紙の本
あやふやなるままに日暮らし
2004/04/02 14:29
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投稿者:ぼこにゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
中学生の頃、同級生の筆箱の中を見せてもらうのがやたらと好きであった。筆箱はワンダーランドだ。人それぞれに自分の性格とか価値観を投影した筆記用具をそろえ思い思いの筆箱生活を展開しており、それは見事なまでに持ち主の人生観を映す万華鏡であったと思う。年齢的に徹頭徹尾自分の趣味と経済力のみで構築できる世界はほかになく、誰もが自分の筆箱に真摯に打ち込んでいたものである。
『もう一人のシーリア』という短篇に出て来るスリムという男が、だから私は大層気に入ってしまった。この人物は休職中の暇を持て余し、こともあろうに同じアパートに住む人の部屋に次々と不法侵入を繰り返すのである。ストーキングとか窃盗目的ではなくて室内を観賞するだけ。短い話でもあるし詳細は省くけれど、あるじの留守に部屋の中を覗き見するという淫靡で不道徳な悦楽が、それでいてあんまり粘ついた雰囲気でなく、むしろ暖かくユーモラスに綴られているのがとても楽しくて、いっそこのテーマで本一冊書いてほしいくらいだ。しかし構成的にそういうわけにも行かず、スリムは短篇の醍醐味ともいうべき予期せぬ出来事に突き当たり、最終的にはなんとなくばつの悪い表情で物語から退場して行く。そこがいい。自分の行為に疑問や後ろめたさを覚えつつ、いつも何らかの保留事項を心に引っ掛けている人の方が、頼りがいには欠ける気もするが安心できるものだ。
なんであれ物事に確信を持っている人、というのは胡散臭い。
先日京都の養鶏業者の会長夫妻が自殺するという痛ましい出来事があったけれど、その事件を「鳥インフルエンザ騒動の真相を明らかにする義務を放棄したのであり遺憾である」という論旨で眉ひとつ動かさずに報道していたニュースキャスターを見てちょっと愕然とした。別に私は「キャスターたるものもっと盛んにマユゲを動かすべきである」と言いたいわけではなく、確かにその主張は正論なのだろうが(マユゲではなくキャスターの言い分の方だが)、どう考えてもあの会長夫妻は報道関係者に追い詰められたように見えたからだ。そうでなければ、刑事告訴は免れないとしても命まで失うことはなかったのではあるまいか。しかし私の見た限りでは(それほど多く見聞したわけではないのだが)そういう反省のもとにニュースを伝えた人はいなかった。
正義面をしている人というのはそのほとんどが、その寄る辺となる正義の有りようを自分で考え出しているのではなくて、既成の道徳観に照らし合わせたぺらぺらの御旗を掲げてワイワイ盛り上がっているだけだ。そのことに自分で気付いていないとしたら実に恐ろしいことだし、気付いてはいるけれど立場上気付いていないふりをしているのだとしたら、あの会長とどれほどの違いがあるのだろう。
これは言ってみれば、ある種取り返しのつかない事態に直面し、その苦さを内に抱えて行くほどほどに善良な男(覗き屋だが)の物語だ。それが悟り得ない凡人としての、ひとまずあるべき姿なのだと思う。あやふやなる人は幸いである。人間はたぶん流動的な媒質に過ぎない。
この話ばかりでなく、どの作品のどの人物も人物造形がたくみで生き生きとしているのに感服するのだが、特に『タンディの物語』の主人公の少女の憎らしげなところがまた圧巻。
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収録作品。
・『高額保険』
・『もうひとりのシーリア』
・『影よ、影よ、影の国』
・『裏庭の神様』
・『不思議のひと触れ』
・『ぷわん・ばっ!』
・『タンディの物語』
・『閉所愛好症』
・『雷と薔薇』
・『孤独の円盤』
平凡な感想だけど、お気に入りは『不思議のひと触れ』と『孤独の円盤』かな。
スタージョンの作品は、痛いほどの「孤独」と「仲間」と言うのがテーマになっている。
この二作品は、その一人は寂しい、と言うのが色濃く出ている作品。
しかも、ラストはほっとする。
すべてSFガジェットをどうこうする作品ではなくて、
SFガジェットによって引き起こされる人間模様が描かれている。
だから、UFOや人間に似た何かとかが出てきても、それの正体を解くのは二の次。
そこに変な奇妙さを感じるんだろうね。
ちなみに、スタージョンの法則は1953年の世界SF大会でのスピーチの一節。
では、全文はどうだったかと言うと、要約すれば、
「SFの90パーセントはクズだけど、それを言うなら、どんなものでも90パーセントはクズで、
残りの10パーセントが重要だ。そして、SFの残りの10パーセントは、
他のどんなジャンルの小説にだって引けを取らない」
というものだったそうだ。
「90へぇ」ですな(笑)
全部聞くと、普通のこと言ってるのね。
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スタージョン再評価の勢いがすごいらしい…
この短編集は日本で編まれた物、良いセレクトでまとまっています。
SFというと、多少読みにくいのも覚悟の上、なのですが、これはわかりやすくて、びっくり。
訳文もこなれているのでしょうが、内容が練り上げられていてわかりやすい構成になっているのが大きいでしょうね。
最初の短編は簡単なアイデアですが、何と20歳の頃の物。
そして、表題作の何ともいえない面白さ!
