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意見の差は性格の違いから発せられているのではないかと思います。二人とも負けず嫌いではあるのですが、彼女は今風で冷めており、負けたくはないけど面倒な事はもっと嫌というタイプ。一方の私はすぐにアツくなり、勝つためなら何だってやる、ちょっと古いタイプ。その違いは心の奥に向上心という魔物がいるかどうか。ただし、いるほうがいいとは限らないんです、今の世の中。92005.12.4)
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この本は「観光の哀しい」話満載なんですが。
だからと言って、観光に行く気が失せる訳ではなく、「みんな同じような考え方を持って旅行してるんだなぁ〜」くらいの軽い構えで、読むのをお薦めします!!
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わろた。
招かれていないのに出かけていく、それが「観光」。ダサくて、下衆で、でも嫌いではない!!という著者の卑屈な卑屈な思いのたけ。
「本当の旅」を目指す旅人たちは、なぜか結構自慢しい。記録に残したがるし、観光者を馬鹿にする。「聖なる少数派」であることを楽しむけれど、実は彼ら自身も歩きならされたルートをたどっているだけの場合が多い。
そして、「その土地の本物の生活に触れたい」などという「本物の旅」信仰者は、「普通の生活」というしっかりした基盤を持ってない。半年そこらの旅行で「現地の生活に溶け込んできました」なんてFacebookで書いてるなんて失笑もん。
私はそのうちの一人です。団体旅行大嫌い、日本人だらけの観光地嫌い、でも世界遺産は見たい。
いやー、丸ごと自嘲ですなこの本は。何年いたって「その土地」の人間にはなれない、だから旅人は謙虚であれってのがインドに半年住んで得た感想なので、その辺の自惚れというか勘違いは薄めだと思うものの、もー最初から最後まで自嘲箇所多すぎて。
自分のことだから笑える。そして作者自身が自嘲しながら書いてるからなお楽しい。
以下激しく同意した点。
・耕太郎旅(深夜特急的低予算バックパック旅)をしている人たちというのはきっと、旅をしながらも「評価されたい」という欲求を抱いている。本当に「ものを考えているのかは」疑問。日本で発揮できない「勇敢さ」とか「考える姿勢」とかを海外で稼いで周りにアピールしたい感あり。(ただ、中には、ある友人のように、半年ほど大学で見ないと思ったらひょっこり真っ黒になって現れて、聞けば南米ほっつき歩いてた〜とは言うもののそれ以上は別にアピールしない・・・というような、至極謙虚な旅人もいる。そういう人の旅行話はなんとしても掘り下げて聞きたくなる、なんかそういう天邪鬼さが私にはある。)
・学校の感想文というものの下衆さ。思い出確保に対し無言のプレッシャーがあるため、皆下品なほどに思い出漁りをする。カメラは不可欠。イベントの際カメラの充電切れたりなんかすると落ち着かなくて観光どころではない。
・日本人ってほんとなんであんなに旅行先の朝食の場でむっつりしているのか疑問。会話しようよ・・・
・京都は「お金のかかる高飛車ないい女」的観光地。暮らすような旅、という触れ込みのガイドを最近よく目にするものの、京都市民的には「観光地ゲットー」と一般の生活領域には明
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酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』が面白かったなー
と思い出したので他のエッセイも読んでみました。
結論ですが、良くなかった。
この方は全編
「自分は皆さんと違って旅を楽しめない、
いわゆる旅というよりパック旅行の観光者にすぎない、
しかし旅に憧れもあるのでテンション高く入り込めない敗者」
という視点で旅なり観光地を綴っているのだが、
それって結局上から目線DA・YO・NE~(キャピ
という気持ち。
嫌なら行くなよ!楽しいから行くんでしょ!
