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以下引用
このように文字を用いず、土と草木で建造物を築くという黒人アフリカ諸文化の特徴は、文字と石への執着が顕著な北アフリカ諸文化と対照をなしている。
歴史の表象、あるいは後の世へのメッセージの託し方に見出される、黒人アフリカと北アフリカのこのような対照は、次のような二つの志向として、一般化して他の社会についても考えることができるのではないかと思う。
一つは材質として滅びにくい媒体にメッセージを託して万古不易を期するやり方であり、他はそれ自体としては滅びやすい媒体にメッセージを託するが、しかしその媒体をたえず更新することによって、理論上は媒体を更新しうるかぎり無限に続く時間をへだてて、メッセージを伝達しようとする方式である。後者の極限に、生きた人間によって伝えられる口頭伝承を位置づけることができるであろう。口頭伝承による歴史語りは、文字も石造記念建造物ももたなかった黒人アフリカで著しく発達した。そして第一の材質として滅びにくい媒体にメッセージを記す方式の一典型であるピラミッドと第二の方式の極限である口頭伝承の中間に、紙や木片に記された文字記録が位置づけられるだろう。文字の記された紙や木簡は、湿気や虫害、火災などによって容易に消滅するが、それを書写して更新することによって、しばしば石の建造物や碑文よるいいも長い隔たりを超えることができる、
→ここらへんに、書の価値というか、僕が書作品を作っていく真価があると思う。かつては、「口頭伝承」によって紡がれてきたものはもはや継承されないままに、滅びつつある。それを、いかに時に耐えうる形で、アーカイブしていくのか。ここらへんに僕の直近の課題意識がある。
黒人アフリカ諸社会のように歴史というものが、自明のものではない社会と長年つきあっているち、文字資料が存在しないなりに歴史ないしは、歴史的なものを必要としている社会とそうでないしゃかいの違いということを考えざるをえなくなる。
酷似な不利かで口頭伝承を基に、数百年を遡る歴史を再構成できる稀な例があるとしても、それはすべて、権力者によって解釈され、再編成され、保持されてきた
柳田国男の日本民俗学が、記録にのこされた中央の出来事史に対して、文字記録にとどめられなかった常民の生活のあとを、口頭伝承や物質文化の採集と比較によって探ろうとする意図によって進められた