をくらましたり自分を偽ったりする暇も金もなく、ありのままの自分をさらけだすしかない。-
現実の世界に「普通の」人間なんていないように、この物語に出てくる人物一人一人もまた個性的。
個性的なんだけど、読み進めていくうちに、出てくる人物一人一人に愛着を持たされてしまう。「自分をさらけだすしかない」この街の人々に憧れているのかもしれない。
苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である
「よしよし、眠れるうちに眠っておけ」とそれは云っているようであった、「明日はまた踏んだり蹴ったりされ、くやし泣きをしなくちゃあならないんだからな」
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僕のワイフ:謎を残す終わり方、想像をかきたてられます
親おもい:悲惨な感じがわざとらしい
プールのある家:ある種のネグレクトか?
ビスマルクいわく:とても面白いです
がんもどき:悲惨な感じがわざとらしい
ちょろ:大変面白いです
肇くんと光子:サイコパスものか?木○佳○被告とか連想されます
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昭和の時代にはこんな街があちこちにあったような感じ。近所同士が裸の付き合いをする。スマートでないが、滑稽でもあるが、極めてまじめにがむしゃらに生きている。そして生き生きしている。「がんもどき」がよかった。12.12.1
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小銭を無造作に投げ入れているうちにいつの間にか一杯になってきた瓶、今やその存在すら忘れられ掛けている瓶が我が家にあるんだけど、この街の住人はその瓶の中の一円玉や十円玉に焦点を合わせたような物語だった。時代背景がよくわからないところもいい。これが江戸明治昭和、どの時代の出来事だと想像してもしっくりくるようなゆるさ。(でも決して平成ではない。)
ラストの一文には痺れまくった。
このところアタリ本が続いていて嬉しい。続けて「青べか」を読むとしよう。
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黒沢映画の原作となった話も含まれている、どこかにある「街」の話。少しばかりでも人生の苦渋を舐めた人間ならば、この街の登場人物にどこかしらに人間の側面を重ね合わせずにはいられないのではないだろうか。この街の人は皆一様に下世話でこころ弱く堕落して哀れで儚い。しかしどこか哀調に彩られたなかに一片の鈍く淀んだ輝きのようなものも交じっている。中でも、プールのある家の調度品や内装を妄想する乞食親子の話がなんとも言えない。目を背けたくなるような美しさ。