とそういう声にもニヤニヤしながら
「あ~やっぱりそう来ますよね~」
とのらりくらり交わされそうですよね。
負け犬も今読んだらつまんないかしら。
単行本で読んだ記憶があるので調べてみたら
2003年…9年前ですか。私が年取っただけかもしれません。
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子どもの頃から、みんなで旅行に行くことにとても気乗りがしないタチでした。
そこにあるものを観ることよりも、一緒に行く人とのおしゃべりなんかに気を使わなくてはならず、結局そこにあるものを観ることができないで帰ってくる。
写真を撮りに行くわけでも、お土産を買いに行くでもないのに・・!と、悶々と違和感を抱いていて、そんなこと思う自分はひねくれているなぁ・・と思った・・。
これが旅、これが楽しさ、旅っていいよね!というパッケージの中に入って、「楽しい」ような気がしているだけというか・・。実は楽しくもなんともなかったりして。
そうした違和感をうまく書いてくれている1冊。
ワカルワカル!!!前半はばっさり、観光についてぶった切っているところがいいんですが、後半は、酒井さんの旅にまつわるエッセイという感じ。
ディズニー批判も展開しているから、ディズ二ー好きの人は要注意。
でも、ディズニーが好きという人は、そこに何ら違和感も抱かないと思うし、この本にも行き着かないのではないかと思った。
ソーシャルメディアの登場もあり、旅も自分を演出するための手段となっているな~と思う。(旅先で写真をひたすら撮る人々を観ると思う)旅している自分を評価されたい、こんな旅をしている自分って素敵的な演出としての旅。(あ、でも、私も旅行に行くとフェイスブックにアップしちゃったりするから、自分もそうかもしれない)
そうした違和感は、人が感じていながら、そこには触れられないもの。「旅」の楽しさの中で楽しい振りをしているアナタはぜひ。
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以前、他の著作のレビューで「この方とは美味い酒が飲めそう」とか何とか書いたような気がするのですが、ごめんなさい、やっぱり無理かも…
日本人の観光の生態をいささか皮肉っぽく、かつ克明に描き出している秀作だと思います。思いますが、その「皮肉」がどうにも生々しくまたこまごまとしていて、どうにも肌に合わなかった感があります。
うん、言いたい事はよく分かるのですけどね。そんなに斜に構えなくても良いのに…と終始苦笑しながら読み進めてしまいました。まあ、その「苦笑」感こそが酒井さんの文章の面白さなのかもしれませんけれど。
あれこれ考えず、緩みきった頭で湯船に使って「温泉はいいね、リリスのうみだした文化の~」などと呆けていれば良いんじゃないですかね。それが旅ってもんです。
しかしまあ、ここまでディズニーに喧嘩売る著名人も珍しいですよねえ(笑)。
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「温泉」「テーマパーク」「宿泊施設」がツボにはまり、面白く読めた。2003年(底本2000年)刊行。
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一番しっくりしたのはまえがきだけだった。私も観光は哀しい。観光だけじゃなく出かけるだけでも「家に帰りたい」と思う。でもほとんどが悲しみというより悪口?
相変わらず過去形でもないのに使用される「〜でした」は誰か注意しないのか?
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ライブのために今まで結構いろんなとこ行って、ついでに観光もしたりするけど、今までライブじゃなくてもまた行きたいと思ったところはないな。
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なかなかヒネくれた考えだなぁと思いながら読み進めたが、そんな中にも核心をついたものもあって楽しく読めた。〝見上げ物〟や〝お触りサービス〟などの表現は新鮮でこういう側面もあるんだなと感心した。
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本屋で
「旅行をしている時、ふとした瞬間にものすごく、哀しい気分に襲われることはないでしょうか。」
という最初のフレーズを見た途端「ある、わかる」とて購入、即行読んだ。
酒井さん流の面白ろうて哀しい旅にまつわるエッセイなのだ。
うーん、そうそう、などという独り言とくすくす笑いが止まらず困った。
最近「枕の草子」も書いて、平成の清少納言といわれているらしい酒井順子さん。
いろんな観光地、旅の仕方をやんわり皮肉を込めて描写し、問題を惹起させる。
でもけして否定のみではない。
フォローがうまいというか、ほんとうに旅を愛して書いているからだろう。
私も旅は好き。日常生活と離れて異空間に遊べるその醍醐味は忘れられない。
でも行くまでは楽しいが、その瞬間にふと寂しさがたちのぼって。
特に観光バスに乗って行くツアー。
出発の朝ガイドさんの華やかな第一声を聞いた途端、私は後悔。
「ああどうして来てしまったんだろうか」と途方にくれるのだ。
聴きたくないときにも聞かされる説明。歌。
名所旧跡でいっせいにバスから降ろされ「○○時集合」。
どーっと運ばれるお土産屋さん。
聞かないで寝てりゃいいのよ、降りなければいいのよ、とひとはいうがそんな失礼する勇気はないし。
旅の終いにはくたびれ果てて帰ることになる。
だから、もう10年は観光バス乗ってないけど。
まあ、ツアーでない旅もいろいろと大変なことは大変だし、めんどくさいしね。
そのうち、ツアーばっかりがいいといってるだろうね。
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わははは!と声を出して笑った箇所もいくつかあったけど、私にとっては内容(筆者の主張)がだいぶ偏屈、だいぶ無理がある、こじつけが過ぎるように感じてしまい、ディズニーの章までは頑張って読み切ったけれど、そこで挫折。
でも、この著者のように、ものごとを突き詰めて突き詰めて、掘って掘って、一般人の肌感覚からすると「考えすぎでは…」と若干引くくらいに煮詰めて考えられるような人でないと、文筆家にはなれないんだろうなと思った。