夜の海辺で姿の見えない相手と待ち合わせ、勢いよくののしり続ける男女、実は…
良くこんな事を考えつくなあというのがスタージョンを読んだ時のいつもの感想だったことを思い出します。
そして、思いつきだけでない切り口と理解の深さ、人に対する優しさも…
「雷と薔薇」は1947年の作品というのに恐れ入りました。
核戦争後の未来を描いて、先駆的作品だったのですね。
大森氏の熱意溢れる後書きを読んだら、アメリカ文学史上最高の短編作家とまで言われる才能と数奇な人生を改めて知り、感銘を受けました。
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「輝く断片」の前々年に日本で出版された。
こちらも
古くは30年代から50年代にかけての
短編集だ。
この作家、執筆当時はあまり注目されなかったらしい。
没後、アメリカを代表する短編作家として
認められたのは
当時にしてはあまりにSF色が強かったのかも。
しかし、今読むと、そのSF感が
現代においては
摩訶不思議な世界感と
色褪せない設定として十二分に堪能できる。
ということなのだろう。
個人的には、とても好きだ。
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好きだなあ。ストーリーに大きな起伏や仕掛けはないんだけど、謎の提示の仕方が絶妙で、読んでいて非常に心地いいです。不思議で、苦しく、温かい。闇は表情豊かで、未知の世界にキュンと胸がときめく。とくに『雷と薔薇』、『影よ、影よ、影の国』にキュン。装丁も、このシリーズの中で一番好みです。
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高額保険/もうひとりのシーリア/影よ、影よ、影の国/裏庭の神様/不思議のひと触れ/ぶわん・ばっ!/タンディの物語/閉所愛好症/雷と薔薇/孤独の円盤
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大森望編纂による短篇集。再読。
あとがきにあるように、登場人物たちの言動が“見てきたような真実味と手ざわり”をもって描かれており―覗き穴を開ける時の、削りかすが落ちないように配慮する描写、妻が夫を責めるセリフ、お気に入りの息子を迎えて舞い上がる母の様子等々―、このような“日常的なリアリティがとんでもなく非日常ななにかと遭遇したとき”に生まれる“ドラマ”を堪能できる一冊。
スリムの人物造形も興味深かったけれども、運命を悟ったシーリア・サートンが窓辺に佇む姿に胸衝かれた「もうひとりのシーリア」、ブラッドベリを思わせる「影よ、影よ、影の国」、口に出したことがすべて本当になってしまう男のてんやわんやが昔話のようで楽しい「裏庭の神様」、人魚の嗜好に意表を衝かれ、最後のセリフに心温まる表題作。扱い難い子どもを抱えた家族と子どもたちが生き生きと描かれている「タンディの物語」、いつの時代でも、内向的な人間は肩身の狭い思いをしてるんだな、と妙な感心をした「閉所愛好症」は、内面的な世界の大きさを見てくれる人もいるんだよ、居場所が見つかるんだよと励ましてくれているような作品。マグルーダーさんがいいなぁ。核戦争後の秘密基地での出来事が緊迫感もって描かれた「雷と薔薇」では、未来への視点が心に残った。円盤・孤独・そこからの救済を見事に絡めた「孤独の円盤」は、哀しみと温かみの混ざり具合いが印象的。
――A Touch of Storange and Other Stories by Theodore Sturgeon
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「高額保険」にはしょっぱなからガツンとかまされました。あんなに少ないページ数でキレイに騙されてしまって…好きだ。「裏庭の神様」もユーモラスで面白い。「不思議のひと触れ」もロマンチックですね。これを読んでる時、小玉ユキさんの『光の海』を思い出してました。「閉所愛好症」も好きですねぇ。密かに潜んでる選民願望を刺激されちゃう感じ。「雷と薔薇」もイイです。ラストがとても印象的で。ピートの言葉…痛く重く響きます。このお話の中でスターが歌う歌の歌詞がね、私の好きな谷川俊太郎さんの詩「魂のいちばんおいしいところ」を彷彿とさせる内容で、好きなんだなぁ…。
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再読書。1回目は全部読みきれず・・・。疲れてたからかな?
