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紙の本
書物に残された過去を訪ねつつ自らの隠遁生活の意味を問い、読んで書く営みを肯定し、真珠湾攻撃と9・11とバーミヤン破壊を同列に語る。密度高い思索に沈む物語の断片集。ゴンクール賞。
2003/09/30 16:43
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
たとえ分厚くても物語の本を求めるのは、別の生を生きられない限界を思い、その虚しさを埋めるためかと分析している。かと言って、別に今の暮らしに決定的な不満があるわけではなく、それは言ってみれば人間存在につきまとう永遠の虚無だと捉えている(本を紹介するのに、何もそこまで突き詰めなくてもいいのだが)。
仮宿して人の生を生きさせてもらうからには、緊張やわくわく感ばかり続くのではなく緩急があるのも仕方ない、というか妥当なことだ。だがしかし、少なくない物語の本には「飛ばし読み」を余儀なくされる「だれる」部分も目について、不満をもつことがままある。だれる記述の間に隠れるように黄金の言葉が「かけら」のように埋め込まれており、それを拾えることがまた物語のもうひとつの楽しみである。ところが、求める断片すら見当たらない物語の本もなかには出てくる。
そんな小説群にあって、本書は断片を単なる部分として放置するでなく、先に提示する断片が後に提示するそれと呼び合うよう、さらに断片の連なりである章と章とが呼び合うようにも構成した密度の高い著作である。
このような形式の本に、小説に授与すべきゴンクール賞を冠していいのかという議論があったらしいが、一見すると箴言集にも捉えかねられないこの作品を読み進めていけば、その議論の白黒はどちらであってもいい気にさせられる。
断片を順番通りに追うことによって、さらに章を順番通りに追うことによって初めて、思索という物語の流れを追える書き方がされている。ただし、そのように流れを重視しながらも計算に基づく構成を放棄した点が特徴だとも言えよう。
対象について考えたとき、そこから連想されるものがある。注意をそちらに移してしばし考えると再び連想されるものがある。ところが、連想を断ち切るかのように闖入するひらめきがある。それによって集中が途切れていらつく。あるいは忘我の境に入る。また新たなるひらめきにとびつく。
そうしたとき、ふと得られた霊感が、今ここに繰り広げた連想といつかの連想を結びつけ、その連携が意識の深い地下水脈にまで達することがある。自分の問題意識の根はここに張っていたのかと驚かされることがある。
人の思索とはそのような展開がされるものであって、脈絡をもって一様に進行もしていかなければ、断片がつなぎ合わされないまま転がっているだけのものでもない。自然な思索に極めて近い形で書き進められたのが本書であろう。
日本人にとっては、興味深い思索がいくつも展開されている。本書の核の一部を成す「影」と名づけられた章で、谷崎の『陰翳礼讃』が分析されている。著者は長年ガリマール社で出版予定の原稿を読みながら、バランスを求め東西の古典を自由時間に読んでいたという。和漢の古典知識に基づく日本的陰翳の考察が、小説家の特徴や読むことの意義についての考察につながっていく。
また、見出しに書き出したような位相で真珠湾攻撃が取り上げられたり、米国帝国主義の端緒をペリーの黒船来航に見ている点などに注目させられる。
丁寧な訳註が付されているため、古典知識のない私でも深い思索に同化しやすかった。訳者への感謝の念に絶えない。
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