相当想像力を使うけど、うまく想像が膨らんだ時、素晴らしい世界を見せてくれる。
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これも面白かった。タイトルが全てを言い表している。SF的設定の中、平凡だけれども孤独な人々に向けられる優しい視点が素晴らしい。表題作、「孤独の円盤」、「タンディの物語」がお気に入り。
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「どんな孤独にもおわりがある、いやというほど長いあいだ、いやというほど孤独だった人にとっては」。
孤独であること、それは誇らしいことだ。
本当に誇るべきことなんだよ。
スタージョンは、いや、小説という表現スタイルは、すなわちスタージョンはそれをわかっている。
嫌というほどわかっている。
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これに収録されている孤独の円盤が好きすぎて、原文の本も買いました。やはり最後1文ですね。何て優しいんだろう。
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ちゃんと働いて給料をもらい、だれにも憎まれず、それを言うならだれにも好かれない。どこにでもいるそういう平凡な人間に不思議のひと触れが加わると…?表題作をはじめ、円盤は女になにを話したか?…魅力の結晶「孤独の円盤」、ベスト級のホラー「もうひとりのシーリア」、名高き「雷と薔薇」、少年もの代表作「影よ、影よ、影の国」、単行本初収録の「裏庭の神様」「ぶわん・ばっ!」、さらに幻のデビュー作「高額保険」ほか本邦初紹介の3篇を含む、全10篇を収録。
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「アメリカ文学史上最高の短編作家」とも評されるシオドア・スタージョン。僕が本を読み始めた頃、日本では彼の本はほとんど絶版になっていて、辛うじてハヤカワ文庫で『夢みる宝石』『人間以上』が読める位だった。両方とも長編だから、結局僕は思春期の一番大切な時間をスタージョンの短編に触れる事なく過ごしてしまったのだ。
当時はインターネットも発達していなかったし、新刊書店に並んでいない本は古本屋で探すしかなくて、田舎の子供だった僕にはそんな芸当は縁遠い話だったからだ。
そして僕は20代になってようやくスタージョンの短編の世界に触れることができた。少し不思議で、荒唐無稽で、奇想天外で、そして胸を締め付けるほど切ない短編たちにようやく触れる事が出来たのだ。それはまさに「不思議のひと触れ」(A Touch of Strange)と呼ぶにふさわしい出会い。
今の少年少女たちは幸せだ。書店に行けばすぐにこんな本に出会えるのだから。
表題作はかつて「奇妙な触合い」の邦題で早川書房から邦訳刊行されていた。収録作品集のタイトルチューンになっていた。本書はその作品集の新訳版、という訳ではなく、オリジナル短編集である。なぜそんなややこしい事をするのかというと、編者本人が解説で理由を述べている。つまり、この言葉にスタージョンの作家性が表れており、タイトルにもっとも相応しかったのである―ア・タッチ・オブ・ストレインジ。
僕たちの、なんでもない平凡な日常に不思議がひと触れした時―僕らの人生はどう変化するのだろう。
市井の人々に不思議のひと触れが加わった時、そこに生まれる人間の悲喜こもごもをスタージョンは繊細に描きだす。
表題作は美しい夜の海を舞台にした奇妙なボーイ・ミーツ・ガールの物語。二人の登場人物の静かなやり取りが波の音と共に胸に残る名作だ。その他にも「どんなこともつねに無条件にそうだとは限らない」(Nothing is always absolutely so)という真理が登場する「閉所愛好症」や、デビュー作である軽妙なミステリ「高額保険」、ニューヨークのセントラルパークで円盤からメッセージを受け取った女性の悲痛な孤独の叫びを描く「孤独の円盤」(必読!)といった名編が本書には収録されている。
これらの味わい深い短編を読むにつれ、スタージョンの奥深さを感じるのだ。本書帯のキャッチコピーには「魔術的名作」の言葉が躍っているが、まさにこの言葉がぴったりだろう。
その他ホラーからジャズ小説まで、様々なジャンルの短編作品が収録されている。それら一つ一つがスタージョンらしさを濃厚にまとっていて、みんな余韻を残すものばかりだ。こういった伝説的な作家の作品を改めて世に復活させるのは非常に有意義だと思う。お見逃しなく、だ。
収録作は下記の通り。収録順。
「高額保険」(Heavy Insurance)
「もうひとりのシーリア」(The Other Celia)
「影よ、影よ、影の国」(Shadow,Shadow on the Wall)
「裏庭の神様」(A God in a Garden)
「不思議のひと触れ」(A Touch of Strange)
「ぶわん・ばっ!」(Wham Bop!)
「タンディの物語」(Tandy's Story)
「閉所愛好症」(The Claustrophile)
「雷と薔薇」(Thunder and Roses)
「孤独の円盤」(A Saucer of Loneliness)
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SF作家を中心に評価の高いスタージョンだけれど、この短篇集は私的に面白い作品とそうでない作品が混じっている感じなので、良くも悪くも真ん中くらいの評価。『タンディの物語』が意表をつかれて一番面白かった。